前に進むその一歩を
「別にキトウインさんを処刑しても構わないはずだ」
鬼桐院と佐伯の視線が我那覇を鋭く射貫いていたが、我那覇は恐れずに再度言い放った。
「だってそうだろ?コンノさんが妖狐かどうかも確かに重要だけどさ。それ以上に俺たちは人狼、狼を吊らなきゃいけないわけだろ?」
無意識の内に両手を思い切り握りしめていた。食い込む爪の痛みも気付かないほどの緊張と昂揚が我那覇の中でせめぎ合っている。
「だから今人狼を吊」
「私も。少し違和感を覚えていたわ。続けてくるかしら?ガナハ君」
佐伯が反論しかけたところを貴志戸が制し、我那覇の話を促した。
「さっきからずっと考えてた。シスイが言ってたことだ。とるべき筋道、勝つ為の筋道を考えてた。だからキリシマさん、あんたが言ってることのおかしさがわかった」
「……おかしい?」
霧島は眉間を寄せた。その眼光は鬼桐院や佐伯とは比べものにならない、相手を射殺す程鋭く、敵意をむき出しにしたものだった。
「そう、今あんたのいってたことはおかしいんだ」
だが、背中に滲む汗を感じつつも我那覇は戦かずに立ち向かった。
「一見コンノさんを処刑すれば丸く収まるように見えるけど、それってサエキさんにだけ極端に有利な進行なんだ。そしてソメナイさんが本物の術師だったら問題だらけ。キリシマさん、アンタは一方的にサエキさんに肩入れしてる」
「そんなことはないさ。キトウイン君を処刑してメリットがあるのはソメナイさんだけだ。サエキさんが術師なら、反応からしてキトウイン君は村側の陣営だ。それこそキトウイン君を処刑するのはソメナイさんに有利な条件だろう」
「いいや、違う。実は違うんだよ。吊った後の展開を考えれば、キトウインさんを吊った方が色々とやりやすいんだ」
「さっきから何の話なの?これ。どっちを吊ってもいいからさぁ、さくっと教えてよ。時間ないし」
しびれた悠木が口を挟んできた。我那覇それを待ってましたと言わんばかりに説明を始めようと口を開いた。
「それは――」
「私が説明するわ」
が、貴志戸がここで前に出て場を掌握する。
「コンノさんを吊れば、"霊能"結果を見る必要がある事はわかるわね?」
(霊能?)
我那覇は聞き慣れない言葉に心の中だけで聞き返した。
自分の機先を制したこともあって貴志戸の立ち振る舞いに改めて意識が向いていく。
しかし他の者は特に気に止めなかったのか説明を聞き入っていた。
「逆にソメナイさんがコンノさんを占って朝コンノさんがいなければ、占いの真偽は真偽は簡単に見分けられる。けれど、そうならない可能性もある」
悠木とアリスが意味を咀嚼しながらウンウンと頷き返していた。
「もし今コンノさんを吊れば、人狼は必ず霊能結果を隠そうと躍起になるわ。コンノさんが狼であればサエキさんが本物の術師であることが証明されてしまうし、妖狐であればサエキさんの結果は矛盾する。そしてソメナイさんが本物であると証明されてしまう」
「だから狼は必ず霊感師を襲撃する、と思われる」
霧島が少し苛立った口調で横槍を入れた。しかし貴志戸は平然と説明を続けた。
「でも罠師がいる。本物の術師がどちらなのかは村陣営にとってとても重要だわ。だからきっと罠師が霊感師を護衛してしまう。そうすればサエキさんかソメナイさん、どちらか本物の術師が襲撃されてしまうの」
アリスが少し戸惑った様子で我那覇の服の袖を軽く引っ張った。
「難しくなってきたの……」
「大丈夫。わからなくなったら俺が後でゆっくり説明するよ」
少し屈んで手を繋くと、アリスが安心したのかにこっと微笑みかえした。
「たとえ本物の術師がどちらかわかったところで、襲撃されてしまっては元の木阿弥だわ。だから罠師は霊感師を必ず護衛する、という訳にはいかなくなる。でも」
「でもそれは人狼側も理解してるはずだ。それに加えて、人狼側は術師がどっちかわかってる。キトウインさんが狼であることを否定してるから」
「あら、昨日までの軽い考察とは違うのね。いいえ、元々はしっかり考えて喋るタイプなのかしら」
せっかくの活躍の機会を奪われた我那覇は貴志戸の解説に強引に割って入った。そこに何故か棘坂が軽い挑発で牽制する。
「坊やは少し、静かにして子守しててくれる?多分貴方より彼女の方が上手く説明できると思うのだけれど」
「ずいぶんな言い方ですね。確かに3日目のあれは軽率でしたけど……。でも俺が言い出したことなのに他の人が説明するっておかしいでしょ」
「二人とも、落ち着いて?時間、迫ってるからさ。ね?」
険悪な口論に発展しそうな空気を京山がさらに割って入って制止する。呆れたといわんばかりの顔で貴志戸が解説を再開した。
「つまり人狼がこれから襲撃する相手は本当の術師か霊感師の2人だけ。でも罠師は術師がどちらなのかを見極める必要があるから、護衛対象の候補は3人。キリシマさんが提示したコンノさん吊りの危うさについて理解してもらえたかしら?」
確率論だけで言えば護衛成功の確率は1/3。しかし実際は偽の術師を護衛してしまえば絶対に失敗するという致命的な欠陥を抱える半ば賭けの様なものだった。
絶対に村人を吊らずに済むという甘い考えの裏には壮絶な読み合い裏の掻き合いが潜み、危険を察知できない迷える羊には狼の牙が突き刺さろうとしている。
今まさに残りの議論時間が5分を切ろうとしているところだったが、誰もその事に気付く様子はない。
「キシドさん、おかげで私の考えが危うい進行であることはよくわかった。それでもキトウイン君を吊るという行為はそのものが村人を吊りかねない危険な進行だ。」
霧島は尚も食い下がる。
「仮にキトウイン君が村人でそれを吊ってしまって、さらにサエキさんが襲撃されてしまったら?それは考え得る限り最悪のパターンだ。君は果たしてその責任をとれるのかい?私はそれを可能性を潰したい。だからこの持論を変えるつもりはないよ」
「……」
貴志戸が押し黙る。
霧島もそれ以上追い打ちを掛けることはしなかった。
これはあくまでも最悪の可能性を刈り取った結果なのだと。誰しもが納得しかけた。
「違う。それは欺瞞だ!可能性のケア?最悪のパターン?そんなの只の見かけ倒しじゃないか!」
我那覇を除いて。
議論時間は残り10秒を切る。
「俺が、保証する。俺が責任を持つ。だからお願いだ、頼む。今日はキトウインさんを吊ってくれ!」
精一杯正直な気持ちで、精一杯真摯に。
頭を下げたその時、クラウンの声が会場に響き渡る。
[議論時間が終了致しました。それでは皆様部屋へとお戻り下さい]
運命の分かれ道だった。
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