嵐の前の
投票を済ませ、我那覇はテレビ台の下に備え付けられた冷蔵庫から水のペットボトルを取り出した。包装もなくシンプルな形状のペットボトルだ。
この部屋の色彩がたった数十分で様変わりしてしまったことを思い出した我那覇はキャップを開けてから様々なことを思案し躊躇したが、結局は無臭であることを確認し思い切りよくその透明無い液体を飲み込んだ。
「ふぅ……」
ペットボトルを持ったままベッドへと腰掛け、誰にも聞こえないため息を溢す。初めて明確な疑いをもたれた彼の精神は明らかに消耗していた。
我那覇は誰からも信頼され、不思議と周りから持て囃される人間だった。故に誰かから疑われ、ましてや人を騙し騙されるような経験など一つもした事がないのだ。
疑いが晴れた今となっても、彼の脳裏には須郷の剣幕が焼き付いて離れずにいた。
「こんな。怖いんだな」
人が人を識らぬが故の齟齬。そして疑心暗鬼から生まれる誤解。誰から見ても幸せそうな人生を送っていた彼には、人間の闇の部分、昏い部分に触れることは始めであった。
「ダメだ、しっかり気を持たなきゃ。今は生き残る事を考えよう」
投票の結果、誰が処刑されたかは既にわかっている。
「リュウゼンさん、か。まあ術師が既に死んでてソメナイさんとサエキさん両方偽物かなんていったらそりゃあ投票したくなるよね」
我那覇はオオガミに投票していたが、術師二人を含めた計6人がリュウゼンに投票していた。
そのリュウゼン本人は佐伯へと投票している。
「彼はどうしてあんな事を言ったんだろう。処刑されるのが目に見えてるのに。『霊感師の結果をみて判断しろ』だっけ。うーん……わからないなぁ、夜が明けたらシスイに聞いてみるか」
投票結果とリュウゼンの話を思い返していた我那覇は、昼間に霧島が語っていたある事に思い当たった。
「あいつ、どうして妖狐の話をし始めたんだ?っていうかなんで人狼が3.4人ってわかるんだろう。シスイは進行をあいつに任せたし、信用したって事なのか?でも……うーん!やっぱりだめだ!疑うって難しいなぁ」
それ以降の我那覇はかき集めては手のひらからこぼれ落ちる思考に悶々と苦しんでいた。
一方その頃のとある参加者は、
「真占いは大方見当がついた、狐の位置も絞れた。これは良い、これまでは、いい。だが問題は潜伏している狼と、何処に潜んでいるかわからない狂人……。いや、それ以上に……」
ぼさぼさの髪をかき上げて、独り言を続けていた。
「いつ伝えるべきだ……?他にも何人かいる事は把握出来たが、俺だけが開示して大丈夫か」
タブレットにメモを荒く書き殴りながら、時間ギリギリまで思考を続ける。
「いや、やるか。少なくとも明日明後日には事態が動く。先手を打って牽制して信頼を得る方が先だ」
覚悟を決めた男はクラウンのアナウンスを聞きながら力強く立ち上がる。
「既プレイヤー……か」
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