014 ミルクティー色の髪、チョコレート色のスーツ

 課長とランチした翌日のことだ。

 俺は高見たかみさんという新入社員の女性と二人で、会社の白いワゴン車に乗っていた。

 14時を少し過ぎたくらいの時間で、銀座方面に向かっていたのだ。


「大沼さんって今いくつでしたっけ?」

「26歳です」

「アタシの4つ上か。入社して5年目ですか?」

「そうですね」


 助手席に座っていた高見さんが、運転席の俺に次々と質問を浴びせる。

『何かわからないことがあったら聞いてくれ』と、彼女に提案したのは俺の方だ。だから質問にはきちんと答え続けた。


 こちらとしては、『仕事』で何かわからないことがあったら聞いてくれと言ったつもりだったのだけど……。

 プライベートに関する質問ばかりだった。


「どの辺に住んでいるんですか?」


 俺は自宅の最寄り駅を口にする。


「おお! 大沼さん、アタシが住んでいるの、その隣駅ッスよ」


 こんな感じで高見さんとは、会社を出てからずっと二人きりで喋り続けている。

 無口な市柳さんとは真逆なタイプだった。フレンドリーで話しやすい。

 少々フレンドリーすぎるかもしれないけど。


 彼女の見た目や様子から、性格の明るさがよく伝わってくる。

 高見さんの髪型は、背中の真ん中あたりまで伸びたロングヘアーだ。やや明るめの茶色い髪は、毛先付近でゆるやかにウェーブしている。


 両目は少しつり目気味で、どことなく気が強そうな印象の顔つきだ。表情が会話の内容に応じて、ころころとよく変わる女性だった。

 背は高い方で、胸も大きくスタイルがよい。身につけているやや暗めの茶色いスーツもよく似合っていた。


「大沼さん。アタシが今日着ているこれ、新品のスーツなんですよ。この間、思い切って買っちゃいましたよ」

「へえ」

「アタシの髪、ミルクティー色なんですけど、チョコレート色のこのスーツ、どうスか? 男の目から見て、どう? アタシ、似合ってます?」


 髪の色は『ミルクティー色』で、スーツは『チョコレート色』って表現するのか……。

 俺と同じ色を見ているはずなのに、高見さんは色の表現の仕方が、おいしそうだし楽しげである。


 美術系の仕事をしているのだから、俺も見習わなくてはいけないかな?

 そんなことを考えながら、高見さんの質問に答えた。


「うん。そのスーツ、似合っていると思いますよ」

「よっしゃ! 大沼さん、ありがとうございます。ちょっと高い買い物だったんですよね。よかったあ。アタシ、来月の給料でもう1着買って、リクルートスーツから徐々に卒業しますよ」


 それを聞いて俺は笑いながら言った。


「あははっ。それで、仮配属中にスーツを買いそろえた後、本配属で私服OKのカタログ班になったら、俺、こっそり笑っちゃうかも」

「ええっ! そんなこと、あるんですか?」

「あるかもね」

「アタシ、本配属も営業2課で決定だと思っているんですけどっ!?」


 高見さんが所属する営業2課は、主に『西洋の美術工芸品』などを扱う部署だ。

 俺が新入社員のころの仮配属先も営業2課だった。


 カップ&ソーサーやティーポットなどの陶磁器、陶製人形やビスクドール、ガラスの花瓶やワイングラスなど、俺は手先が不器用なのでいつか割ってしまわないかと、ヒヤヒヤしながら仮配属期間を過ごしていた。

 半年後の本配属で絵画担当の営業1課になったとき、どこかホッとしたものである。


「俺も新入社員のころ、仮配属は営業2課でしたよ」

「へえ。でも、大沼さん、今は1課ッスよね?」

「はい。半年後の本配属で、営業1課になりました」

「んっ? もしかして仮配属中に、2課で何かやらかしたんですか?」

「いや。俺、手先が不器用だったからね。ワイングラスとか花瓶とか、いつか派手に割るんじゃないかって思われてたっぽいですよ」

「ぷっ! ぶははははっ! 大沼さん、手先不器用なんスか? うふふふふっ!」


 まあ、悪い子ではないだろう。けれど、人によっては嫌われる性格の女の子かもしれない。


「でも、大沼さん。2課から1課に変更とか、本配属で変更があったとしても、あくまでも営業部の中で変わるんですよね?」

「んー……それはわからないですよ」

「カタログ班になったりとか、そんなこともあるんですか? じゃあ、もしアタシがカタログ班になったら、市柳さんが代わりに営業2課になるとか?」

「『ない』とは言えない……ですかね?」


 7年後から来た俺は、高見さんが本配属後もこのまま営業2課だということを知っている。

 そして、入社から1年半後には、会社を辞めるということもだ。


 ただ……。

 未来が変わる可能性もあった。

 課長が市柳さんを営業1課に引っ張ってこようとしているからだ。

 新入社員三人の配属先が、すべて見直されるかもしれない。


 市柳さんの話題が出たところで、俺は高見さんに尋ねてみる。


「高見さん、市柳さんとはどうです? 新入社員同士、仲良くやっていますか?」

「んっ……アタシ、彼女とはあんまり話さないッスね。話したとしても、なんか会話が続かないんで」

「そうですか」

「新入社員同士なら、黒浜くろはまとは、よく話しますよ。クロっちは、アタシと同じ営業部だし、席も隣同士なんで」


 黒浜というのは、三人の新入社員のうちの一人だ。

 主に日本陶芸などを扱う営業3課に仮配属されている男で、同じ男の俺から見てもイケメンというやつだ。

 長身でスタイルがよく、栗色くりいろの髪はサラサラで顔が整っている。

 物静かな感じだけれど、根暗ねくらという雰囲気でもない。見た目にどこか清潔感があるからだろうか。


 高見さんは市柳さんの話をするときと違って、黒浜の話は楽しげにする。


「大沼さん。あいつ、すごい顔がいいじゃないですか」

「そうですね」

「この間、あいつの彼女の写真を見せてもらったっていうか……無理やり見たんですけど、すげえ美人だったんスよね」

「美男美女って感じですか?」

「そうそう。その美男美女、中学のころからずっと付き合っているらしいですよ」


 まあ……そのイケメンくんは、彼女と今年の夏の終わりに別れるんだよ。

 それで、クリスマス前に高見さんと黒浜は付き合って、2~3ヵ月で二人はすぐに別れるんだ。

 そして4月に黒浜は会社を辞めて、その半年後に高見さんも会社を辞める。


 それが俺の知っている、高見さんと黒浜の未来……なんですけどね。

 当時、会社のみんながしばらく二人の噂をしていたから、俺もよく覚えているのだ。


 会話を続けている間に、車は銀座の近くまで来ていた。

 高見さんが俺に質問する。


「大沼さん。先にアタシの方の納品を済ませるってことでいいんですよね?」

「それでいいですよ。俺の方の納品は、今日中であればいつでもいいと言われていますから」


 俺は銀座周辺にある画廊に、作品をいくつか納品する予定だった。

 先週の絵画のオークションで落札してもらった作品を納品するのだ。それと同時に、秋のメインオークションへの高額作品の出品を促す営業をかける予定だった。


 高見さんの方は、銀座にあるアンティークショップに納品する予定があった。

 少し前に開催された『西洋美術工芸』のオークションで落札された『カップ&ソーサー』とか『ティーポット』などの納品だった。


 会社には車が3台しかない。だから、営業同士で取り合いになることがよくある。

 そこで、同じような行き先で用事が重なったとき、他の課の人間ともこうしていっしょの車で行動することがあるのだ。


 高見さんは、本当は営業2課の先輩社員に同行して納品に行く予定だった。

 しかし先輩社員の都合が悪くなり、この日、銀座周辺に行く予定のあった俺が、高見さんの面倒をみることになったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る