風雲急ヲ告ゲル

[おはようございます。三つの夜が明け、朝を迎えました]

 変わらぬ声が全部屋へと響き渡り、続々と大部屋へと人が集まっていく。

そしてクラウンのアナウンスが鳴る前に、参加者の誰もがその異変に、その事実に、その脅威に戦きを隠せずにいた。


[それでは朝の時間を進めさせて頂きます]


<夜が明けました。【シスイ】様が死体となって発見されました>

無慈悲な言葉の並びが、無慈悲に事実だけを告げる。

「シ、スイ……」

誰もが心強く感じていたその精神的主柱が折られたのであった。




「……。嘆いていても始まらない!議論をしよう!こうしているこの一瞬一秒が、シスイが最も重要視していた事では無いだろうか!」

 酒々井の戦線離脱は全員にその影を落とし、気落ちしているものもいれば、疑心暗鬼が進み周りを警戒する心に支配されて身動きが取れぬ者もいた。

その状況を打開しようと口を開いたのは昨日酒々井が進行を任せていた霧島であり、それに同調したのは前日から冷静に務めていた貴志戸であった。

「彼は人狼に危険視されたから噛まれてしまった。逆に言えば彼の行いは人狼にとって不利益になると言う事よ。人狼を追い詰めるためにも今は心を奮い立たせて、自分たちが人狼でないこと、村人であることを証明する為に議論を続けましょう。ほら我那覇君、貴方も」

二人の賢明な呼びかけに参加者が次第に意欲を取り戻している中、我那覇は一人俯いたまま、拳を握りしめていた。

「俺、昨日は平和だったから、何となく今日もそうなってくれるんじゃないかって、誰もいなくならずに人狼を追い詰められるんじゃないかって、勝手にそう思ってた。でもそれって甘いのかな。ただの楽観視なのかな」

貴志戸が3日目の様に近づいて聡そうとしたがその歩みはすぐに止まり、その行動が目についたのか全員が彼の事を見つめていた。

「夜時間に色々考えたんだ。本当に色々。でも、結局考えてる事が堂々巡りになって、最後にはわけわかんなくなって、わけわかんなくなったから俺、あいつに聞こうって暢気に考えちまって。それって人任せにしてたって事だよな。酒々井がいなくなったらこんなにも心細いなんて思わなかった。あいつのこと、いつの間にか信じてて、頼ってた。たった数時間の仲なのにさ」

我那覇の言葉に誰もが目を細めていた。心のままに語る彼の言葉が己の心に響かぬ者はその場にはいなかった。

「お兄ちゃん……」

そっと寄り添ったアリスが震える拳を手にとり、両手で包んだ。

アリスの優しさに我那覇は胸の暖かさを噛み締め、その手を握り返す。

「勝とう。必ず勝って、あいつを救おう」

我那覇のなかで、何かが変わった瞬間だった。



「またもや術師は噛まれなかった。だから本当は先に術師の結果を聞きたいが、その前に確認しておくべき事がある」

暫定的に進行役は前日に引き続き霧島が引き継いでいた。酒々井の脱落に彼自身思うことがあったのか、昨日の飄々とした態度は何処かへ消え去り硬い口調と態度で進行を始めた。

「いい加減、共感者は出てきてくれ。酒々井は全員から信頼される進行役であったが俺がみんなから信頼されている自信はない。だから全員が納得の出来る立場の共感者が進行をするべきだ」

 酒々井が軽く言及していたが、本来は互いに証明し合える共感者が進行をするべきだという。3日目の段階でCOを軽く促していたが、4日目の今になっても自分たちからCOすることはなかった。

「というか、酒々井が共感者であったなら今日証明しなければ明日以降で共感者という存在そのものが乗っ取られてしまう可能性もある。だから二人とも生存しているなら片方だけで良い。でてきてくれないか。進行の荷が重いというなら俺が代わりをする。ただし最終的な決定はあんたたちがやってくれ。その方が村全体で疑心暗鬼になる事は無いのだから」

霧島が語り終えると少しの間だけ沈黙が続いたが、すぐに手を挙げる人物が現れた。

「君に促されてでるのはちょっと癪っていうか、なんだか炙り出された気もするけれどしょうがない、よね。むしろわかってて語りかけてただろ~?話してる間ずっと僕らを見ていたじゃないか」

京山と、悠木だった。

「……」

悠木はただただ、霧島を睨んでいた。

「あははは……こわ。ごほん。俺からすれば分かり易い方だったけど、案外わかって無さそうな人も何人かいたからね。ほら、実際一人術師が君を占ってただろ?人は疑心暗鬼になると正しい事実を意図のある嘘だと思ってしまいがちだ。さて、進行はどうする?」

「君に任せるよ。僕らを炙り出したり人狼の数を3.4人だと言ってみたり。怪しい行動はあるけれど一つ一つを見れば狼に有利なことはしてないし」

共感者の二人は霊感師の横に立ち、気付けば皆昨日の同じ様な円陣を組んでいた。

 中断されていた進行が再開する。霊感師の結果は白、リュウゼンの非狼を示していた。そして染内の結果は、

「キトウインさんを占ったよ。黒、狼だった。彼を吊ろう」

初めての黒、狼の存在に場の空気が一気に張り詰めた。鬼桐院は勿論その結果に猛反発し染内が偽物であることを大声で主張したが、それを宥めたのは他でもないもう1人の術師である佐伯だった。

「私はコンノさんを占った。黒だ。彼こそが人狼だよ。『人を疑うのに嫌気が差した』など何をいけしゃあしゃあと言うのか。このたぬきじじいめが!」

罵りながら、強い口調で紺野を責立てていた。

「両方とも黒……?どっちかが本物の術師なんだからキトウインさんかコンノさんが人狼って事……!」

張り詰めていた広間に一気に蔓延した疑心暗鬼。その疑惑と疑念が混沌とする場において、強い言葉、強い口調というのは何よりも人の心を動かした。

「そうか漸く人狼を見つけたのかサエキさん!コンノさん、コンノさんが狼だったのか!1人無関係を装っていた様だが……む?キトウインくんは味方だよな?敵の敵は味方、偽物のソメナイ君が狼だと言った君は村人の仲間だ!そうだろう!」

「ずっと怪しいと思ってたぜ!ソメナイ。やっぱり偽者はこいつだったんだ。本当の術師はサエキさんだぞ!みんな騙されるな!」

真っ先に、真舟と鬼桐院が吠えた。その烈火の如き口撃に染内はたじろぎ言い返す事もできず、紺野はまた目を瞑り沈黙を続けていた。

 それは、二つの陣営の議論というよりはいじめの構図に近しいものであった。声の大きく、強いものに靡き、同じ様に責立てられることを恐れるものは口を紡ぐことしかできない。我那覇もまた真舟や鬼桐院の勢いに気持ちを殺され心が怯え、アリスは震えながら力なく我那覇の腕に寄り添うしかできなかったのだ。

だが、この人は違った。

「コンノさん、キトウインさん。2人はなにか言うことは無いかしら」

貴志戸は1人、場を見つめる誰よりも冷静に誰よりも堂々と2人に立ちふさがった。

「言うことってなんだよ。言うことは言ってるだろ、ソメナイが偽者だって!」

鬼桐院の怒れる剣幕に貴志戸は動じなかった。

「そう、ではコンノさんはありませんか?先程から沈黙を続けていらっしゃいますが、弁解はないのでしょうか」

「何だよお前!狼の言い分を自分から聞くのか?お前も狼か!昨日変な動きしてたからそういうことか!」

鬼桐院の捲し立てに一向に応じない貴志戸だったがそれは怯えによるものではなく、むしろ極めて落ち着いている証拠であった。

「コンノさん。昨日の貴方はとてもおかしな態度でした。須郷さんが偽者である可能性を聞いておきながら、終盤には疑い合うことに疲れたと言い疑いの晴れたガナハ君に投票している。とても、とてもおかしいんです」

紺野は目を閉じたまま動こうとはしなかった。

「おかしいってお前もわかってるじゃねぇか。だったら俺たちが正しいってわかるだろ。どうしてわざわざコンノを庇うんだよ。昨日のもあれか?ガナハも人狼で庇ってたのか?おい!」

 共感者の2人も、霊感師の須郷も、進行をしていた霧島も、術師の2人すらも口を挟まなかった。何故なら、紺野の態度が明らかにおかしいからだ。おかしさに、気付いたからだ。そして、

「コンノさん。どうしてあなたは黙ったままなんですか?どうして、そんなに吊られたがってるんですか?」

我那覇が、核心を突いた。

「……。ふぉぅ。やはり、性に合わないようじゃ。むつかしいものよな」

我那覇の言葉に紺野が漸く目を開き、ゆっくりと、ゆっくりと語り出した。

「ずっと言うか言うまいか迷っておった。勝ち残ろうと疑いをかけてもみたのじゃが、それも心苦しいものであった。こういうのは、性に合わん」

鬼桐院の勢いも鳴りを潜め、誰もが紺野の独白に耳を傾けていた。

「せめて、何も言わずに吊られてみようと思ったが、それも上手くいかん。人が人を虐げる、結構結構。しかしどうにも、理屈ではない何かがあるのう」

独白の間紺野の弱々しくも芯の見え隠れする瞳は只ひたすらに我那覇を捉えていた。

「おぬしは、おぬしの先程の言葉は、本心か?心そこからの言葉か?お前さんは人を騙す心ない言葉を口にしたことはあるかの?己に嘘を吐いてはおらんか?それを、今ここで誓えるかの?今後も、その誓いを貫くことはできるかのう?」

それは、我那覇ひとりに向けられた言葉ではなかった。

「俺は、誓います。このゲームが例え人を騙し騙されるゲームだとしても、俺は嘘を吐きたくない。勝つ為に嘘を吐くっていうのはみんなできると思います。負けたら死ぬって言われたら、誰だって必死になるから。でも、誰かを騙して踏みつけて、そういうのってなんか、なんか違うんだと思うんです。死にたくないし、騙されたくないし、でも騙したくない。俺は死ぬときに後ろめたい思いをしないように生きてきたし、これからもそうしたい」

しかし、我那覇だけが。我那覇だけがその言葉に応えた。

その言葉に満足したのか紺野は大きくにこやかに顔をひしゃげて、そうかそうかと心底嬉しそうに肩を叩いていた。

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