020.セヴィルの好みを検討

「カティアさん、ど、どうなさいましたの?」

「え?」


 いや、アナさんの方がどうしたのって顔ですけども。

 すると彼女は僕の顔に手を伸ばしてきて、目元をそっと拭ってくれた。


「涙ですわよ」


 どうも、幼い体の性で涙腺が緩くなってきてるのかな?


「……っ。だ、大丈夫です」


 ごしごしと手首でこするが、アナさんの方は納得いってないご様子。少し眉間に皺を寄せていた。


「涙には訳がありますわ。わたくしではお力になれませんの?」

「え……っと」


 どう言っていいものだろうか。

 けど、従兄妹同士だし、この際聞いてみてもいいかなぁ? 何せ、婚約者とは言え相手のことまったく知らないのだもの!


「あ、あの……」

「はい」

「セ、セヴィルさんって、じょ、女性の好みってとやかく言われない人なんでしょうか?」

「え?」


 苦手でも、好みくらいはあるだろう。

 恐る恐るアナさんに伺うと、彼女は一瞬目を瞠ったように見えたが、すぐに考える仕草に変わった。


「そうですわね……美人よりは可愛らしい方にはたまに目配せすることがありましたが……おそらく、カティアさんのような方ですわね」

「はい?」

「ええ、そうですわ! ゼルお兄様があれだけ熱心にお手で触れられていましたもの。きっと可愛いらしい女性が好みなのですね‼︎」


 納得してらしてるところ申し訳ないけども、僕はちんぷんかんぷんですよ。

 聞くに美人より美少女好みはわかったけど、それが僕とどう関係が?


「ご自覚ありませんのね? それだけ愛らしいお顔立ちですのに」

「あ、愛らしい?」

「まあ、ご自身のお顔を見られていませんの?」

「そ、そう言えば、見てないですね……」

「でしたら、少しお待ちくださいな」


 と言って、アナさんは空中に丸く円を描いていく。

 その中にふっと息を吹きかけると、あら不思議。宙に浮かんだ鏡が出来上がりました。


「ご覧くださいな」

「お、お借りします……」


 促されてその鏡を引き寄せてみる。

 すぐに金色が入ってきたが、それは髪色なのはすでに確認済みだ。問題は容姿の方。

 恐る恐る覗いてみると、異常に白い肌が目に入ってきた。

 はて、僕は普通に日本人の黄色い肌だったような?

 それから顔全体が写し出され、目に入ってきたものすべてに、鏡の中の顔が驚愕で歪む。


「な、なんですかこれ⁉︎」


 あり得ないと僕は口をあんぐり開けてしまう。


「まあ、以前とは違いますの?」

「あ、いえ。顔立ちはそこまでは……じゃなくて、こんな目の色じゃなかったんです‼︎」


 そう。顔立ちは小さい頃の写真とそこまでは変わってはなかった。

 だけど、瞳の色が全く変わっていたのだ。一般的な茶褐色だったはずが、虹色と言う摩訶不思議な配色になっていた。


「あら、瞳の色も元々違いましたのね。わたくしは初めそのお色で神霊オルファと勘違いしてしまいましたの」

「あの、そのオルファって言うのは……?」

「神々に準ずる聖なる存在のことを言いますの。わたくしは直接は拝見したことはありませんが、とても神々しい方々と伺っておりますわ」


 と言うと、聖人とか呼ばれちゃう人のことかなぁ?

 って待てやおい。僕はそんな珍妙な輩ではございませぬぞ。神々しくも欠片もない。それはセヴィルさんに値するよ。

 とりあえず鏡は返却ですが、返した途端にアナさん無詠唱で消してしまいました。


「ご理解いただけまして?」

「え?」

「ですから、カティアさんが愛らしいお顔立ちのことですわ」

「ふ、普通だと思いますけど……?」


 虹色アイ以外はごくごく普通の顔立ちだと思うのだけども。

 あ、でもツッコミ親友と出かけてた時たまに声かけられてたな。あの子も顔はいい方だったからそっちだと思ってたけどね。


「まあ、自信を持ってくださいまし! ゼルお兄様があれだけ触れてくださるなどあり得ませんもの‼︎」

「そ、そうですか?」


 単に子供だから頭を撫でてくれてたと思ってたけども、どうやら違うっぽいです。

 アナさんは藤色の瞳を爛々と輝かせて尚も続けた。


「ええ、あれだけ触れてくださることなど、宮仕えの小姓達にもありませんわ。調べるだけでしたら、お兄様ですと目視で出来ますもの」

「もくし……って、見るだけでですか?」

「はい。お兄様の観察眼はピカイチですわ」


 ……たしか最初に物すっごいガン見されてたのって、ひょっとしてそれかな?


「そう言えば、最初に物凄く見られてたんですけど……」

「でしたら、そうですわね。あら、わたくしと合流してからはそこまではご覧になっておりませんわね」


 たしかに。

 でも、触れられて悪い気はしなかったんだよね。

 だって超絶美形になでなでされてたんだもの、嫌だと思わないよね?

 とりあえず、このままここでしゃべり過ぎてたらのぼせるだろうとアナさん共々上がることにした。


「あ、アナさん?」


 ルームウェアー的なドレスに着替えられたアナさんは、部屋に戻るなり嬉々として僕サイズの服を用意していく。

 僕はすっかり忘れていた。

 セヴィルさんやエディオスさんにあれだけ釘刺しされてたアナさんの趣味に、この後付き合わされるということを。


「うふふ。久しぶりの可愛らしいお客様ですもの。精一杯おもてなしさせていただきますわ!」


 め、目の色が違い過ぎる。

 逃げようにも出口はアナさんの背後。

 運動神経はごく普通でしかないから、エディオスさんやフィーさんのように跳躍して退避するなんて無理だ。

 万事休す!


「ぼ、僕に拒否権は……?」

「あら、今日はわたくしのお古での着せ替えだけですわ。大丈夫ですわ、二刻もかけさせません! 大人しくしていただければ」

「なんか最後物騒なこと言いませんでしたか⁉︎」

「気のせいですわ」

「さらっと流した!」


 やっぱり僕に拒否権と言うのは与えない模様。

 ふりふりの空色のドレスを手にしながら僕に詰め寄ってきて、獲物を捕らえんがためにアナさんの目はランランと輝いていた。

 これは、七五三の時にレンタル衣装屋のお姉さんかおばさんが詰め寄ってくるのと似た感じだ。

 あの時の僕は今以上に体もだけど、精神年齢も低かったからもっと怯えていただろう。今もアナさんの気迫に心底怯えていますよ。

 逃げたくても退路は塞がれてるし、背後は脱衣所の扉だ。


「そ、そんな綺麗なの似合いませんって!」

「あら、愛らしいそのお姿に似合わないと言う文字はありませんわ!」


 さあさあ、とハンガーにかけられたドレスを押し付けられてしまい、いつのまにか手に持たされていました。


「着方が大変でしたらお手伝いいたしますわ!」

「……これだけですよ?」

「それはわかりませんわ」

「言い切った!」


 もうこうなったら自棄だ。着替えるしかない。

 まさか、結婚式まで着ることがないと思ってたドレス(子供サイズだけど)を着ることになるなんて思いもしなかった。

 とりあえず脱衣所に戻って着替えては見たんだけど……すぐに詰まりました。


「アナさん、どこから着ればいいんですか?」


 細かいボタンはわかったが、逆に細か過ぎてぶちっとちぎってしまいそうになったからだ。アナさんのお古だからって王家御用達の超高級品。ガラスビーズとかじゃなくて、クリスタルビーズとかだったもの!

 破くなんて恐れ多い!

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