二、

 車窓から見える景色は、いつの間にか真っ青な海だった。先程まで、山や畑ばかりのところを走っていたというのに。腕時計を見る。ぐるぐると急回転を続ける針。今何時くらいだろう、何時間くらい電車に揺られていたのだろう、と考えたが、無駄だった。この世界には、“時間”という概念がないのだ。

「よく眠っていたようだね、夏芽さん」

 向かいに座っていた綺堂が言った。

「だって、ずっと同じ景色が続いていましたから。退屈で」

「信濃は、山ばっかりですもんねえ」

 隣の辰之助が頷く。

「あっしも寝たかったんですが、何せ旦那がずうっと話を吹っ掛けてくるから、全然眠れもしねえ」

「僕は、夏芽さんが危うく辰之助に寄りかかってしまったら困ると思って、見張っていたんだ」

 綺堂は閉じた扇子を掌にぺんぺんと打ち付ける。

「夏芽さんに肩を貸していいのは、僕だけだからね。だからこの席順にも不満があったんだが、言う前に夏芽さんが早速寝てしまったから、こうする他無かったんだよ」

 綺堂がさらりと言う。ムードメイクのつもりで言ったのだとしたら、寧ろ逆効果だ。

「姉さん、やっぱり……」

 辰之助が夏芽を見る。夏芽は仕方なく、首をすくめて見せた。

「そんなことより」

 綺堂はいつものように、自分勝手に話をすり替えた。

「次の駅で到着だ。降りる支度をしておいた方がいい」

「えっ、もう着いたんですか」

「もうって、姉さん、二刻近くも経ってるんですぜい」

「まあ、夏芽さんにこの世界の時間の感覚は分からないだろうから、仕方のないことだろう」

 言いながら、綺堂は立ち上がった。夏芽と辰之助も立ち上がる。ききーという車輪が軋む音と同時に、電車ががらりと揺れる。綺堂はそれに動じることなく、穏やかに揺れる。夏芽は大きく体勢を崩して、窓ガラスにがん、と顔をぶつけた。窓ガラスに顔を押し付けたまま、ふと外に目をやる。小さな、錆付いたアルミ質の看板があって、それに大きく『陸奥(むつ)』と書かれていた。

 電車が完全に止まって少ししてから、ドアが開く。夏芽は慌てて体勢を立て直して、すでに電車外に足を踏み出している綺堂と辰之助の後を追った。

 何処から取り出したのか、眼鏡をかけた綺堂は、先程から地図、ではなく、蟲男の小説に目を落としていた。それに地図か何かが書いてあるのかと思って夏芽は覗き込む。しかし、細かい文字がずらずらと並べられているだけである。夏芽は眩暈がした気がして頭を押さえた。本だとか、読書だとか、夏芽は文系の大学進学を考えているくせに、未だにそういう類のものが苦手だった。

「旦那あ、そんなもので、わかるんですかい、場所が」

「わかるから、こうやって見ているんだろう」

 綺堂は、文面から目を離すことなく言った。

「こいつは、中々よくできた案内文だ」

「なんて書いてあるんですかい」

「まずは、陸奥駅の近くだ、と書いてあるんだ」

 綺堂は眼鏡を持ち上げて、本を遠ざけたり近づけたりしながら言った。老眼だろうか。いや、綺堂はどう見ても、二十代、いってても三十代だ。そんな若人に、“老眼”なんて言い方は失礼だ。“遠視”と言った方が正しいに違いない。

「あの、綺堂さん、私、ずっと寝てましたよね」

 夏芽はふと言った。綺堂は本から目を離すこともしないで頷く。

「ああ。鼾(いびき)はかいていなかったよ。安心し賜え」

「私が、いびきなんてかくはずないじゃないですか!って、そうじゃなくて、ということは、この電車は、ずっと一本でつながっていたっていう事ですか」

「どういうことですかい」

「だって、こんなに長い距離をずっと走る電車なんて、変だよ。普通、どこかで乗り換えなきゃいけなかったりするんじゃないかな、って思ったんだけど」

「この世界の電車っていうものは、全ての場所に、途切れることなく続いているんだよ。そして、一時間ごとに、電車が来るということも決まっている。人間の世界では、電車は線路の上を走るだろう?この世界ではね、線路なんてものはないんだよ。空間を走るんだ」

「空間を走る?空を飛ぶってことですか?」

 夏芽が言うと、綺堂は不意に立ち止まった。

「夏芽さん、君たちの世界では、電車が走っているときに、窓から落ちたり、走っている電車にぶつかったりしたら、どうなるかい」

 突然話の内容が変わった気がして焦った。綺堂の事だから、きっと言いたいことがあるのだろう。

「ううん、車の窓から飛び降りて助かったって話は聞いたことあるけど、電車はかなりのスピードで走ってるんだから、まず、無理だろうなあ」

「ということは、どうなんだい」

「電車から落ちたり、轢かれたら、死んじゃうと思います」

 夏芽は、出来るだけ理に適った一般的な答えを言った。それを聞いて、綺堂は満足そうに「そうだね」と言って頷く。

「夏芽さんの世界では、電車から落ちた人間は、死ぬ。しかし、夏芽さんも知ってのとおり、この世界に『死』というものはない。それがこの世界という桃源郷のルールだからね。だが、それなのに電車から飛び降りるものが居ないという事の意味が、分かるかい。死なないんだから、電車は止まらずに走って、自分の目的地に着いたら、飛び降りれば、それでいいじゃないか。しかし、誰もそんなことをしようとしない。何故だと思うかい」

 飛び降りないのが普通だから、という答えで綺堂は満足しそうにない。夏芽は首をひねる。

「死なない世界だから、電車から飛び降りても、死なない。それなのに、誰も飛び降りない……。何か不都合なことがあるってことですよね、飛び降りたら」

 ああ、と綺堂が頷くのと同時に、磯の匂いの風が、ふわり、と夏芽の髪をなでた。ああ、海の町に来たのだ、と夏芽は思う。しかし、綺堂はそんな夏芽と潮風をよそに、先程よりも一段と暗くて重い声を発する。

「死ぬ、からね」

「えっ」

 夏芽は思わず聞き返した。

「死なないって言ったじゃないですか」

「死ぬ、という表現が正しいのかは、僕もわからない。しかし、そういう行為を行うと、その者は、この世界から消えてしまうんだ。消えてしまうというよりは、消されてしまう、という方が正しいかもしれない。今のところ『別の世』に飛ばされる、という説が、最有力だが」

「『別の世』ですか」

「君たちの言う、あの世とか、死の世界のことだ。なんせこの電車は、『死層』の中を走っているんだからね。死の層と書いて死層。だから走行中に電車の外に出てしまったら、忽(たちま)ち死層に吸い込まれて、二度と出てくることはできない。これは、君がこの世界の出口として使っている“振り返ってはいけないトンネル”も同じさ。ルールを破った者に、この世界は非常に厳しい。妖怪は、素直で平和主義だから、ルールを破るようなことはしないんだが、人間は、どうも好奇心がそういった余計なところにまで及ぶ傾向にある。夏芽さんも、気をつけ賜え」

 夏芽は、寒気を感じて思わず身震いをした。この世界は、安全な世界だと思っていた。“死”の無い、平和主義な世界。しかし、やはり妖怪の世界。“死”と隣り合わせの異世界であることに変わりはない。

 磯の香りが、先程よりも一層生臭く感じる。生臭い闇が、夏芽の首筋をなぞる。

 顔をこわばらせる夏芽を見て、綺堂は、ははは、と笑った。

「夏芽さんは、本当に単純で面白いね」

「ど、どういうことですか。もしかして、今の全部嘘だったりするんじゃないでしょうね」

「いいや、今のは全部本当さ。だが、正確に言うと、推測でしかない。実際に電車から飛び降りた妖怪を見た者は誰もいないからね。それに、夏芽さんは絶対に電車から飛び降りたりすることはないから、大丈夫だ。安心し賜え。それに、死層は様々なところを通っている。けれど、被害にあったものや、犠牲者が出ていないところを見ると、普通にルールを守って生活をしていれば、巻き込まれることはない」

 再びははは、と笑って、綺堂は歩き出した。辰之助が駆け寄る。

「旦那、性格が悪いですぜい。態と姉さんを怖がらせる風に言って」

「本当は、怖くない話なの」

「そうでさあ。電車が死層を通ってるなんざあ、常識ですぜい」

 それが“常識”だという事が、怖いのだ。

 陸奥駅周辺は、辺り一帯が草原、といった感じであった。少し向こうには、砂浜のような白い空間が見える。綺堂はそちらには目もくれない。ただ、草原と草原に囲まれている細い小道に沿って進み続けている。

 それにしても、陸奥という地名を、夏芽は初めて聞いた。ふり仮名をふらなければ、読めない文字である。昔の読み方だろう。

 磯の香りが、一気に強くなる。風が吹いたのだ。そう思った時であった。

「あ……小豆(あずき)ぃ……」

 夏芽のすぐ背後から、声が聞こえた。夏芽は思わず振り向く。振り向いたそこに居たのは、みすぼらしいベージュ色の甚平を着た、小柄な老人であった。いや、老人であるかどうかはわからない。ただ単に老け込んでいる中年男性である可能性はある。しかし、見た目は“おじいちゃん”だ。

「小豆……」

 みすぼらしい小柄な老人は、右手に赤い豆のようなものがいっぱいに入った笊を持っていた。先程から小豆、小豆とぼそぼそと言っているところから考えるに、その赤い豆たちは、小豆であるらしい。

 じゃり、じゃり、と言わせて、老人は笊を少しだけ震わせる。それを見て夏芽は、人を脅かすのが下手な妖怪だな、と思った。

「貴方は、小豆とぎの兵部衛さんじゃあないか」

 少し先を歩いていた綺堂が、引き返してくるのがわかる。

「相も変わらず驚かすのが下手ですね。見てください、夏芽さんを。どうしたらいいかわからずに唖然としている」

 言われて、夏芽は慌てて苦笑いを浮かべた。小豆とぎは肩を落とした。

「どうせ、わしにゃあ、妖怪の才能なんざないんさ」

「ははは、全くですな」

 落ち込む小豆とぎに追い打ちをかけるように綺堂が笑った。

「そんなことより兵部衛さん、貴方、この辺に住んでいるんでしたね」

 小豆とぎは少しだけ顔を上げて頷いた。

「わしゃあ、ずぅっとここに住んどる。そりゃあ、すんげぇむかぁしからだぁ」

「そうですか。小豆とぎは全国に居るものだから、今まで何人も見たことがありますが、貴方ほど人を脅かせない小豆とぎには、今のところ会ったことがない。いや、小豆とぎだけでなく、脅かせない才能は、全ての妖怪の中で、貴方がぴか一ですよ」

 言ってから綺堂は、ああ、褒めているんですよ、と付け足した。その言葉が目の前の小豆とぎの心をずたずたに引き裂いたということは、夏芽の目から見ても明らかであった。妖怪は、人間を脅かすことそのものが生き甲斐なのだという。それができないというのだから、なんとかわいそうなことだろうか。

「……それで、綺堂の坊や。あんたぁ、いつの間に子供さ作ったんだぁ」

 小豆とぎはぼそぼそと言った。

「子供、子供なんて居ませんが」

「居るじゃねえかぃ。その子は誰じゃい」

 小豆とぎが指さしたのは、夏芽であった。どうやら夏芽は、綺堂の『子供』であると思われたらしい。

「わ、私は綺堂さんの娘じゃありませんっ」

 夏芽は思わず声を張り上げた。身長が低いため、何度も中学生だの小学生だの言われてきた夏芽ではあったが、同じ、いや、夏芽以上に小さな小豆とぎに、しかも“綺堂の”子供だと言われたことに、無性に腹が立って仕方がなかった。

「違うんかぃ。小さいからそうかと思ったわぃ」

「この人は、夜崎夏芽さん、僕の客人ですよ」

 綺堂が言った。

「小豆とぎの旦那あ、あんまり女の人に無礼を言っちゃあいけねえ。そんなんだから奥さんに逃げられちまうんでさあ」

 辰之助が言うと、小豆とぎはまた肩を落とした。

「夏芽さん、この人は小豆とぎの兵部衛さんだ。人を脅かせない妖怪ってことで、ここらへんじゃあ少しばかり有名なんだよ」

 綺堂が兵部衛を指し示す。自分の何気ない一言で、兵部衛の心がどんどん傷ついていく。

「そんなことよりも、兵部衛さん、少し、お聞きしたいことがあるんですが」

「なんでぇ、坊や」

「蟲男、をご存知ですか」

 兵部衛は、少し考えてから首を振る。

「いんや、そんな妖怪は知らん」。

「書物で、蟲男がここに住んでいると踏んで、はるばる来たんですが」

「ううん、知らんのう。大体、なんでそんなもんを探しとるんじゃい」

 兵部衛が言う。綺堂は、説明しろと言わんばかりに夏芽の方を見た。

「今、人間世界で、蟲男に関連した失踪事件が起きているんです。それで、蟲男に会ったら、何か解決の糸口が見つかるんじゃないかなと思って」

「ほう、お嬢ちゃんも、忙しいんじゃのう」

「そういえば、夏芽さん。今回は、どんな風に巻き込まれたんだい、この事件に」

 綺堂が言った。

「えっと、私の友達の、好きな人の友達が行方不明になったんです」

「そりゃまた、随分遠い間柄ですなあ」

 辰之助が目を丸くして言った。

「夏芽さんは、あの人喰い女よりもお人よしだからね。そのくらいは当たり前だろう」

「まあ、今回は特別で」

 夏芽は苦笑いを浮かべた。

「とにかく、何とかして、その人を見つけないと」

「あぁ。じゃがぁ、お嬢ちゃん。わしにゃあ何にも協力できないねぇ。悪いが、ねぇ」

「そうですか……」

 電車で寝ていただけだが、折角ここまで連れて来てもらって、手掛かりの一つも掴めないなんて、なんだか切ない。夏芽は肩を落とした。そんな夏芽を見て、気の毒に思ったのか、兵部衛は、思い出したように言った。

「『蟲男』は知らんが、虫が寄生しとる人間は知っとるぞ」

 綺堂はふわふわと扇子で顔を煽いだ。

「兵部衛さん、それが蟲男ですよ」

 綺堂は鋭い目をした。

「どんな奴ですか」

「どんな奴って、普段は普通の人間さ。人間と妖怪の間の子でね。坊やと同じ半妖半人ってやつじゃね。まあ、そいつは、ハアフじゃなくてクオオタアってやつじゃ。だから人間の要素の方が多くてね、人間の世界で暮らしておる筈じゃよ。たまーに遊びに来るがね。年に一、二回くらいのう。そのお祖父さんが火間(ひま)蟲(むし)入道(にゅうどう)という偉大な妖怪でのう、ついこの前までは、ここに住んでおったんじゃが、結婚されてからは見とらんのう。何せ、人間と、と言うもんだから」

「成る程、それは」

 綺堂は扇子を閉じた。

「僕の知り合いかもしれないなあ」


 三人は兵部衛に礼を言うと、別れた。

「知り合いかもしれないって、どういうことですか?」

 夏芽は思わず聞く。

「青森県出身の妖怪クオーター男なら知り合いにひとりいる。仲がいいわけではないが腐れ縁という奴でね。まあ、そいつから虫が出ているのを見たことはないが……。そもそも火真蟲入道を祖父に持つという話は初めて聞いた。名誉なことだが如何して言わなかったのか」

 綺堂は再び本に目を落とした。

「暫く、この本に書いてある通りに進んでみよう。何かがあるかもしれない。無かったとしても、それも新たな真実だ」

 歩き出して暫く、あたりには同じような景色が並んでいた。生えている雑草たちは、手入れされることもなく伸びきっていて、まるで巨大な草むらの中を歩いているようだ。その向こうにあるだろう砂浜や海は、最早殆ど見ることが出来ない。

「昆虫になった気分ですよ、綺堂さん」

 夏芽は言った。

「自然溢れていて、良いといえば良いですけど。ここまで手入れされてない田舎には、住みたくないです、私」

「そうかい、僕は、こんな静かで穏やかな場所、一度住んでみたいと思うがね。毎日毎日書物を読んでいられる。五月蝿いぎょろ眼に邪魔されることもない。嗚呼、理想の日々だね」

「旦那あ、ひどいですよう」

 辰之助が肩をすくめる。

「でも、なんだかんだ言って、二人って仲良いじゃないですか。私がこっちの世界に来るとき、いつも二人で一緒にいるし」

「そうでさあ」

 辰之助はにっこりと微笑んだ。

「あっしと旦那は大の仲良しでい」

「何を言っているんだ、ぎょろ眼。妄想でものを言うのもいい加減にしろ。僕はお前と仲良くしたいだなんて一度も言ったことはないし、思ったこともない。お前が僕にストーキングしているというだけの話じゃないか」

「まあ、細かいところは気にしないでくださいよう」

 辰之助は綺堂にすり寄る。綺堂はそれをすっと躱した。

 視界が開ける。辺りを覆っていた巨大な草原は、いつの間にか無くなってしまった。目の前に、白い空間が現れる。砂浜に出たのだ、と瞬間夏芽は錯覚したが、違うようだ。砂浜よりも、遙かにさっぱりとした空間である。

そこは、表現のしようがない、“不自然に何もない”場所であった。

 そしてその先は、行き止まりだ。

 沈黙が三人を覆った。やはり小説『蟲男』からはなんの手掛かりも得られなかったのだ。

 暫くして、綺堂が静かに沈黙を破った。

「ここだ」

「何もないですね……」

「小説で、蟲男がかつて住んでいた場所だ」

「旦那あ……」

 辰之助が首をすくめる。綺堂は、何もないという事実を前にしても、決して動じなかった。

「余りにも何もない。それは、向こうの世界で、ここに何かがあるからだ」

「という事は、蟲男は、人間世界のここに住んでるってことですか?」

「ああ、そうだろう。いや、もし僕の知り合いがその『蟲男』ならば、“昔は”住んでいた、という言い方が正しい。火間蟲入道は今も此処に住んでいるかもしれないな。そして」

 綺堂は三歩歩いた。屈んで、何かを拾い上げる。夏芽はそれを見て息を呑んだ。

綺堂が拾い上げたものは、白くて細長い、干乾(ひから)びた虫の死骸であった。

「つい最近、奴は、向こうの世界で、ここに来ている」

「じゃあ、やっぱり、この事件には蟲男が関係しているんですね」

「ああ。関係しているね」

「っていうことは、やっぱりその本は……」

「奴の自伝小説かもしれない、ということさ」

 綺堂は、蟲の死骸を人差し指と親指で押しつぶした。一瞬にしてそれは粉になり、地面に降りかかる。

 次の瞬間、夏芽は思わず吐き気を催して口を塞いだ。夏芽たちの目の前に在る荒地と化した空間は、単に、荒地という言葉で片づけていいような、単純なものではなかった。ただの地面にしては、白すぎると思ったのだ。まるで、砂浜のように見えた、その理由が、たった今明らかとなった。

 その空間一帯が、白い虫の死骸で覆われていたのだ。

 綺堂は、その死骸の空間のほんの手前のところで立っていた。

「さて、いろいろと面白いことが分かった。そろそろ帰るとしようか」

 綺堂が振り返る。それから、青い顔をしている夏芽を見て目を見開いた。

「どうしたんだい、夏芽さん」

「どうしたって、その、虫の死骸がいっぱい……」

「何を言っているんですかい、姉さん。何にもありゃしないじゃあないですかい」

 辰之助が目の前の白い地面を覗き込んだ。

「ないって、そんなわけ……」

 奇妙だった。

先程は、確かに、虫の死骸が沢山落ちているように見えたのだ。しかし今、夏芽の目の前には、ただの白い砂地獄が広がっているだけだった。

「ここの土は、非常に白いんだ。夏芽さんがそう見間違えてしまったのも、無理はないだろう」

 綺堂が言う。しかし、夏芽の脳味噌は尚も混乱していた。

 見間違える筈がない。あんなに、リアルに見えたのだ。虫の顔まで、触覚まで。

 夏芽は不意に眩暈を覚えて、ふらついた。綺堂が慌てて夏芽の肩を支える。

「大丈夫かい、夏芽さん」

 くらり、と世界が回ったのは、たったの一瞬だった。貧血を起こしてしまったらしい。

「混乱したんだろう。蟲男の話は、君には刺激が強すぎたんだね、すまなかった。あんまり、脳に負担をかけるのはよくない。さあ、もう帰ろう。そろそろ、電車も来るころだろう」

 綺堂が夏芽を支えながら、いつもより少しだけ優しい声音で言った。

「す、すみません……」

 夏芽はやっと自らの足に体重を戻した。

「姉さん、無理しちゃあいけねえや」

 辰之助が心配そうに夏芽を覗き込んだ。




 帰りの電車の中、夏芽は先程の光景を思い出していた。思い出したくて思い出しているのではない。脳味噌が勝手に、記憶を呼び覚ますのだ。

 “あれ”が頭をよぎるたび、動悸が胸を締め付けた。虫の残骸たちは、夏芽の脳に、はっきりと映し出されていた。風が吹けば揺れる、それ程鮮明に、夏芽の脳はその物質を捉えたのである。しかし、綺堂にも辰之助にも、それは見えていなかった。

 脳裏に映る残像たちが、のた打ち回る。夏芽は再び吐き気を催した。悪寒が背筋を伝う。なんと、気持ち悪いものを“視て”しまったのだろうか。

「夏芽さん、本当に大丈夫かい」

 綺堂が言う。夏芽は慌てて笑顔を作った。

「だ、大丈夫ですよ。なんだか、幻覚を見たっていうか、妄想しちゃったっていうか、すごく気持ちの悪いものだったから」

「疲れてるんでさあ、姉さん」

 辰之助が言うと、綺堂は腕を組んだ。

「いいや、夏芽さんの“視た”ものが、単に妄想であったとは限らない。もしかしたら、夏芽さんは目ではなく、脳でそれを直接見てしまったのかもしれない」

「脳で、直接、ですか」

「そうだ。人間は、目で確認したものを、脳に伝達して、そして認識する。だが、目に見えなくても、存在したものや存在するものはあるだろう」

「目に見えないのに、存在してる……幽霊とかですか」

「そうだね、幽霊も、同じ類だ。幽霊は存在しないなんてことをいう人間が居るがね、そんなことは誰にもわからないのだから、そう言い切れる筈がない。だって現に、見たという人がいるのだからね。目で、光としては確認できないけれど、確実に存在しているというものは、必ずあるのだよ。例えば、過去、記憶、思い、なんてものだ。兎に角、そういった、目で確認されないものは、ごく稀にだが、脳に直接認識されてしまうことがあるんだ。だからもしかしたら夏芽さんは、その場所で起こった過去の何か、それか、蟲男の思いや記憶、いや、その他何かの概念といったものを、脳で視てしまったのかもしれないね」

「そうなんですか……。とにかく、気持ちの悪いものでした」

 夏芽はため息交じりに言った。

「因みにね」

 綺堂は懐から扇子を取り出した。

「一般に僕らや、人間が言う様な幽霊ってやつはね、死んだ人間の魂が具現化されたものでは無いんだよ。死んだ者は、別の世に行く。行かないとしても、人間の世界からは消えるだろう。現に、こんな世界があるのだから。その“無いもの”が、現れるなんてことは、端(はな)から有り得ない。だが、生きている者たちは、死んだ人間を記憶している。つまり、生きている人間たちの、死んだ人間に対する記憶や思いなんてものがね、言ってしまえば、幽霊の正体そのものなんだよ。だから、認識されなければ、幽霊は存在しえないんだ」

「記憶を、視てしまったんでしょうか。綺堂さんの言ったことは難しすぎてわからないけど、変なものを視たってことだけは理解しました」

「夏芽さん、決して変なものでは無いよ。よくあることだ」

 綺堂は微笑んだ。

「あ、幽霊っていえば、私、この世界に来るまで、幽霊と妖怪って、一緒だと思ってたんですけど、っていうか、今も違いがあまりわからないんですけど、何が違うんですか?」

「姉さん、幽霊は妖怪の一種ですぜい」

 辰之助が“当たり前だ”というように言った。綺堂が笑う。

「辰之助の言うとおりだ。幽霊は妖怪の一種さ。妖怪ってのは、人間が作り出した概念が形作る、想像の産物。幽霊も、それが人型になっただけの話だ。有名なのは、“お岩”や“お菊”。東海道四谷怪談と番町皿屋敷だね。だが、夏芽さんが想像している幽霊ってのは、死んだ人間の事だろう?“死んだ人間”と幽霊とは、またモノが違う。死んだ人間は、この世界には来ない。死んだ人間は“あの世”へ行く。そしてその“死んだ人間”を仮に“幽霊”と呼ぶとすれば、先程の説明が適応される。つまり、幽霊の正体は、人間の想像や思い込みだ」

 がたり、ごとり、と電車が揺れる。車窓から外を眺める。ありふれた景色がそこにはあった。決して、死層などという恐ろしい場所を通っているようには思えない。

 死の世界は黒い、それこそが単なる思い込みなのかもしれない。夏芽や、他の生きている人間は、決して死の世界を見たことはない。しかし、死という言葉のイメージによって、そこはきっと暗いのだ、とか、血の海があるのだ、とか、または逆に、金色の光に包まれる極楽なのだ、と想像するのだ。もしかしたら、死の世界は、夏芽たちの住む人間世界と、然程(さほど)変わらない世界なのかもしれない。仏教では、輪廻転生という説が説かれている。そもそも死の世界なんてものはなくて、人間や、その他の生物は、死んでも魂はその世界に残り、新たに他の姿に生まれ変わるのかもしれない。あるいは、全くもって消えてしまうことだって有り得る。

 死、というものは、未解決な問題だ。

 この妖怪世界は、その死から解放された空間である。生を感じさせない世界。しかし、妖怪たちはまるで“生きている”かのようだ。生と死は、対を成す存在。死があるからこそ、人間は精一杯生きようとするのだ。だから夏芽は、死がなくしての生は、もっと充実しないものだと思っていた。だが、この世界では、そんなことはない。

 色々と考えているうちに、夏芽は再び眠りについた。浅い眠りの中で、夏芽の瞼に、二人の少年が映っていた。

 二人はキャッチボールをしていた。ということは、もしかしたら、宮本肇と土田和也であるかもしれない。どちらがどちらなのかはわからなかった。しかし、片方はとても楽しそうにボールを投げているのに、もう片方は、何故か下を向いたまま、グローブを構えている。表情はよくわからない。ただ、少し怖かった。

 夏芽は、二人に近づこうと思うのだが、どんなに歩いても、走っても、二人との距離は変わらない。その代わり、止まっていても、二人が離れていったりすることはない。

 二人は、至近距離でボールを投げ合っていた。お互いの表情に気付いてもおかしくない。しかし、笑っている方は、下を向いている方に「どうして下を向いているの」と尋ねたりする様子もない。でもきっと、笑っている方は、下を向いている方の表情を“理解した上で”ボールを投げている。なんとなくそんな気がした。


 どうして分かり合おうとしないのだろうか。


 綺堂に揺り起こされて、夏芽は目を覚ました。突然の光が夏芽を襲う。何度も瞬きをして焦点を定めようとする夏芽を見て、綺堂は笑った。

「余程疲れていたんだね。ぐっすりと、まるで死んだように眠っていたよ」

「姉さんは電車に乗ると、すぐ寝ちまいますなあ」

 辰之助が言った。

「もう直ぐで木沢駅ですぜい」

「えっ、私、またそんなに寝てた?」

「そうでさあ。本当に、ぐっすりと、しっかりと寝息を立てて、しっかりと寝ておいででしたぜい」

「そんなに……まあ、夢を見てたくらいだしね」

 今日は、いろいろなことがあった。沢山歩いたし、変なものも見たし、何せ、青森県まで旅をしたのだ。疲れていない、と言った方が奇妙なくらいだ。

「もう家に帰って、しっかり休むといいよ」

「ええ、また帰っちまうんですかい」

 辰之助が残念そうに顔を歪める。

「旦那の家に、泊まっていきゃあいいじゃあないですかい」

「そんなの駄目だよ、お母さんたちに心配されちゃう」

「なんと、旦那はまだご両親に認められてはおられないんですな」

「そうなのかい、夏芽さん」

「あの、それを言えばまだ私も認めていませんよ」

 綺堂はいつになく肩をすくめた。

 電車を降りる。今更気付いたが、車掌は顔がない、所謂のっぺらぼうだった。

「どうでしたか、良い旅になりましたか」

「ああ、とても。この電車は、いつも乗り心地が良くて助かる。人間世界のそれとは大違いだね」

「嬉しいお言葉です」

 駅を出てから、夏芽は、

「でも、綺堂さん」

と言って綺堂を見た。

「確かに、通勤ラッシュ時の駅の中の混雑具合とか、電車の中に詰め込まれるあの感じはすごく不快ですけど、でもそれ以外の時は、人間世界の電車だって、結構乗り心地がいいですよ」

「確かに、そうかもしれないが、だが僕は、人間世界の電車の中でするあのゴムみたいな臭いが苦手でね」

「ゴムですか」

「ああ。いつも気持ちが悪くなってすぐに降りてしまうよ」

 夏芽は、いつもの電車を思い出した。混み合っているときは、確かに少し変な臭いもするかもしれないが、そうでないときに「ゴムの臭い」など感じたことがなかった。

「僕は、まあ、潔癖症でね」

 そんなことを言って、よくも平気で虫の死骸を触ることが出来たものだ。

 中央通りの賑やかなざわめきが、少しずつ近づいてくる。それは、人間世界へ帰るときが近いということを夏芽に示唆していた。

 暫く歩いて、中央通りを過ぎ、八千代トンネルまで辿り着く。

「さあ、夏芽さん、覚えているかい」

「トンネルを通っている間は、絶対に振り返っちゃいけないんですよね」

 このトンネルには、ルールがある。何があっても決して振り返ってはいけないというルールである。

このトンネルは夏芽に、かの伊弉那(いざな)岐(ぎ)尊、伊弉那(いざな)美(み)尊の神話を思い出させた。神話では、妻である伊弉那美を生き返らせようと思って死の世界に赴いた伊弉那岐は、決して振り返ってはいけないという妻の言いつけを守らずに振り返り、腐った伊弉那美の姿を見てしまうのである。そうやって黄泉の国と地の世界が区別されるようになり、そしてその後、穢(けが)れを払うために伊弉那岐が禊(みそ)ぎを行った時、天(あま)照(てらす)大神(おおみかみ)、月読(つくよみ)尊、素戔嗚(すさのお)尊が産まれた、という風に神話物語は続くのである(この神話にはその他諸説ある)。

「その通りだ」

「でも、綺堂さんが後ろで気になることを言うから、いつも振り返っちゃいそうになるんですよ」

 夏芽は口をすぼめて、少しだけ嫌味っぽく言った。綺堂は、ははは、と笑うと、夏芽の肩に手を置いた。

「僕は、何も喋らないでいる方が、不安になってしまうんじゃあないかと思ったんだよ。人間っていうものは、居ることよりも、居ないことに不安を覚えるものだからね。あれは一応、僕の気遣いだったんだが」

「そうだったんですか。確かに、綺堂さんたちが後ろにいる筈なのに、声も何もしなかったら、不安になるかもしれませんね」

 伊弉那岐が振り返ってしまった理由も、それである。

「それに、自然にしていれば、人間は絶対にルールは破らない。ただ、守ろう、とか、いや、決して守るまい、とか、そういった要らぬ感情を抱くから、過ちに進むというだけの話なのだよ」

 やはり綺堂は、ちゃんと合理的に考えていたらしい。

 それから……と言いかけて、綺堂はふっと笑った。

「まあ、あまり難しい話をすると、今日の夏芽さんには酷だからね。長旅で疲れただろう。ただでさえ向こうと時間の流れが違うんだ」

「あっしも、別世界に行ってみたいですぜい」

 辰之助は笑った。

「いつか、“お偉い方”に選んでもらって、向こうに行くのが、おいらの夢なんでさあ」

 辰之助が言う“お偉い方”、というのは、人間世界の、ホラー作家たちのことらしい。ホラー作家にも二種類いて、自ら妖怪や怪異を作り上げる作家と、こちらの世界に来て妖怪を連れ出してくれるホラー作家、所謂“お偉い方”があるのだそうだ。“お偉い方”に選ばれることは、妖怪にとって名誉なことであるらしい。何せ、人間世界に再び出ることが出来るのだ。

「あ、それじゃあ、私帰りますね」

 夏芽はトンネルを歩き出す。

「ああ、気をつけて帰り賜えよ」

 綺堂が左手を袖に添えながら右手を少しだけ挙げた。夏芽は二人に手を振る。

「多分、明日また来ると思います。そのときはよろしくお願いします」

「ああ。それまでの間、じっくりと『蟲男』と、ぎょろ眼が集めた資料を読み漁っておくとするよ」

 綺堂の声がだんだん遠くなって、ついに聞こえなくなったとき、夏芽は眩い光に包まれた。トンネルを抜けたのだ。元の世界へ、戻ってきたのである。

 その時、夏芽は前から歩いてきた誰かにぶつかり、しりもちをついた。

「おっと、すまねえなぁ、お嬢ちゃん」

 夏芽が見上げると、そこには男が立っていた。背の高い、無精髭の男である。茶色のスーツを着ていて、髪の毛は、栗色っぽいのだが、光に当たると、緑色にも見える。よく言えばダンディ、悪く言えば、薄汚い格好だ。

男は、手を差し伸べて、夏芽を立たせた。

「こんなところを人が通ってくるなんて思わなくてよ。怪我無ぇか」

 夏芽はぱんぱん、と砂を払うと、出来るだけ愛想よく微笑んで見せた。

「はい、全然大丈夫です」

「それにしても、学生がこんな時間にこんな所に居るなんて、おかしな話だな。お嬢ちゃん、サボりか」

「い、いえ……今は冬休み中で、補習も午前中で終わったので」

「そうか。学生は勉強をするもんだ。がんばれよ」

 愛想よく笑う夏芽と反対に無愛想な無精髭男は、それだけ言ってすぐに八千代トンネルに向かって歩き出した。このトンネルは“通行止め”の看板がある。人が通るなんて、珍しい。夏芽は、後ろ姿を無意識に眺める。

 突然、男は立ち止まった。

「おっと、つかぬ事を聞くが」

 どうやら、夏芽に言っているらしい。

「はい、何でしょう」

 男はゆっくりと振り返って、いや、片目がやっと見えるくらいに振り返ったところで、言った。

「お嬢ちゃん、ちゃんと、人間か」

 夏芽は一瞬、ぞくっとした。それから慌てて、

「当たり前です」

と答える。男は眉を上げて、

「ま、そうだよな」

と言って再び歩き出した。

 男の姿が、トンネルの闇に消えた後も、夏芽は胸騒ぎがする思いで、トンネルの向こう側を見つめていた。普通、人間が人間に「あなたは人間ですか」などという問いをぶつけることはない。だがもし、夏芽が、誰も居ない筈のトンネルから突如出現ところを見ていたとしたら、男がそう思うのも、無理はない。

 しかし、男は八千代トンネルに入っていった。夏芽を奇妙だと思ったのではないとしたら、もう一つ可能性がある。

―――あのヒト、妖怪?

 いや、考えすぎるのはよそう。夏芽は首を振った。今日は、ただでさえ、色々考えすぎたのだから。

 それにどこかで見たことが……。気の所為だろうか?

 夏芽は腕時計に目を落とした。午後三時。夏芽が向こうの世界に行った時間から一分も進んでいない。改めて、人間世界と、妖怪世界の時間制度の違いを思い知らされた。

 夏芽は、自宅に向かって歩き始めた。そろそろ帰ろう。蟲男に関する情報は、あまり掴めなかったけれど。

 ふと、夏芽は携帯電話と、胸ポケットから紙切れを取り出した。宮本肇の電話番号が書かれている紙切れだ。

――土田先輩について、もっと詳しく聞いてみよう。

 今日は疲れたが、綺堂や辰之助、兵部衛のおかげで、少しだけ事件解決に向けて前向きに取り組もうと思うことが出来るようになった。夏芽が見た、あの“幻覚”と“夢”についても気になる。すべては、事件について調べることで、そのうち分かっていくだろう。

夏芽は携帯電話のボタンを押す。つ、つ、つ、と鳴って少したってから、呼び出し音が鳴り始めた。

『はい、宮本です』

「あ、私、夜崎夏芽です」

『ああ、夏芽ちゃん。どう、何かわかった?』

 肇の興奮した声が夏芽を突き刺す。

「いえ、まだ調査始めたばっかりで、まだ何も。ただ、『蟲男』っていう小説があることだけはわかりました。あと、蟲男が本当に存在するかもしれないってことも」

『そっか。進んでるみたいでよかった。ありがとう』

「あの、ちょっと、土田先輩について、詳しい話を聞かせてほしいんですけど」

『わかった。そうだよな、何にも話してなかったもんな……。あ、電話じゃなんだからさ、今から、家来ない?』

「宮本先輩の家って、あの」

 宮本肇の父親は、全国に多数のチェーン店を出す飲食店メーカー『よしみや』の社長だ。肇の家は、誰が見ても「ああ」と感嘆する程の豪邸なのである。特に、こんな田舎にあると、目立って仕方がない。

『まあ、誰が見てもわかる、“ど”派手なあの家だよ』

 肇は恥ずかしそうに言った。勘違いしてはいけない。誇っていいはずの立派な家だ。

「す、素敵な家だと思います!だって、なんていうか、お城みたいで……」

 ぎこちなく言うと、肇はありがとうと言って笑った。

『場所は、わかるよな?俺、待ってるから、いつでも来て』

 電話を切る。夏芽は、たかねを裏切って抜け駆けをしているような気持ちに陥りながら、いや、調査なのだ、割り切って、自宅とは反対方向にある宮本家へ向かった。

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