179.識札の講義

 







 ◆◇◆






「まーずは、基本的な方法かな? この城の中には一応魔法省って部署があって、そこが作ってる特殊な紙がこれねー?」


 久しぶりにフィーさんの魔法講義。

 そして、魔法省って部署があるのもまだセリカさんの講義では習ってないので初めて聞く言葉だ。

 何をする部署かと言うのはあとで聞くことにして、まずは本題の識札について。

 一見、ただの黄色っぽい便箋のようにしか見えない紙にどんな加工がされてるのだろうか?


「ふーゅ?」


 クラウも僕の頭に乗りながら見てても、やっぱりわからないみたい。


「これには、紙を精製させる際に一定の長さの術式が組み込んであるんだ。この紙は初心者用。今のカティアより50年くらい上の子達が、学園の授業で習う時とかに使うんだよ」


 大雑把な予想しか出来ないが、多分小学校の中学年以下でも使えるってことかな?


「はい」

「どーぞ?」

「貴族でも一般の子供でも使えるんですか?」

「うーん。貴族は普通だけど、市井はよくわからないなぁ……セリカなら見習いやってたから知ってそうだけど」

「わかりました」

「やりながら質問に答えてあげるよ。今回は、行き先を僕にしようか?」


 と言ってから、フィーさんは机の羽根ペンを取って紙に何かを書き込んだ。


「今ここに書いたのは、送りたい相手の名前」


 見せてくれた箇所、右上辺りの濃い黄色の線の上にフィーさんの名前が書かれていた。フィーさんは神様だからか、守護名も家名もないので『フィルザス』としか書いていない。


「この紙でも、相手の名前だけで届けられるから守護名とかは省いていいよ」

「あとは、伝言内容とかですか?」

「うん、普通の手紙と同じ感じでいいかな。自分の名前も守護名とか抜きで、こっちの線の上に書けば大丈夫。ちょっと大きなものになるなら、魔法が発動しやすいようにお互いの名前があると便利かな?」

「と言うと、ファルミアさんのお名前ってすっごく長いですよね……」


 家名?にもなってるヴァスシードまでの名前って、僕よく覚えていないや。


「あれは、結婚したからこその守護名達だからねぇ」

「ご結婚されたから?」

「レストとかも長いのに、孫のエディとかは短いでしょ?」

「あ、たしかに……」


 あれ以降ラディンさんの姿でもお会いしていないレストラーゼさん。あの人も、たしかに長かった。


「結婚する時に、この国の王家はともかくとして他はほとんど大司祭って役職の子達が、神霊オルファ達と交信して花婿と花嫁に守護名を与えるんだ。僕がしないのは、神王家との盟約みたいなのがあるから。全部の子達に与えてたら大変だもん」

「大変?」

「加護とかね。この世界に神と呼ばれる存在は今のところ僕一人だけだから、全部の子達に行き渡っちゃえば僕の神気すっからかんだよ」

「あー……」


 それは、大変だけで片付けられない。


「だから、神王家を決めた時に盟約として加護の範囲も決めたんだ。僕が与えるのは、神王家のみって。だから、いくらセヴィルがわずかに血を継いでてもカティア達の時はリーか他の神霊オルファに任せるだろうね?」

「え、あ、はぁ……」


 セヴィルさんとの結婚って、やっぱり確定なんだ……。


「まあ、そこは今いいとして。産まれた直後につけられる守護名はだいたい最初。ミーアならルティスだね」


 と言うことは、失礼ではあっても宛名はご結婚前に近い長さでも問題ないのか。


「今送っても、他のヴァスシードの子達を驚かせちゃうだろうから。試しは二日後くらいにしよう。とりあえず、この紙に適当な文章とこっちの赤みが強い線の上に名前だけでいいから書いてみて」


 今中身を見ないように、フィーさんはクラウをあやしてくれるそうで僕は机に向かうこととなった。

 目の前にいる相手に手紙って言うのも少し不思議だけど、練習ならいいかも。

 長文じゃない方がいいって感じだったから、短い長さで伝えたい言葉をこちらの言語でゆっくりと書き、最後に今の自分の名前を書いた。

 奏樹かなたは、僕とセヴィルさんだけが知ってる秘密だからだ。例の神様達も知ってるけど、会うかわからないから除外。


「出来ました」

「ほーい。じゃ、半分に折って?」

「どっちでも?」

「うん、好きな方で」


 なんでもいいなら縦に折ることにした。

 椅子から降りて彼にそれを渡せば、その紙を今度は横に折った。


「初心者用だと何回か折らなきゃいけないんだー。これをもう半分に折って……カティア、これに息を吹きかけて」


 四つ折りサイズくらいにされたのを戻され、僕は受け取るとエディオスさんがやっていたのを思い出しながらゆっくり息を吹きかけた。


「あ」


 そう言うのが速かったのか紙が変形したのが速かったのか。

 手の上で、紙が急速に動いてまるでロボットが折り紙を折っていくかのように正確に折り目が付いて形になっていく。

 出来上がったのは、紙の大きさに見合った雀サイズの小鳥だった。種類まではよくわからない。


璃雀ラパッシャー。短距離向きには良い方だね? リーが聖樹水抜いたせいか、初回にしてはいい出来だよ」

「普通はどうなんですか?」

「失敗するとごみくずになるか、変な形になるよ」


 と言うことは、リーさんが聖樹水を抜いてくれたから本当に魔法の精度が上がってるのかも。

 料理とかじゃあんまり実感出来ないけど、こう言うところで発揮されてるのなら嬉しい。


「出来たら少しすると勝手に飛ぶよ」

「ふゅ!」


 クラウが声を上げたと同時くらいに、紙で出来た小鳥は翼を広げて羽ばたき、宙に浮かんで何回か旋回してからフィーさんが差し出した指の上に止まった。


「この状態から手紙に戻せるのは、基本送り主か送った相手。そのどちらかが息を吹きかけてやれば折り目がほとんどない紙に戻るんだ」


 フィーさんが実演してくれると、前にエディオスさんがやってた時のように小鳥はどんどん解体され、完全に一枚の紙になった時はフィーさんが言うように折り目がほとんどない紙に。


「これも紙を作るときに使った魔法が関係してるんですか?」

「そうそう。最初の作り方を教えたのは僕だけど、結構経ってるから色々変わってね? 今だと初心者用でもいいの作ってるんだよ」


 さて中身は、っとフィーさんが覗き込んだら、僕は少しだけ距離を置いた。


「カーティーアー! 何これ⁉︎」

「事実を書いたまでです」


 何を書いたかと言うと、





『早食いを控えてください』





 の一言です。

 太らないけど、フィーさん言い聞かせなきゃ何回でも大食いファイター並みにお代わりするんだもの。

 ぷんすこ怒っていても、頭にクラウがいるからちっとも怖くない。

 くすくす笑っていると、扉の方からノックが聞こえてきた。


「あ、はーい?」


 返事をすると、少しだけ間を置いてから返事が来た。


「……カティア、俺だ」

「「サイノス(さん)??」」


 お見送りが終わってから一時間経ったかどうかなのに、お仕事も終わったのだろうか?

 けど、入れない訳にいかないので扉を開ければ、何故か難しいお顔をしているサイノスさんがいらした。

 服装は正装からお着替えされたのか普段用の騎士服とマントだ。エディオスさんが脱走用に使ってたのよりは豪華だけど。


「どうかされたんですか?」

「いや……フィーもいるか?」

「僕がなーに?」


 僕と言うよりフィーさんを探してたのか。

 だけど、入っていいかと聞かれたので僕らは頷いて彼を招き入れた。


「執務はいいの?」

「急ぎのだけ終わらせてきた」


 流石と言うかなんと言うか。

 エディオスさんも不真面目さんではないですが、嫌気がさすと脱走しかけるのが多いみたい。

 それよりも、サイノスさんだ。

 なんだか思い詰めてるようだけど、本当にどうしたんだろう?

 クラウも心配で、いつものように抱きつきにいかないし。

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