021 今夜はアタシが全部やってあげます
うつむいたまま高見さんは話を続けた。
「今日ですね、本当はクロっちが大沼さんを家まで送っていくことになったんですよ。けどその役目、アタシが無理やり奪っちゃいました。……迷っていたんですけど、もしかしたら大沼さんとこういう夜になるかもって……」
こういう夜って……どういう意味だ?
俺はごくりとツバを飲み込む。
高見さんがミルクティー色の髪を揺らしながら顔を上げる。
彼女の顔はほんのりと赤く、両目はおどおどと泳いでいるように見えた。
「それと……大沼さん、ごめんなさい。アタシ、ひとつ謝らなくちゃ」
「な、なんです?」
「さっき、大沼さんが眠っているとき……あまりにも可愛い顔だったんで、ほっぺたにキスをしちゃいました」
俺は「えっ?」と声を漏らした。
高見さんはそれから無言で俺の腕をつかんだまま歩きはじめた。ベッドがある方へと移動したのだ。
彼女にされるがままだった。
俺はベッドの前まで引っ張られると、そのまま彼女に押し倒されたのである。
「ちょ? た、高見さん?」
部屋着姿の高見さんが、黙ったまま俺の上に
ミルクティー色の長い髪が俺の鼻先をかすめたかと思うと、高見さんは俺の首筋に顔を近づける。
彼女の鼻先が俺の首筋を下から上へとすべっていき、やがて耳の後ろにたどりつく。
やわらかな吐息が、俺の皮膚をほんのりと湿らす。
「すごい。大沼さんって、こんな匂いがするんだ」
「に、匂い?」
「はい。大沼さんって男の人だけど、普段からあんまり臭くないなって思っていたんですよ。でも、こうして鼻をくっつけて
高見さんはそう言うと、俺の首筋や耳の裏の匂いをもう一度嗅ぎはじめた。
彼女の動きにあわせて、大きくて柔らかい胸が俺の上半身のあちらこちらに押し付けられ、理性が飛びそうになる。
「うん。アタシ、嫌いじゃないですよ、大沼さんの匂い。耳の後ろなんか、ジンジャーエールみたいな匂いがします」
「えっ? ジンジャーエール? 耳の後ろ?」
「はい。大沼さん、仕事中によくジンジャーエール飲んでいますよね?」
「うん」
「ふふっ。その匂いなのかな?」
ジンジャーエールをよく飲むからって、耳の後ろからジンジャーエールみたいな匂いがするなんてことあるのだろうか?
「ねえ、大沼さん。体調は大丈夫ですか? 吐き気は? 気持ち悪くはないですか?」
「は、はい。お、おかげさまで、もう大丈夫です」
「よかった。でも、大沼さんはこの後、無理に動かなくていいですよ」
「ど、どういうことですか?」
「今夜はアタシが全部やってあげます。大沼さんと違ってアタシ、器用ですから上手くやれますよ。だからアタシに全部任せてください。シャツもズボンも靴下も、下着だってアタシが全部きちんと脱がせてあげますから」
高見さんは一度ベッドから立ち上がると、するすると部屋着を脱ぎはじめた。
ピンクと白のボーダー柄のパーカーを脱ぎ捨てると、ショートパンツを静かに下ろす。
下着姿になった彼女が、ベッドに横たわる俺を見下ろしながら言った。
「み……見てください、大沼さん。アタシ、今日はすごく可愛い下着つけているんですよ。チョコレート色のブラジャーとパンツです。さっきシャワーを浴びたとき、後で大沼さんに見せようと思って、こっそり身につけていたんです……」
以前からスタイルがいいのはわかっていた。けれど、これほど綺麗だとは……。
普段はスーツの上から見ていたあの豊かな胸が、下着姿になるとさらにひとまわり以上大きく見えた。
足も想像していたよりずっと長く、全身の肌がとにかく綺麗だった。
西洋の高価な陶製人形に何かの間違いで血と肉と魂が宿ったら、その肌から受ける印象はきっとこんな感じなのではないだろうか。
「大沼さん。6月にいっしょに銀座をまわったときのアタシのスーツの色は覚えていますか? チョコレート色の新品のスーツ。この下着の色、あのときの色と似ているでしょ? 今ではアタシの大好きな色なんです。大沼さんのおかげで、チョコレート色には優しい思い出があるから。ふふっ」
それから高見さんは「……も、もう充分、下着姿は見ましたよね?」と言って、右手でブラジャーを隠し、左手でパンツを隠した。
彼女はうつむき、肩を小さく震わせ、ふとももをもじもじとすり合わせはじめる。
「ど……どうですか、大沼さん? い、いいですよね……。アタシ、受け入れてもらえないと、もう恥ずかしくて死にそうです。だから、お願いです。いいって言ってください……。今からアタシ、もう一度そっちのベッドに行きますよ?」
こんな誘い断れるはずがなかった。俺は高見さんを受け入れる。
こちらの返事を聞くと下着姿の高見さんは、再びベッドにやってきて俺に覆いかぶさった。
彼女はうれしそうに微笑んで俺のくちびるにやさしくキスをした。
「ふふっ。じゃあ、約束通り今夜はアタシに全部任せてください。大沼さんはまだ少し酔っ払っているんだから、無理に動かなくてもいいですからね。その分、アタシが器用に動いてあげますから」
高見さんはもう一度キスをしてきた。さっきと違って今度は舌が入ってきて、俺の舌を器用に絡めとっていく。
高見さんは手先だけなく、舌先も本当に器用だった。
口が終わると彼女は、俺の首筋に3回、耳の後ろに1回キスをした。
「大沼さん、脱がせちゃいますね」
高見さんは俺のワイシャツのボタンを上からひとつずつ外していく。やがてシャツの下に着ていたTシャツも脱がせると、俺の胸に鼻先をつけてくんくんと匂いを嗅いだ。
「大沼さん、もっと下の方まで匂いを嗅いでもいいですか?」
俺が「いいよ」と言うと、高見さんはへその下の方までくんくんと匂いを嗅ぎにいった。
彼女は俺のズボンのベルトを外す。靴下も手早く器用に脱がされ、俺はあっという間に下着姿となる。
それから高見さんは戻ってきて、俺の唇にまた一度軽くキスをしてから言った。
「大沼さん、何かリクエストはありますか?」
「俺ばかり匂いを嗅がれているのは、恥ずかしいかな。俺も高見さんの匂いを嗅いでみたい」
「いいですよ。どこの匂いを嗅ぎます?」
「まず、うなじの匂いが嗅ぎたい」
高見さんは俺の鼻先にうなじを近づけてくれる。
俺はミルクティー色の髪をやさしくかきわけると、彼女のうなじの匂いを嗅いだ。
「甘いバニラみたいな匂いがする」
「ふふっ。まあ、シャワーの後、ボディークリームを塗りましたからね。その匂いかな? じゃあ、次はどこの匂いがいいですか?」
「胸の谷間」
「い……いいですよ」
高見さんはチョコレート色のブラジャーを外すと、顔を少し赤くしながらその豊かな胸を俺の鼻先にそっと近づけてくれたのだった。
目を覚ましたのは、正午過ぎのことだった。
高見さんの家で、彼女のベッドで眠っていた。
高見さんも俺の隣で眠っていたのだけれど、こちらが目を覚ましたのに気がついて、「おはようございます」と言いながら抱きついてきた。
「ねえ、大沼さん。今日がオークションのない土曜日で本当によかったですよね、ふふっ」
オークションのある土曜日だったら出社しなくてはいけない。けれど、オークションのない土曜日は会社も休みである。
Tシャツやハーフパンツや下着や歯ブラシなんかを近所の店で買いそろえると、俺は高見さんの部屋でそのまま土曜日を過ごしてしまった。
シャワーを貸してもらって、遅めの昼飯を部屋でいっしょに食べて、それからもう一度二人でベッドに入った。昨晩は高見さんがたくさん動いてくれたので、今度は俺もきちんと動いた。
夕方になるころには、デリバリーのピザを注文して二人で食べた。
「大沼さん。アタシ、明日は大学時代の友達と買い物に行く約束があるんですよ」
「そうですか」
「女友達ですからね? それで、キャンセルした方がいいのでしたら、そうしますけど。明日も今日みたいに、二人きりでいちゃいちゃしますか? ふふっ」
高見さんは、いつも二人きりでいるときによく見せてくれるイタズラっぽい笑顔を浮かべた。
日曜日も彼女と二人きりでいっしょにいたい。けれど、さすがに友人との約束をキャンセルしてもらう必要はないと思った。
俺は高見さんの申し出にお礼を口にしてから自分の考えを伝えた。
「――そんなわけで、お友達との約束を優先してください。本当は俺も、高見さんと二人きりで朝から晩までいちゃいちゃしたいんですけど……」
「ふふっ、わかりました。じゃあ、明日は別々ですね。寂しいなあ」
「高見さん、また月曜日になったら会社で会えますよ」
「アタシ、月曜日が来るたびに会社に行くのが辛かったんですよね。けど、大沼さんのおかげで今度の月曜日がすごく楽しみになりました。こんな楽しみな月曜日、就職してからはじめてですよ。ふふっ」
ピザを食べ終えると二人でもう一度ベッドに入った。
次に二人きりでいちゃいちゃ過ごせるのはいつだろうかと、俺たちは抱き合ったまま相談した。
「次の土曜日って、オークションがありますよね? だったら大沼さん、日曜日はきっと寝込んでますよね」
「そうですね。オークションの翌日は、だいたい自宅でぶっ倒れています」
「ふふっ。じゃあ今度、二人きりでのんびりできるのは再来週の土・日になっちゃいますかね。大沼さん、予定はありますか?」
もちろん予定なんてなかった。
抱き合いながら再来週の休日を二人で過ごすことを約束した後、お互いの服を脱がせあった。
それから22時ごろまで高見さんといっしょにベッドで過ごすと、俺は自宅に帰ったのだった。
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