ブレザーを着ていた頃の自分達は(m)

 あと半月で、私は社会人になります。


 卒業式の後に高校に立ち入る際は、制服で良いのでしょうか。それとも、私服の方が良いのでしょうか。

 考える間もなく、スーツを着るようにと祖父に叱られました。

 そんな程度のことで悩むなんて馬鹿げている、これだから先生に迷惑をかけるのだ、と。

 仰る通りです。

 3月の第2土曜日。春うららかな昼下がり。

 職員室にご挨拶に伺います。



 卒業式には出席できませんでした。就職先の入職前説明会があったのです。

 本日は、卒業証書を受け取ります。

 担任の先生は、卒業証書と通知表を渡して下さいまして、すぐにどこかへ行ってしまいました。

 「卒業おめでとう」と言ってもらえることは期待していません。

 私はその程度の生徒なのですから。



 デスクとデスクの間の狭い通路を通ろうとしまして、積んであったものを落としてしまいました。

 すぐに拾ってもとに戻し、「申し訳ありません」と謝罪します。デスクの主はいませんでしたが。

 落としたのは、クリアファイルでした。

 中には封筒がふたつ。

 「診断書在中」と「情報提供書在中」と書かれていました。

 記憶違いでなければ、新田泰輔先生のデスクなのです。

 1年と2年のときの担任の先生で、日本史の担当。

 ずっと元気がないのは傍目でもわかりました。

 噂によると、新田先生は今年度いっぱいで退職されるそうです。

 私のせいです。

 新田先生のせいでないのに、責任をとらされてしまうのです。



 失礼しました、と声をかけて、職員室を出ます。

 私服の男の子と目が合いました。

 長身で、甘めの顔立ちで、ジャケットが似合っています。

 一瞬、誰なのかわかりませんでした。

 2秒後に、彼だとわかりました。

 気をつけないと頬が緩んでしまいそうです。

 お願いです。私にいい顔をしないで下さい。

 でないと、私は彼のことを勘違いしてしまいます。

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