071.獅子は密かに動き出す(サイノス視点)

 





 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆(サイノス視点)








「ん、これで大体は終わったな」


 補佐官や副将軍もいない執務室で一人ぼやいた。

 遠征訓練前から執務は溜め過ぎないようにしてたから、今日の昼以降の執務も比較的楽に終われそうだ。


「あのちみっこい嬢ちゃんの手製かぁ?」


 一体どんな珍味を馳走してくれるのだろうか?

 エディがあれだけ言うくらいだったし、同じかそれ以上に食い意地の荒い隣国の国王のユティが昨日エディと一戦交えるくらい求めてやまないものらしいからな?

 城下に二人だけで繰り出す仲でいるあいつらが、あれだけ楽しみにしているから相当なものだろう。


(おまけに、『ゼルの』だもんなぁ?)


 これはぼやきだろうが簡単には口に出来ない。

 あの・・冷徹宰相と宮城内で名高いゼルが、わずか一週間程度しか交流のない少女の御名手みなてとなり、あまつさえ微塵も嫌がる素振りどころか懸想しているかもしれないことには無茶んこ驚いた。

 本人の美貌はともかくとして、冷徹と称される雰囲気から女子供に怯えられるのは常とされてる縁戚の青年。

 初見はどうだったかわからないが、そのゼルに一切怯えた姿を見せないどころか本人の微笑みで羞恥する様しか見せないでいたあの幼過ぎる少女。

 そんな二人が婚約したとあれば驚かないわけがない。


(ゼルの懐にどうやって入ったんだ?)


 悪い意味ではない。

 俺は今朝知り合ったばかりだが、カティアと名乗ったあの異邦人の少女は割りかし気に入ってる部類に入る。

 純金の髪に虹の瞳と言う稀有な容姿もあるが、口調はハキハキしているし大人顔負けの態度で冷静な時は冷静でいた。


「いや、あれで見た目はともかく中身は成人してるんだったな……」


 しかも、外見が80歳程度なのに中身が280歳と言う三倍以上もの不釣り合いさ。

 未だに信じれないが、同じ異界出身の前世を持つと知った隣国の王妃のファルとのあの会話は、事前に打ち合わせしたとしても無理なのは実感した。


(食材の名前もだが、調理法もあんなぽんぽん出て来ないもんな?)


 元々が二人とも料理人だからかああもすらすら出て来るのもあるだろうが、にしたって盛り上がり過ぎだ。

 俺が止めに入らなければ、本当にメニュー決めするまで続けていただろう。周りの奴らは好きにさせればいいと思ったのか誰も口を挟まないでいたし。

 ユティや四凶しきょうの連中らも昨日からカティアを知ったはずなのに昨日だけで何があったんだ?


「……サイノス、何をぼーっとしているんだ。手が止まってるぞ」

「おお、悪い悪い」


 いつの間にか副将軍のジェイルが戻ってきてたらしい。部屋を見渡せば俺や奴の補佐官も戻ってきていた。


「疲れが溜まっているのなら昼からの執務は切り上げてもいいぞ?」

「いや、そうじゃねぇよ。ちょっと思うとこがあってな?」

「お前がか?」

「おい。部下以前に旧知の仲とは言えなんだよそりゃ」


 同期だからって失礼に値するぞ?

 だが、まあいい。

 今日は機嫌がいいから、それくらいのことは些末にしておいてやる。


「? なんだ、やけに機嫌がいいな?」

「ん、まぁな?」


 俺があまり言い返さないのに訝しんだのだろう。

 ジェイルの眉間のシワが幾らか寄っていた。


「俺達が退室している間に何かあったのか?」

「いいや、その前だ」

「と言うと、朝餉でか?」

「ああ。昼もあっちに誘われたから中層には行かないぞ」

「陛下が?」

「おう」

「朝はわかるが、何故昼も呼ばれたのだ?」

「ああ。美味いもん食わせてくれるらしい」

「と言うと、ファルミア妃殿下が?」

「らしいぜ」


 カティアのことは言わねぇでおくがな。

 一応はゼルの婚約者としてでなくエディの客人として扱っているようだが、あんまり広めておかない方がいいはずだ。

 外見が稀有な上に幼過ぎるから、今朝俺が勘違いしたように知らない奴らと鉢合わせたら下手をすれば宮城から追い出されかねない。

 ごく稀に子持ちの奴んとことかが嫁さんと一緒に用事があって連れて来ることはあるが、それでもほとんどが中層か下層にいる連中のだ。

 間違っても、上層区画に居るような年齢じゃない。

 宮仕えしてる近習の中の小姓と勘違いしようにも、基準年齢を大幅に下回ってるからな。

 ちなみにファルの料理上手は国内外に知れ渡ってる有名な話だからジェイルでなくても知っている奴が多い。


「急なお越しの上にお疲れではないのか?」

「俺は誘われただけだ。せがんだのはユティらしいからな」

「まぁね?」

「はぁ、しょうがない……あ?」

「ん?」


 補佐官達はさっきから書簡整理をしていたのは視界に入れてたし誰も口を挟んでこなかったはず。

 だが、急に背後に気配を感じ、振り返れば朱色が目に飛び込んできた。


「やぁ、サイノスにジェイル」

「おまっ、ユティ⁉︎」

「ゆ、ユティリウス陛下⁉︎」


 俺達が叫んだ通り、朱色の髪の青年ユティリウスがいつの間にか俺の背後に平然と立っていた。


「ちょっと待て、一体いつ入ってきた⁉︎ 転移にしては痕跡がないが……」

「あ、うん。そこの補佐官達の後ろについてきたから魔法は使ってないよ?」

「はぁ⁉︎」


 補佐官達の方に振り返れば、奴らは顔を真っ青にしながら首を振っていた。どうやら本当に気づいていなかったのようだ。


「気配絶ちの能力上げてねぇか?」

「まぁね」

「自慢することじゃないだろうが、ったく」

「お、お気づき出来ず申し訳ございません、ユティリウス陛下‼︎」

『申し訳ございません‼︎』


 俺が呆れていたらジェイルや補佐官達が深く腰を折ってユティに謝罪した。……気安さから忘れそうになるが、こいつ歳下でも隣国の国王だもんな。


「あ、いいよいいよ。俺がサイノスに用があって勝手に入ってきただけだから」

「俺に?」

「うん。ここじゃなんだから中庭行こうよ。てことで、君達の上司借りていくね?」

「あ、は、はい! っつ⁉︎」

「ジェイル?」


 何かを堪える呻きに似た声が聞こえた。

 奴の手を見れば、何故かペンの代わりに便箋の封を切る為のナイフが握られていた。


「ジェイル、怪我しちゃったのかい?」

「い、いえ! 大した怪我では」

「手は大事だからすぐ治癒しないとダメだよ」


 俺が声をかける前にユティがすぐさまジェイルに駆け寄り、慌てふためくジェイルを説き伏せながら怪我をした方の手を掴んだ。


「ああ、ちょっと切っただけだね?……【吸癒シェイン】」


 詠唱破棄の術名だけ唱え、室内が一瞬だけ白い光に包まれた。


「はい。これで大丈夫だよ」

「あ……ありがとうございます陛下」

「気にしないで。じゃ、サイノス借りてくねー」


 と言って流れるような動きでこちらに近づき、ユティには幾らか高い位置にある俺の肩に手を置いた。

 刹那。

 わずかに視界が揺らぎ、瞬く間に景色が移り変わって屋外に移動させられたのがわかった。


「おいおい、詠唱破棄の転移も上達してねぇか?」

「短距離だけさ。遠距離には札や詠唱とかは俺やミーアでもまだ必要だよ」

「そうか」


 さて、俺を連れ出した理由でも聞こうか。


「俺に用ってなんだよ」

「あ、そうそう。カティとゼルのことなんだけどね」

「あの二人?」

「うん。あの二人まだ御名手みなてになって一週間らしいけど……一回も逢引きどころか散歩すらしてないんだって」

「マジか」

「マジ」


 今の時期忙しい抜きにしてもあの女嫌いと思われてたゼルの逢引きなんて想像がつかないのもあるが。

 しかし、


「なんで俺に相談を持ちかけてきたんだ?」


 その意味がわからない。

 あの面子の中で一番最後に知ったのが俺だからだ。


「いやぁ、エディやフィーは面白がるだろうし。アナに相談持ちかけてもカティの着せ替えとかに意気込まれそうになるでしょ? 四凶しきょう達にはそもそも価値観が違うから無理だしさ」

「ああ、消去法か……?」

「まあ、それもあるけど。君ならゼルの幼馴染みだし、彼の気持ちもわからなくないだろう?」

「……ユティ。それは言うな」

「強引にはしないけど、早いこと言って上げた方がいいよ?」

「その内にな……」


 以前ゼルに見抜かれてたからあいつが言ったかもしれないな。エディともだがこの若い王はゼルとも親友でいる。


「逢引き以前にお互いのことをよく知ろうとしてないのはなぁ。今日はまだ比較的政務も落ち着いてるから、カティアとの散歩ならもってこいじゃないか?」

「式典間近だと時間取りにくくなるのは宰相だからしょうがない。エディには悪いけど、これもゼルとカティの為だ!」

「アルシャや他の近習達にも切り詰めてもらわねぇとな? 俺の方にも回せれるものは回すように手配すればいいんだろう?」

「俺はミーアと一緒にゼルとカティの散歩ルートとか決めておくよ。政務は流石に神王国のことだから手出し出来ないしね」

「あとアナは取り押さえないとな……」

「それは頑張ってとしか言えないねぇ?」


 それから何故二人の逢引き関連の話題を知っているかをユティに聞くと、昨夜ファルがカティアにたまたま聞いて激怒した挙句、ゼルに詰め寄って最低カティアとの散歩はするよう約束を取り付けたからだそうだ。


「けど、あの外見のままカティアを出歩かせるのはマズイんじゃないか?」

「最低簡易的に変幻フォゼさせて色くらいは変えるそうだよ。本人はまだ魔法を習い始めたらしいからフィーとかがかけるんだろうけど」

「それならまだいいか?」


 上層調理場の面子達は口固いし基本言いふらすことがないから、あの姿を晒しても問題はほとんどない。

 そして、幾らか計画を練ってから俺とユティは庭で別れてそれぞれの下準備に動き出した。

 カティアのピッツァも楽しみだが、その後の展開も非常に楽しみになってきた。

 今日は充実した一日になりそうだ。

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