021.夜半の迷い事(セヴィル視点)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆(セヴィル視点)
風呂から上がり、いつもは魔術で乾燥する長い髪をタオルで乱雑に拭く。
切ろうか悩んでずっと伸ばし続けてきたが、いい加減切ったほうがいいだろうか。長さもだが、毛先はどうやったって傷むのだから。
その際に、アナには言わねば煩いからそこは了承を得ねばならないだろう。従兄妹とは言え、まったく世話を焼きたがる妹分だ。
(……そう言えば)
そのアナの側には、今日自分の婚約者となってしまった少女が共にいる。
思い出して、急に羞恥が込み上げてきた。
(出会えるなど、もう諦めていたが……)
フィルザス神が言っていたように、彼女の世界での寿命の短さは覚えていた。だから、次会うことなどもうないと思っていたのに……今日城で相見えることが出来た。
何故か姿は色を除けば同じだったのに驚きを隠せなかったが、俺のことは一切覚えていなかった。胸が痛んだが、それはわかりきってたことだ。
「だが……まさか、本当になるとは」
魂が呼応することで導き合う番。
終の住処まで共に生きる運命の女性。
女子供を苦手としていたはずのこの俺が、唯一例外としていた彼女に再び出会えたことでそれは覆された。
らしくもなく過剰に反応してしまい、彼女の前で無様な姿を晒すばかりだった。
カティアも驚いてはいたが、俺の反応はもとい俺自身の容姿に驚いたのだろう。
一応自覚はしているが、王妹と公爵家嫡男の両親を持つために、見栄えはかなりいい。それだけの理由で群がる淑女達には辟易してきたが、カティアに対しては違った。
幼いながらも恥じう姿に、らしくもなく鼓動が高鳴ったのだ。従兄弟のエディオスにはどこまで察知されたかはわからないが、すぐに追及して来なかったところを見ると俺が落ち着くまで待っててくれているのだろう。
粗野に見えて、あれは気遣いの出来る男だ。
何故未だに奴の御名手が見つからずじまいなのかわからない。父上から進言があったように式典が終わり次第舞踏会を開いてみるか?
コンコン。
ノックが入り口から聞こえてきた。
夜半前とは言え、こんな時間に一体誰が?
エディオスの場合はいきなり開けるからまずあり得ない。仕事に関しても、急ぎのは特になかったはず。
ならば急用かと急いで扉に方へ向かったが、
「やっほー、セヴィルっ」
「……フィルザス神」
開けてみたら居たのは自由気ままな創世神だった。
彼も風呂に入ったのか髪が若干湿っていた。服も平素は好んで漆黒を纏っているが、今は替えの生成りのローブとズボン。
一体なんの用だと問おうとしたが、彼の後ろに人の気配があることに気づいてそちらを見遣る。
そこには、従兄弟でこの城の王たるエディオスが壁にもたれていた。顔色はいささか呆れじみたものだった。
「……何をしに来たのだ」
「アナが面白いことをするっていうじゃない。覗きに行こうよ?」
「……何故行かねばならない」
女児の着替えなど……と口にしそうになるのを止めた。
アナの着せ替えについてはほとほと困ってはいたが、今日の対象者はカティアだ。
先にいくらかアナに注意はしたものの、こう言ったことに関しては聞いた試しがない。むしろ、引き離して彼女を休ませるのに自分達が行った方がいいだろう。フィルザス神は純粋に着せ替えを見てみたいと言う好奇心からだろうが。
「エディオスは何故来た?」
「一応は注意しても、あいつの場合日付前まで起きるだろ? 着せ替え抜きにしてもカティアとだべるだろうからな」
「……そうだな」
俺と似たような考えでいた。
まったく、統括補佐の役職が離れると
「ねぇ、行かないのー?」
こっちの気苦労は一切気にせず、少年姿の神は早く行きたいとうずうずしている。
俺達よりも遙かに歳を重ねているのに、この神は俺達が幼い頃から一切変化してない。いや、こちらが歳を重ねたからこそこの神の無垢さが目立ってきたのか。
とにかく、いつだってフィルザス神は純粋無垢だ。時折、腹黒い一面も見えたりするが。
「ゼル、どうする?」
「……行くしかあるまい」
この神抜きにしても、カティアを救出した方がいいに決まっている。あの姿で夜分遅くまで起きていては身体が保たないだろう。
ひとまず、部屋を軽く見渡してから俺達はそこを後にした。
「カティアびっくりしてるだろうなぁ」
アナ達と別れた十字路に差し掛かったところで、フィルザス神が楽しげに言い出した。
「? 何がだ?」
「あの目だよ。あえて言わずでいたけど、もうさすがに鏡は見てるだろうしね」
「ああ、あの色はなぁ?」
たしかに、あの瞳の色は稀有だ。
一見純金のような髪色の方が目立ちそうだが、顔を合わせてしまうとあの不思議な瞳の色に心を奪われそうになってしまう。実際、俺はしばらく目視も忘れて魅入ってしまっていたからだ。
「たしかに、相当驚いてるだろうなぁ?」
そう言うエディオスの声はやけに楽しげだ。
大方、カティアの驚いて喚く姿を見たさに連れてくる時も言わずでいたのだろう。こういう所は、フィルザス神とよく気があっている。
時折辟易するが、同時に少しばかり羨ましいとも思っている。俺には、そこまで気の合う仲となる輩が少ないからだ。隣国の王は唯一別格だが。
それでも、神とこのように交流を得るなど普通はあり得ない。
最も、この創世神とはエディオスと俺が幼少時代に出会ったのがきっかけで、気兼ねない付き合いを続けてられているのだが。
「さぁて、着いたねー」
そうこうしている間に、アナの部屋の前に到着していた。夜分に淑女の部屋に訪れるのもいただけないと思われるかもしれないが、あの
従兄妹と言う気兼ねなさから、エディオスに引きずられてよくアナの部屋で晩酌をするのも少なくない。以前はエディオスらの姉もいたが、嫁いだ彼女は今はここにいない。
「んー? なんか静かだねぇ?」
フィルザス神が扉に耳を傾けていた。
こんな分厚い扉越しにただ耳を傾けるだけで音が確認出来るなど、この創世神くらいしかいないだろう。
しかし、静かだというのは不自然だ。
あのアナがはしゃがずにいられるわけがないのに。
「アナー? 僕だけど、開けてくれるー?」
ノックしながらフィルザス神が中に声をかける。
反応があるかいささか心配になったが、少しして扉が開いた。
「あら、フィルザス様……お兄様?」
アナは少しだけ開けて顔を覗かせてきた。
僅かだったので、中は見えない。カティアはいるのだろうか?
「おい、アナ。カティアいるんだろ?」
「嫌ですわエディお兄様。カティアさんのお姿を拝見されたくて?」
「それもあんが、もう寝かせろよ。あいつ結構強行軍だったんだぜ?」
「まあ、そうでしたの? ですが、お兄様。あれをご覧になられてもお止め出来て?」
「何?」
そう言ってアナは大きく扉を開けた。
俺は、その後少しだけ記憶が飛んでしまったのを後で思い返すことになった。
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