012.御名手と真名-①

 表情が戻っても不機嫌そうなのが普通なのか、ゼルさんは眉間に皺を寄せたままだった。

 だけど、近づいてくるにつれてはっきりと見えてきた彼の顔に僕はあんぐりと口を開けてしまいそうでした。


(び、美形……っ‼︎)


 エディオスさんはイケメンさんでも頼り甲斐のあるお兄ちゃんのようで、少し怒ると強面になるがそうじゃないと親しみやすい印象を持てる感じだ。

 けれど、ゼルさんは全然違う。

 とっても不機嫌そうな表情でも、眉や長い睫毛は綺麗で肌はフィーさんと同じくらい白い。顎のシャープ具合も鼻の高さも顔のパーツの位置すべてがお人形さんのように配置されていて、更にシミひとつないのが女側としては羨まし過ぎた。

 そんなテレビで見てたような美女美男なんかが霞んじゃうくらいの美形さんがこちらに近づいてくるにつれ、僕は心臓の鼓動が恐怖とは違う意味でばくばくし出していた。

 無理ないもの。こんな人見たことがないから。


「……ん?」


 あと数歩と言うところで、何故かゼルさんが急に足を止めた。

 そしてエディオスさんを睨むかと思いきや、フィーさんを通り過ぎて下を向く……と言うことは、僕?

 まさかなと少しだけ顔を上げれば、綺麗な瑠璃色の瞳とぶつかった。しかも、思ってたより近い位置で。


「…………」

「…………」


 な、なんで?

 なんでこのお兄さん僕を見てくるんだろう?

 普通?に小ちゃい子供がいるだけなのに、もしくは子供嫌いとか? それにしては嫌そうな感じも表情もしてなくてただじっと見つめてくるだけ。

 そんなに見つめられてしまっては焦げそうになる。漫画的表現だけかと思ってたけど、あれ本当だ。心臓が破裂しそうだし顔も熱い!


「んふふー、やっぱり・・・・わかっちゃた?」


 雰囲気をぶち壊すようにフィーさんの楽しげな声が割り込んできた。

 その言葉にゼルさんは大きく肩を震わせ、僕から視線を逸らした。けど目元は赤かったから、どうやら恥ずかしかったみたい。


「は? どした?」


 こちらやっと回復されたエディオスさん。

 俯いてたからか全然事の成り行きを見てなかったようだ。首傾げてるし。


「ああ、セヴィルがこの子を見てたんだよ」

「ゼルが?」


 ゼルが呼び名で本名はセヴィルさんと言うのか。

 一瞬、ふっるーいアニメを思い出しちゃったよ。同じ呼び名のあのキャラ好きだったなぁ。


「ガキや女が苦手のお前が?」

「……………」


 エディオスさんが聞いても、ゼルさんことセヴィルさんは終始無言。目元とちょっと見えたお耳は真っ赤だから羞恥にかられてるのは隠せてません。ちょっと可愛いかも。あれだけ怖かったのに表情一つで本当に印象って変わっちゃうんだ。


「まあ、特別だからねー?」

「ふ、フィルザス神⁉︎」

「あー……そういやこいつとちみっこがって言ってたな? つーことは」


 エディオスさんも何かわかったのか、慌て出したセヴィルさんを見てにやりと口を緩めた。


「ゼルの御名手みなてはちみっこってわけか?」

「っ!」

「みなて?」


 言われても僕にはさっぱりだ。重要性はあっても、異世界の用語でわからないのは多くて当然。

 とりあえず聞こうかと口を開けようとしたら、フィーさんがいい笑顔で僕を見下ろしてきた。


「ふふ、聞く覚悟はあるかな?」

「……そんな楽しそうにされてたら緊張感持てません」

「ああ、ごめんね。君の名前を導き出す方法なんだけど、このセヴィルだったら可能かもしれないんだよ」

「おお」


 そこはあってたみたいだ。それならばすぐにでもお願いしたいんだけど……セヴィルさん以外なんでか物凄く楽しそうな笑顔でいるから逆に不安しか湧いてこないんだよね。


「……なんで笑ってるんですか?」

「その様子からじゃ、向こうじゃ御名手って言葉とかはねぇのか?」

「ありませんね」

「じゃあ、真名は?」

「聞いたことは、ありますね」


 ファンタジー小説やラノベなんかに時々出てきた程度だけど。


「その真名が、君の名前を引き出すのに使えるかもしれないんだ。それが出来る者を御名手って言うんだけど……この世界じゃそれよりも別の意味で使われてるんだよね?」

「もったいつけないで教えてください」

「まあ、待って。意味を知らないからこそ順序立ててるんだよ」


 そう言って、僕とセヴィルさんに座るように促してきた。

 余程重要なことだろう。僕は頷いてから席に戻り、セヴィルさんも僕の隣にある空いてる椅子を引いて腰掛けた。赤みの大半は引いたが、目元だけはまだそのままだ。

 席は奥がエディオスさんで、向かいが僕。左がセヴィルさんで右がフィーさん。

 フィーさんは僕らが席に着くと、セヴィルさんにも冷たいお茶を魔法で出した。差し出されたお茶をセヴィルさんは手に取ると、ひと息で半分程飲み干す。


「真名と言うものは、君が聞いたことがあるので間違いないなら魂に直接刻まれた名前なんだ。親に名付けられた表面上のものよりよっぽど大事。これから君の名前を引き出すのに使うのはその真名なんだ」

「魂の名前?」

「うん。表面上の名前を戻すのは難しいんだけど、代わりに強力な加護を持つ真名を拝借しようと思ってね」


 本名とも違うと言うことか。


「……その子供は、名を失ったのか?」


 落ち着いた声が左から聞こえてきた。

 そちらを見れば、完全に赤みが引いた無表情の綺麗な顔が僕を見ていた。

 一瞬鼓動が高鳴ったが、落ち着かせようと小さく深呼吸を繰り返してみる。一応落ち着いてから、彼を見て小さく頷いた。


「正確には、封印されてる状態だね。記憶を探っても僕でさえ原因はわからなかったよ」

「それで、真名をか」

「君しか出来ないよセヴィル。真名を導き出せる、反対の反対、正の正。魂の繋がりを唯一持つ者」


 それが何故セヴィルさんなんだろうか。こんな綺麗な男の人と僕は、世界が違うから出会ったはずがない。


(……あれ?)


 セヴィルさんが顎に手を添えた時、なんだか既視感を覚えた。

 どうして、どこで?と思っても、本当に微かにそう思った程度で記憶から引き出せなかった。


「まあ、簡単に言っちゃうと。君の運命共同体、つまり、将来結婚する相手ってことだよ!」


 シリアスな空気から一変しておちゃらけたものに変えたフィーさん。

 そしてその内容は、衝撃と言う言葉だけじゃ済まなかった。


「何ですかそれぇええええええ⁉︎」


 思わず椅子に乗って立ち上がっちゃうくらい声を上げちゃったよ!


「あっはっはっは! やっぱちみっこならそーゆー反応するか」

「わ、笑わないでください!」


 僕が叫んだ後に、エディオスさんは同じくらい大きく声を上げて笑い出した。

 真剣な話の最中に失礼過ぎやしないかと思っても、フィーさんだって悪い。


「真剣な話なのになんでそんな話題が出てくるんですか⁉︎」

「いや本当のこと言っただけなんだけど?」

「だ、だからって、け、けけけけ、結婚⁉︎」


 僕とこの美形お兄さんが結婚する運命共同体?


「蒼の世界の兄様に比べれば弱いけど、この世界の管理者として誓うよ。君とセヴィルの魂は非常に相性が良い。他の世界にもいくつかあるけど、この世界でもそう言ったことがわかれば、婚約をするのが割と普通だよ。御名手は真名を導くよりそっちの意味合いが強い」

「え、じゃあ……」


 そこまで言うフィーさんの言葉が真実なら、本当に?

 セヴィルさんに振り向けば、さっき以上に顔や耳を赤くさせて俯いていた。嘘じゃ、ないんだ。


「と言うわけで、覚悟してねって言ったのはこれのことね?」

「け、けど、ぼ、僕じゃ」


 釣り合う以前の問題だ。

 こんな子供の体じゃ、結婚相手になれるわけがない!

 って、あれ? 僕なんか嫌がってない?


(なんで?)


 美形だから?

 イケメンだから?

 そんな単純な理由のはずがない。

 今まで彼氏を作らなかったのは、単純にそれほど想う相手がいなかったからだ。

 セヴィルさん程じゃなくても同級生や先輩後輩で顔のいい人もいた。ほのかな恋心みたいなのを抱いたことだってなくもない。

 なのに、セヴィルさんがそれ以上の相手と知っても、言葉の意味に驚いた程度だ。

 拒絶反応みたいなのは、一切ない。


「身体のことはなんとかするって言ったでしょ? そこはひとまず置いといて、真名を引き出そう」

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