面影ヲ追イ 影ヲ掴ム

「そろそろ満足されましたか、ご老体」

 がらりと態度を変えた紺野を確認して霧島が告げた。その表情は硬く、目も鋭いものだった。

紺野、我那覇を始めとしてアリスや貴志戸といった面々に訪れていたにこやかな雰囲気は一瞬で吹き飛び、暖かみを失っていく。紺野に対する攻撃的な言葉はもう誰からも発せられることはなく、共感者の二人はただただその様子を眺めていた。

「うむ、あまり時間も残されておらんのぅ」

 その言葉に視線がモニターへと集まる。そこに表示される時刻は残り30分を切ろうとしていた。

「コンノさん、改めて聞きます。貴方は何か言うことがありますね?」

 貴志戸の質問が確信めいたものへと変わり、誰もが紺野の発する言葉を待った。誰かの息を呑む音が聞こえ、アリスが寄り添うように抱きついていた腕に力が込められるのを感じた我那覇は、酒々井に聞こうと思っていたある事を思い出していた。


――それは夜時間の中盤に差し掛かる辺りでのことだった。

「妖狐は占われても吊られても負ける。妖狐は人一倍疑われないように、怪しまれないようにたちまわらなくちゃいけない」

霧島が唐突に話題に挙げた妖狐について考えを巡らせていた時だった。

一人黙々と思考を続けていると、頭がこんがらがりやがて苦手な科目の勉強をするときのような眠さに襲われる。大学受験の苦い思い出の再来に気付いた我那覇は、3日目の昼間に思いついた、考えを言葉にしながらメモを取る事で頭の中を整理するという手段に打って出た。

「だからといって村から信頼されても噛まれたら狼に居場所がばれる。そういえば平和な朝って犠牲者がでなかっただけで罠師による護衛の成功なのか妖狐を噛んで殺せなかったのかわからないのか?」

こうやって、一つ一つ疑問が生まれては解消できずに酒々井に聞こうと思考を放棄していたのだが、この疑問だけは違った。

「クラウン、質問だ。平和の朝って護衛によるものか妖狐噛みによるものかわかるのか?」

『お応え致します。答えは、NOでございます。仮に平和の朝を迎えた場合にそれが妖狐を噛んだものか護衛によるものなのかは人狼側にも開示されることはございません』

仮に罠師が術師の一人を護衛したとする。

そして人狼は術師ではなく占われていないとある参加者Aを噛もうとして平和な朝が訪れた場合、それが妖狐を噛んだのだと狼が感づくこともあれば、罠師が術師の護衛に成功したと勘違いすることもある、ということである。

「じゃあもし人狼が妖狐を噛んで、術師が偶々妖狐を占った場合はどうなる?」

『その場合であれば、妖狐が一人犠牲となります』

「呪い殺せたかどうかわからない?」

『左様でございます。術師の能力行使に合わせて対象の方を襲撃する行為は一般に噛み合せと呼ばれておりますが、これは対象が妖狐である場合も同じ処理として扱われております』

クラウンの回答を反芻し頭の中で意味を咀嚼していく。

「結局のところ術師に妖狐を見つけて貰うのが一番、って事か。朝を迎えて二人減っていれば術師の仕業ってわかりやすいんだな。開示されないルールの穴ってやつか」

 このときの我那覇はゲーム最序盤に酒々井が語っていた事を思い返していた。

「そういえば[とるべき道筋がある]とか言ってたなあいつ。勝つには情報だけじゃなくてそれを利用する筋道を考えなくちゃいけない……。すごいなシスイ、俺には難しくてさっぱりだ」



「――この老いぼれはの。村人でもなければ人狼でもない。そう、妖狐なんじゃ」

 我那覇は紺野の言葉に巡らせていた記憶を断ち切った。

即座に嫌な予感や形のない不安、焦燥、疑念が我那覇の心を渦巻き支配していく。

他にも悠木やアリスを始めとした女性陣の動揺が一際で、棘坂は口許を隠す程衝撃を隠し切れていなかった。

「妖狐、ですか」

霧島もまた、声色に緊張の色が見えている。

「最も警戒しなければならなかった妖狐が自ら現れるのは決して悪い事ではないが……、些かタイミングが悪い。いや、場面が悪いと言うべきですか」

「言葉、あれ?」

 隣にいたアリスが小さく、ぼそっと呟いた。誰に向けたわけでもないその言葉を聞き取れたのは側にいた我那覇だけで、全員が紺野に細心の注意を向けていた関係上その不自然さに気付いたのは二人だけに留まってしまう。

「アリス、言葉がどうしたんだい?」

我那覇は少し屈みアリスと目線を合わせると、周りに聞こえない小さな声で聞き返す。丁度タイミングを同じくして佐伯や鬼桐院から紺野を責立てる声が飛び出し、貴志戸、京山といった面々がそれを宥めるようとするも止められずにいた。

その間霧島は熟考しているのか沈黙を貫き、当事者の紺野もまた佐伯や鬼桐院が静まるのをただただ無言で待っている。

「急にキリシマさんの言葉が変わったのよ? frankだったのにcoolになったの」

「フランクはわかるけど。クール?」

「そう、cool」

 アリスが抱いた違和感は日本人にはおおよそ直感的に理解しづらいものであった。

日本語には他の言語にある口語と文語の違いに加え、敬語丁寧語などの明確な口調の違いが存在する。他の言語であれば単語そのものの取捨選択によって表現される語気に差異があるのだが、日本人は敬語、丁寧語という体系を予め身につけているため細かい違いに気がつきにくい。

アリスはそのニュアンスの違いをfrank、率直な表現とcool、恰好の良い表現という言葉で表そうとしていたのだが、残念ながら我那覇は直接理解するには及ばなかった。しかしアリスのおかげで霧島の言葉遣いが変わった事だけは伝わっていた。

「……。(キリシマさんといえばさっき、ご老体、とか普段聞かないような言葉を使っていたような。コンノさんが相手だったから畏まったのかと思ったけれど、それにしては雰囲気が違うというか。)」

 霧島の変容と、それに気付いたアリスと我那覇の三人の間で不思議な緊張感が広がっていた。それを知ってか知らずか痺れを切らした悠木が大声を張り上げた。

「いーーーーかげんにしろおおおおおおおおおおおお!うるっさい!時間ないんだってわかんない?!京山君ももっとしゃきっとしてよ!みっともないっつの!」

元々着飾らない態度と口調であった悠木だったが誰もが予想だにしないドスの利いた怒号を放った。あまりの気迫に威圧感を前面に押し出していた鬼桐院ですら呆気にとられている。

「はぁっ。やっと静かになった。ばっかじゃないの?さっきから聞いてれば嘘吐きがどーだホントの事白状しろだどーだ、大声あげればいいってもんじゃないわよ!ましゅーさん見習ったら?アンタと一緒に捲し立ててたのにコンノさんの言葉聞いてから静かに話聞こうとしてんじゃん!」

悠木の表情は明らかに厳つくなっており、一息の内に聞き取れるギリギリの早口で捲し立てるとそのまま大きく息を吸いまた何かを言い出そうと思いきり口を開けた。

「まあまあ待ってよ悠木さ、ごめん睨まないでよ怖いよぉ。でもホラ、悠木さんのおかげで静かになったし、言うとおり時間も無いし、ね?ホラ。顔怖いよ?笑って笑って。にこーって。ね?」

京山が機先を制し悠木の罵声を押しとどめると、ようやく周りの空気の落差に気付いたのか悠木は開いていた口をきゅっと萎め、興奮で上気していた顔が羞恥に染め上がりそっぽを向いてしまった。

京山がほっとしため息をつくと、狙い澄ましたように霧島が議論を再開した。

「コンノさん。貴方が妖狐であるという証拠は、ありますか?」

「あるわけがない!そもそもその男は人狼なのだ!」

佐伯が口を挟んだが誰も答えることはなく、紺野もまた口を開かず首を横に振った。

 普通であれば妖狐であると告白するのは自殺行為に他ならず確かめる必要もない。

しかし紺野は人狼であると指摘されてしまった。

「では人狼ではないと証明できますか?」

「俺が!証明できる」

今度は佐伯ではなく、染内が口を開いた。

「妖狐は術師が占えば死ぬ。そうだったはずだよ。だから俺が占ってもし明日コンノさんが犠牲者になっていれば、俺が本当の術師であることも、コンノさんが妖狐であることも証明できる!」

 佐伯は紺野を人狼だと判定した。人狼は人狼を襲撃することはできない。もし紺野が吊られずに退場したならばそれは紺野が人狼ではないという証拠となり、つまりは佐伯が偽者であるという事実が白日のものとなる。

「ふん、三文芝居はよせ!そうやって信用を得て私を襲撃するつもりなんだろう!本当の人狼が既に目の前にいる以上!コンノ、そしてソメナイ貴様ら二人を犠牲にしてでも邪魔者である私を始末する!そういう魂胆なんだろう!そんな煩わしい手間なぞいらんだろう。コンノはこうやって自ら人外である事を告白した。だったら処刑して確かめれば良いのだ!」

佐伯の主張は間違ってはいなかった。

「確かにサエキさんの言葉にも筋が通っています。キトウイン君が人狼であることを否定している現状、村の誰からみても一番吊りたいのはコンノさんです。もちろんソメナイさんの主張も理解出来る。が、仮に今日コンノさんを吊らなければ他の疑わしい人を吊る事になるでしょう。そうすればcoしていない罠師が吊られてしまう事だって有り得るし、妖狐が吊れてしまってサエキさんの真証明ができなくなることもあるんです。もし本当にコンノさんが妖狐であれば霊感師の示す結果で証明できるですから、コンノさんを吊るべきなんです」

霧島の言葉も、決して間違いとは言い切れなかった。故にか共感者の二人も納得しかけていた。

「じゃあ今日はコンノさんを――」

けれど、京山が宣言を言い切る前に。

「なあ、キリシマさん。それっておかしくないか?」

我那覇が議論に疑問を投げかけた。

「どうしてキリシマさんはそんなにサエキさんに肩入れするんだよ?」

人を信じる心を持って、嘘を吐かない覚悟を抱いて。

「キトウインさんを処刑しても構わないはずだ」

青年が立ち上がる。

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