015 新入社員たちとの関係をやり直すチャンス
アンティークショップへの納品は、問題なく終わりそうだった。
納品の場には俺も立ち会ったのだけど、これは高見さんが先輩社員から任された仕事だったので、なるべく口を挟まずにいた。
ショップオーナーと高見さんとのやり取りを静かに見守っていると……。
「あれ、大沼ちゃん?」
店の奥からやって来た小柄な人物が俺に声をかけてきた。
この近所で画廊を経営している初老の男だ。
アンティークショップのオーナーとは友達みたいで、店の奥でコーヒーをごちそうになっていたらしい。
画廊の方は息子に任せ、自分は銀座周辺をブラブラ散歩してさぼっているとのことだった。
素敵な歳のとり方である。
銀座周辺には美術品関係の店が密集しているから、訪問先で別のお客さんと会うのはそれほど珍しいことではなかった。
「へへっ、大沼ちゃん。今朝、ちょうど倉庫から引っ張り出してきた絵があるんだけど、ついでにうちの画廊にも寄っていかない? まあ、あんまり高い絵はないんだけどさ、へへへっ」
倉庫の整理をしたらしく、オークションに出品したい絵がいくつかあるそうだ。
画廊に置いておくのも邪魔なので、今日中に集荷してくれるとありがたいとのことだった。
こちらとしても都合の良い話である。
本日の予定の最後にその画廊の集荷を加えると、俺と高見さんはアンティークショップを後にした。
「高見さん、すみません。
車に戻ると俺は、高見さんにそう尋ねた。
「アタシの方は大丈夫ですよ。仮配属中の新入社員なんで、そんなに仕事は抱えていないです。それよりも出品が決まってよかったじゃないスか」
「ありがとうございます。なるべく早く、スケジュールを消化しますから」
さて……7年前には、こんなことあっただろうか?
営業同士だったので、高見さんといっしょに集荷や納品に行ったことは数回あった。
だけど、彼女がチョコレート色の新しいスーツを買った話を聞いた記憶はない。
二人で納品に行ったアンティークショップで、別のお客さんに会って出品が決まったことも記憶にない。
7年前の日々の細かいことなど正直あまり覚えていない部分もあるのだけど、俺の知っている7年前と今過ごしている7年前は、やはり違うものになってきているのだろうか?
過去が変わってきている?
ここは現実世界ではなく、俺が見ている長い夢のような世界なのかもしれない。
けれどそれでも、過去が良い方向に変えられるのであれば、うれしいことだと思う。
過去でやり直したいことがあるとしたら?
そのひとつに『もっと後輩の面倒をみておけばよかった』という
過去に戻ってきて俺の頭に浮かぶようになったのは、
『辞めていった後輩社員のことをあまり覚えていないとか、そういうところが俺の駄目な部分なんじゃないか?』
ということだ。
当時の俺と後輩社員たちとの間に、それだけ大きな距離があったのだろう。
俺と仲が良い新入社員なんて、過去に一人もいなかった。先輩社員として反省すべき点かもしれない。
毎日、目の前の仕事に精一杯だった。
あまり過去のことを振り返っている余裕がなかった。
だけど今、7年前の時間に戻ってきて、不慣れな職場で
『当時の俺はもっと後輩の面倒をみれたのではないか?』
そんな後悔が、日々ふつふつと湧き上がっていた。
三人ともいずれは辞めていく新入社員たちだ。
けれど今は、できることならば、昔よりも優しく接してあげたいと思っている。
短い期間かもしれないが、同じ職場で働いている仲間なのだから。
7年前の俺はまだ社会人5年目で、自分の営業成績をあげることだけに夢中だった。
自分の処理能力を超えるような責任ある大きな案件を抱えていたりと、目の前のことで本当に手一杯だった。
でも……今の俺は見た目は26歳だけれど、中身は33歳だ。
当時よりは7年分多く仕事のノウハウが
26歳のころと違って、仕事に関しては少しだけ気持ちの余裕があった。
では、その余裕をどこで有効利用していくか?
過去の俺にはできなかった、『後輩たちの面倒をみること』に利用していけばいいじゃないか!
昨日の昼飯中に課長から頼まれた『市柳さんを営業1課で獲得するための材料を探すこと』と、『三人の新入社員たちの面倒をみること』には、共通する部分も多いはずだ。
市柳さん、高見さん、そして黒浜と接触する機会をもっと増やそう――。
俺が戻ってきたこの世界は、7年前の新入社員たちとの関係をやり直すチャンスがある世界なのだから。
助手席の高見さんが、尋ねてきた。
「もしかして大沼さんって、銀座周辺でけっこう顔が広いんですか?」
「まさか。そんなことありませんよ。今の納品先のオーナーさんと、俺の顧客が、たまたま仲が良かっただけですから。こういうことは、たまにあります」
「またまた、
「えっ? 誰がそんなこと言っていたんですか?」
車を運転しながらだったので、俺は前を向いたまま高見さんにそう尋ねた。
「知らないお客さんですよ。先週の下見会で、お客さんと立ち話したんですけど、そのとき言ってました。大沼さんが担当になってからは、版画を出品するときはうちのオークション会社を優先的に選んでいるって」
なんだそれ……。いったい誰だろう?
ちょっと恥ずかしいけど、正直うれしいな。
「えっ? じゃあ、高見さん。版画以外はどうなんですかね?」
「そりゃあ、別のオークション会社に出品しているんじゃないですか? わざわざ『版画を出品するときは』って強調しているくらいですから」
そう言うと高見さんは、くすくす笑った。
なんだか、職場の人間と話しているというよりは、大学の女友達と会話しているような気分になった。
それにしても……こんな話を7年前に聞いた記憶はない。
俺の知っている7年前とは、やっぱり少し変わっているのかもしれない。
高見さんがイタズラっぽい声で質問してきた。
「ところでぇ、若手でやり手の大沼さぁーん。もしかしてぇ、『石油王』とか『ダイヤモンド鉱山の所有者』とか、素敵な顧客と知り合いだったりしませんかねぇ?」
「はあ?」
「いたら、ぜひアタシに担当させてもらいたいんですけど」
「いませんから」
「なぁんだ。オークション会社に就職したら、お金持ちのお客さんとお近づきになれると思っていたのになあ」
「もしかして高見さんって、下心丸出しでこの仕事選んだんですか?」
高見さんは俺の質問には答えずまたもや、くすくす笑う。
同じ新入社員でも、やっぱり市柳さんとは、まったくタイプが違う人だった。
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