018.ゲストルーム
「なんてことでしょう! 女性を苦手としていたゼルお兄様に先に順番が回ってくるなんて‼︎ っと、失礼致しましたわ」
アナさん心の声ダダ漏れですね。
訂正する辺りなんだか可愛らしいと思ったけども、こっちの世界の成人年齢が200年なのを思い出したよ。
なので、必然的にアナさんもそれ以上の年齢じゃないかと内心おっかなびっくりする。どう見ても、20代前半にしか見えないのに。背も高くていらっしゃるから、元の僕の年齢よりも少し上くらいに見えるなぁ。
「けれど、御名手の儀式がと言うことは……真名が必要になりましたの?」
「それもだけど、訳ありで実名すら封印されててさ。最も、カティアって名前も、あちらとこちらの世界に通じる意味に変えられたんだろうけど」
「え、そうなんですか?」
じゃあ、元の名前も似た感じなんだ?
でも、日本名にしたらどーなるんだろう?
考えてみても、ちっとも思い浮かばないや。
「封印とは、穏やかではありませんわね……」
少し低い声が耳に届いてきた。
アナさんを見るとエディオスさんの時と同じく目を細めていて、髪が若干逆立っていた。
思わず腰が引けそうなくらい、正直ビビりました。
「異界渡りもですが、フィルザス様でも解けなかった封印の為に御名手ですか……運が良かったとは言え早く解決出来て良かったですわ」
「アナ、ちょっと違うよ。御名手は元々決まってて、封印は正確にはまだ解けてないよ?」
「はぁ?」
「何?」
「えぇっ、封印がまだ解けてないってどうして⁉︎」
一斉にフィーさんに注目が集まるけど、本人は珈琲もどきで一服してる最中だった。
ほんとーにマイペースだなぁ……この神様は。
「どう言う事だフィルザス神。俺が御名手だからこそ、名を封じてたものが解除出来たからでは?」
「そう言う訳でもなかったんだよねぇ」
カップの中身を全部飲み干してから、フィーさんは僕を見てくる。
「まだ一部だけとは言え、魔力の解放がほとんど出来てないみたいなんだよ」
「はぁ?」
「まあ⁉︎」
「えーっと……?」
この至近距離でそれが出来るのはセヴィルさんだけ。
見上げると、少しだけ不安げな瑠璃の瞳が僕を見下ろしていた。
「……たしかに、魔力量が少ない」
ああ、安心させるだけじゃなくて調べてくれてたんだ?
「だから椅子が引けなかったってのもあんのか……?」
「それもあるね。あれ特注品ではあったけど、普通に魔力量あればそこまで難しくないのにさ」
「椅子と言うと、ここではなく執務室のですの?」
「ああ、むっちゃ重たそうにして全然動かせなかったぜ」
「まあ……」
なんだか大変なことになりそう。
でも、元々魔法とかに全く縁もかけらもない僕にはちっともわからない。セヴィルさんはまだ僕の頭を撫で続けてくれてる。なんだか胸がほっこりするよ。
「っつーと、フィー。封鎖したのはそれをあいつらに聞かせねぇためか?」
「噂は波のごとく広がるからねぇ。まあ、王の君がいるから箝口令が自然に出来るだろうけど」
「口のかてぇ奴しか置いてねぇよ。それとあれか? カティアの髪色が珍しいのもあんだろ?」
「うん。それも正解」
「ほえ?」
僕の変わってしまった髪色が?
金髪って、カラーリング以外でも外国人じゃざらにいたのに?
「カティアさん、おそらく少し勘違いされてるとお思いですが」
自分の髪を弄っていると、アナさんがふふっと笑った。
「そのように純金のごとく輝かしい髪色は、こちらの世界では大変稀有ですのよ? そちらの世界では普通でしたの?」
「えーっと……ここまでのは、僕も初めてですけど」
キラキラしてるなぁとは思ったけども、アナさんやエディオスさん達みたいな無茶苦茶配色のほうが断然珍しいです。って言うか、自然カラーじゃあ絶対ないよ。
僕の今の方が珍しいのがちょっぴしわからないや。
「けれども、ご婚約されるのは一向に構いませんが、カティアさんはまだ幼子では……?」
「あ、そこは大丈夫だよ。この子の見た目って今はなんでかこうだけど、本当は成人してるんだってさ」
「しかも、蒼の世界じゃあたったの20年くらいで成人だとよ。俺らじゃ信じられねぇよなぁ?」
「蒼の世界と言いますと、フィルザス様がよく仰るあの……? えぇっ、そ、そんな
やっぱりこちらの年齢基準じゃ相当下のようだ。
ところで、別で気になることが一つ。
セヴィルさんはいつまで僕の頭をなでなでしているのでしょうか?
「……魔力の流れが所々滞っているな。これが、成長を止めているのか?」
あらま、まだ調べてくださってたようです。
「ああ、多分それは泉の水たらふく飲んじゃったせいもあるね。無理に弄らない方がいいよ?」
「泉の……まさか、聖樹水をですの?」
「喉渇いてたらしいから、そりゃもうたっぷりとね」
「の割には、そこまで影響出てねぇが?」
「僕がその後になんとかしたからね。まあ、副作用を起こさせないくらいしか無理だったけど」
「そうか……」
と言うと、セヴィルさんが僕から手を離した。
なんだかちょっぴし淋しくなったけども、すぐに気にしないよう内心頭を振った。
「ところで、フィルザス様。本日はこちらで宿泊なさいますの?」
「うん。そーだよ?」
「でしたら、カティアさんはわたくしの部屋の隣にあるゲストルームにお通し致しますわ」
その間になんだか話がまとまったのか、アナさんがそう言い出した。
「うん。それはいいね。君のお古でも貸してあげてよ」
「もちろんですわ」
おお、服確保です。
この世界に来てから今着ている青い服しかなかったので正直嬉しい。それから夜遅くまで起きているわけにもいかないからと食堂を後にすることになった。
あ、封鎖してあった壁はフィーさんが解除しました。
そしてやはりすんばらしいのは、給仕のお兄さん達がほとんど動揺せずに対応してたとこ。接客業じゃ表面上顔色窺わせちゃいけないもんね。
◆◇◆
食堂を後にしてしばらく、十字路に差し掛かると何故かアナさんが僕の肩に手を置いてきた。
「では、こちらで失礼致しますわお兄様」
「おう。そっちは頼むな」
どうやらこの辺が別れ道のようだ。
フィーさんは僕に軽く手を振ってから右手に行ってしまうが、エディオスさんとセヴィルさんはすぐには行かなかった。
「とりあえず、アナ。あんま遅くまでやんなよ?」
「まあ、なんのことですの?」
「惚けるな。久しい幼子の来訪で気が高ぶらないわけないだろう、お前の場合」
「少しだけお着替えでしてよ?」
「その時間が問題だ。
「にこく……?」
「今からでは日付が変わるほどだ」
「え?」
そんな時間まで着せ替え人形にされると⁉︎
「ちょっとだけですのに……」
「だーから、程々にしとけよ。それと先に風呂入れさせろ」
「わかっておりますわよ」
ぷりぷり頬を膨らませて、アナさん少々ご機嫌斜め。
「んじゃ、俺らは行くぜ」
「カティア、また明日な」
「あ、はい」
男性陣とはここでお別れになった。
色々あったけど、今日はもう休まないとはいけないしね。
後何より、エディオスさんは王様だから明日からまたお仕事があるもの。それは、補佐をしているセヴィルさんも同じだ。
かく言う僕らも休まないといけないが、この後の事に僕は若干の不安を感じている。
(この歳で着せ替えごっこって⁉︎)
あんなのは僕の今くらいの外見でもそこまでしない……いや、お出かけ着には多少時間をかけたけども。
ちなみにデートなんてしたことがない。
「では、カティアさん。行きましょうか」
「あ、そうですね」
いけないいけない。
僕はアナさんに促されて左手の通路を行くことになった。
……疲れたから、先にお風呂入りたいや。その後にでしたら、着せ替えごっこは多少付き合いましょう。
部屋までの距離はそこまで遠くなかった。
が、先に通されたゲストルームとやらを見て僕は唖然としてしまった。
だって、ゲストって言うから少なくともホテルのスウィートルームくらいは予想してたけど、エディオスさんの執務室以上にバカ広いのには目ん玉飛び出そうになったよ!
「こ、これでゲストルームなんですか?」
「? えぇ、わたくし達の部屋よりは少し狭い方ですけど」
これで狭いって……ああ、王族の方ですもんね。麻痺してるのかも。
「ひとまず、簡単にご説明させていただきますわね。お風呂はその後でもよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
使い方わからずで聞きに行くのも恥ずかしいですからね。
まずは洗面所。アメニティらしきものがコンパクトに置かれていた。一回使い終わったらそのままにしていいのだそうで。
どー見ても高級素材なのに使い捨てって。ただ、歯ブラシや櫛とかは、浄化洗浄して女中さんとかの宮仕えの人達が購入して使うんだってさ。フリーマーケット的なものかな?
その次に手洗い場もといトイレ。
ここで思い出したけど、この世界のトイレがどんなものか物凄い気になった。
フィーさんの小屋では使わなかったし、もしや『おまる』って想像したのですが…… 安心しました。僕も知ってるごく普通の洋式トイレ。
電化製品じゃあないから、ウォッシュレットじゃないけどね。素材が陶器だからか、トイレカバーがしてありました。刺繍が豪華です。
「用を済ませてから、こちらで手を洗ってくださいな」
と言って見せてくれたのは、フィーさんの小屋にあったのと同じ魔力感知センサー付きの自動蛇口。
洗面所のはアメニティに目がいってたからよく見てなかったけど、多分似た感じだと思う。
手拭きは普通にタオルがありました。
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