第7章 ほどくひと

ブレザーを着ていた頃の自分達は(l)

 あと半月で、俺は大学生になる。



 卒業式の後に学校に立ち寄る際は、制服で良いのか、私服の方が良いのか。

 散々迷った末に、昨年の先輩のように私服で行くことにした。

 3月の第2土曜日。春うららかな昼下がり。

 ピアノ同好会の送別会が行われる。



「田沢先輩、まるで大人ですね」

 玄関で会った後輩は、遠慮なく言ってくれる。

 俺は「そうだろ?」と返してやった。

 この後輩の少年は、口は悪いが根は生真面目で、ピアノ同好会の部長でもあるのだ。今回の送別会もしっかりと準備してくれた。

「先輩は無駄にでかくて手足も長いから、動くときは気をつけて下さいよ」

「わかってるって」

「いや、転ばないかとかじゃなくて。思わせぶりなんですよ、先輩は」

 ぽっちゃり体系とは裏腹にきびきび動く後輩は、職員室の前なのに、説教を始める。

 後輩の話を好意的な言葉に言い換えると、俺は背が高くて見た目も良い方で、何を着ても似合わないことがないらしい……自分で言うのは嫌だな。

 それで、誰にでも愛想を振りまくから、気に入られていると思われていたこともあるらしい。

 思わせぶりの要因は、他にもある。

 今日の送別会で、送られる側の俺も演奏をするのだが、俺はジャズの「枯葉」を選んだ。

 後輩が言うには。

「バーで女の子を口説く気満々じゃないすか!」

「俺、そんなこと考えてねえよ!」

 そんな風に見られていたのか、俺は。



 職員室から誰か出てくる。

 担任の新田泰輔先生だった。

 新田先生は、会釈をして通り過ぎてしまう。

「新田先生、お気の毒ですよね」

 後輩は、声を落としてつぶやく。

 俺は何も言えなかった。

 新田先生は、今年度いっぱいで教員を辞めるらしい。

 原因はわかっている。

 新田先生のせいじゃないのに、責任をとらされるのだ。



 失礼しました、と大人しい女の子の声が、職員室から出てきた。

 小柄な身を真新しいスーツに包み、化粧が綺麗な女の子だった。

 一瞬、誰だかわからなかった。

 2秒後に、彼女だとわかった。

 彼女も俺に気づいてくれた。

 花が綻ぶように、微笑んでくれた。

 やめてくれ。俺は彼女のことを勘違いしてしまいそうだ。

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