013.御名手と真名-②

「けど、異界の者同士だろ? なんでこいつらが御名手みなてになれるんだ?」

「そこは今はあーとっ! あ、セヴィルはこの子に言いなよ? 何せ、婚約者になるんだから」

「え?」


 セヴィルさんは事情を知ってるみたい?

 だが、今言うのは酷く躊躇っていた。また凄いぐらいにまで顔全部を赤くしてたから、いくら聞きたくてもこっちが遠慮する気持ちになってしまうくらいに。


「こんな調子なの見んのは面白れぇが、儀式出来んのか?」

「儀式?」

「俺はしたことがねぇが、御名手が真名を引き出すにゃ特殊な儀式が必要らしい。そうなんだろフィー?」

「そうそう。君も早く見つかればいいけど、相変わらず見つからないんだよね」

「別に構いやしねぇよ。御名手は、見りゃわかるもんだろ?」


 なんかどんどん現実離れしていく話題ばっかりだ。

 けど、この世界にいることや自分の身に起きた事は既に現実離れな事だらけ。魔法だってこの目でちゃんと見たんだから、受け入れるしかない。


「……わかった。やるしかない」


 どうやら、セヴィルさんは覚悟を決めたようだ。

 だけど、


「い、いいんですか?」

「お?」

「ん? 名前わからないままでいいの?」

「そ、そうじゃなくって」


 いくらフィーさんが断言したって、中身が大人でも体は小学生のままだ。

 こんな中途半端以上に不気味な存在が、美の結晶を集めまくったようなこの人の隣にいて言い訳がない。


「あ? 身体はフィーがなんとかするって言ってただろ?」


 まるでフィーさんが僕の心を読んだみたいに、エディオスさんはそう言い出した。


「け、けど」

「それかあれか? こいつが嫌か?」

「そ、それは……な、ない、です」


 そう、それはない。

 何度考えても、恋心のようなものはないが嫌悪感は一切なかったのだ。


「それはお前もこいつを御名手だって認めてるって証拠だろ。なら、問題ねぇじゃん」

「だ、だからって、お付き合いも何もなくいきなり婚約って急過ぎですよ!」

「まあ、これからこの世界に住むんだからお互いを知ればいいでしょ?」

「お見合い感覚で言わないでください!」


 だけどいくら僕が喚いたところで決定事項に変わりない。諦めて、受け入れるしかなかった。

 僕は抗議するのを止め、椅子の上から降りてちゃんと座ることにした。


「儀式って、具体的にどうするんですか?」

「男が女に触れた時に、心の内に詠唱が浮かんでくる。それを紡ぐことで、真名が女の口から引き出されるんだ」

「それだけで?」


 さして難しいものではなさそうだ。

 だが、それは甘かったことがすぐにわかった。


「触れるって言っても、ただ髪とかに触るんじゃなくて左の薬指に口付けるんだよ?」

「何ですかそれ⁉︎」


 何そのこっぱずかしい儀式!


「薬指は生命の近さを表すからだよ。そこに口付けすることで、相手の生命の一部を口に含める。御名手だけに許された唯一の行為さ。本当は結婚の誓約の時にしかしないんだけどね?」

「……結婚式だと、真名が引き出されるんですか?」

「ううん、ただの触れ合いじゃ無理だね。仲立ちに僕とこの世界の要を担う王がいないと」

「王様?」


 じゃあ、このお城の王様もいなきゃダメってこと?

 それなら探しに行く必要があるのに、すぐに始めれるなんておかしいんじゃ。


「マジか? 俺もいんのか」

「え」


 答えたのは、エディオスさんだった。


「エディオス、さん」

「あ?」

「エディオスさんが、王様?」

「言わな……って言ってなかったな。ああ、そうだ。この城の主は俺だ」


 一瞬どもったが、すぐに開き直ってからドヤ顔してきた。


「えええぇええぇえ⁉︎」


 ひとっことも告げられなかった真実に、僕はまた大声を上げた。


(ええええええ、エディオスさんが王様⁉︎)


 いや、思い当たる節は山程あった。

 門の兵士さんや少し前に出会ったグレーの服のお兄さんの、エディオスさんへ即座に跪くくらいの敬意。

 エディオスさん自身も、彼らに向かってただ堂々としているだけでなく、適確に指示を飛ばしていた。あれは将軍様でも出来るだろうが、王様なら納得がいく。


「何故告げていなかった?」

「……騒ぎ立てられてお前に見つかんのがやだったから」


 なんて子供のわがままみたいな言い訳。

 本当に王様か少し怪しくなってきた。でも、セヴィルさんは否定してないから、そんな不安はいらないみたい。


「んで、俺はどうすりゃいいんだ? 在位は短いが、真名を引き出すなんてしたことないだろ?」

「ただいるだけでいいよ。君は王は王でも諸国の王と違って神王しんおうだもの」

「そんだけ?」

「それだけ」

「しんおうって、なんですか?」

「この世界の大陸全土の中枢地に建つ、この城の王のことだよ。詳しい説明はまたあとでね?」


 とにかく凄い地位の王様だってことはわかりました!


「場所も本来なら聖堂でやりたいとこだけど、公にしたくないからここでいいね」


 と言って、急に僕の脇に手を差し込んで椅子から降ろすかと思えば、そのまま奥のどでかい机まで連れて行かれました。


「エディは机の前に立ってて。セヴィルはその前ね」


 てきぱきとフィーさんが指示していけば、お二人も椅子から立ち上がって動き出した。

 やっぱり身長差と脚の長さが違い過ぎるからあっという間に僕らを追い越して机に向かって配置につく。

 僕らが着くと、僕はセヴィルさんの前に降ろされた。

 セヴィルさんもエディオスさんに負けないくらい背が高い。

 降ろされた僕の視線の高さじゃ彼の腰くらいしか見えません。彼の服はローブみたいな白地の服に細身の黒いズボン。それらを覆うように紺色のマントを羽織ってました。

 対するエディオスさんは冒険者みたいな軽装。これだったから余計に王様って信じられなかったんだよね。


「じゃ、セヴィルはもうちょっとこの子に近づいて目線合わせて」

「……ああ」


 フィーさんの指示通りにセヴィルさんは動くと、僕の前に跪いて少し前屈みになられた。

 その近さに肌が粟立つ感覚が全身をかけ巡っていくがここは我慢だ。綺麗過ぎる瑠璃色の瞳とご尊顔がじっと僕を見つめてきても俯いたりしないように頑張ります。


「お互い目をそらさないで、セヴィルはその子の左手を取って準備が出来たら薬指に口付けしてね?」

「……わかった」


 途端、またセヴィルさんは目元と耳を紅くさせていった。

 表情の変化が少ないように見えてこう言うとこは実にわかりやすい。相手が子供の姿の女性で非常に申し訳ないです。変わってなければ、顔も美人どころかフツメンだし。

 そうして彼は気持ちが整ったのか、僕の左手を優しく握りながら口元へ持っていく。

 さながら、王子様がお姫様の指か手の甲に口付けするように。


(うぅ……直視出来ないっ!)


 少女漫画や小説の挿絵を見ている気分になってきそうだ。

 けど、自分のためにやってもらってるんだから、逸らしたり閉じたりは出来ない。だから耐えるしかない。

 固く口を結んでいれば、彼の唇がゆっくりと自分の左の薬指に触れていく。

 途端、体中に細やかな電流が駆け巡った。

 だけど、痛くない。

 たとえが悪いかもしれないが、整体か接骨院なんかで治療を受けるような本当に微弱な電流が、何故か心地良かった。


「……聴こえただろう? セヴィル、それを唱えてごらん」


 セヴィルさんの瑠璃色の瞳がはっきり見えてるから意識が遠のいてるわけじゃない。

 なのに、電流のせいで体がふわふわしたようになって五感が不安定だ。フィーさんの声も、どうしてか遠い。

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