刈られる花⑧

 大変です。寝坊しました。日曜日の朝7時です。

 今日も仕事です。

 仕事が終わったら、千羽鶴を完成させなくてはなりません。

 千羽鶴の引き渡しは明日ですが、明日も仕事があるので、実質、今夜完成させなくてはならないのです。

 兄からメッセージが来ていました。

 夕方、千羽鶴を持ってきてくれるのだそうです。



 お弁当をつくる余裕も、朝食を摂る余裕もありませんでした。

 着替えて化粧をして、かぶに水をやって、仕事へ行きます。



 休憩時間に眠くなってしまいましたが、寝ている暇はありません。

 45分間にできるだけ紺色の折鶴をつくります。



 16時に退勤します。

 アパートに帰りますと、気が抜けて眠ってしまいました。

 目が覚めたのは、外のチャイムが聞こえたときです。

 眠っていたのは1時間程度でした。惜しいことをしました。1時間あれば30羽折れたのに。

 訪ねてきたのは、兄でした。折鶴を持ってきてくれたのです。

「兄さん、ありがとう。こんなにやってもらって、ごめんなさい」

「いいって。暇だし。お父さんも手伝ってくれたから、白と黒は全部終わった」

「本当に、ありがたいです」

「久々に真剣に折って、楽しかったよ。こちらこそ、ありがとう」

 玄関に置いたままだったバッグから、スマートフォンの着信音が聞こえました。

 電話ではなく、メッセージ。

 多胡さんからです。



『月曜日の17時。絶対にお願いしまーす(^_^)b』



「田沢か?」

「違います。兄さん、本当にありがとう。後は自分でできるから……」

「拝借」

 兄にスマートフォンを奪われてしまいました。

「……おい、あの女に振り回されてるんじゃねえか」

 兄は、多胡さんと私のメッセージ履歴を見ているようです。

「ごめんなさい」

「いや、みづきは悪くない」

 スマートフォンと一緒に返されたのは、私をかばう言葉です。

 兄はその場で堀越店長に電話をし、「千羽鶴を仕上げたいからテーブルを貸してほしい」と無茶なお願いをします。

 ところが、あっさり承諾を得ることができました。

 わざわざ店長のお店に行かなくても、千羽鶴の制作はできます。

 兄は日頃から、私の部屋に上がることを嫌がります。今までもご友人を家に上げたことがないそうです。その名残でしょう。

 兄はまだ千羽鶴を手伝ってくれるようです。

 申し訳ありませんが、兄に甘えることにします。



 場所を変え、千羽鶴再開です。

 折鶴は、白、黒、紺色を均等につくるつもりです。

 一色あたり333羽。どれかひとつ多くつくります。

 父と兄に手伝ってもらったおかげで、白と黒は全てあります。

 紺色はあと100羽。

 ふたりなら、大変でないです。



 兄は紺色の折鶴をつくり、私は折鶴を糸に綴ります。

 作業をしながら、兄は話をしてくれました。

 父と母のことです。



 私達の両親は同い年で、若いうちに結婚しました。

 父も母も、今年で52歳です。

 ふたりが21歳のときに、兄が生まれたのです。

 その2年前、母は歯科衛生士を目指していた学生でした。

 しかし、母の親――私にとっての母方の祖父母――は昔気質の人で、母が20歳になったら、ある男性の後妻にさせるつもりだったそうです。

 それを聞いた父の親――私達にとっての父方の祖父母――は「そんなのより、うちのはどうだ」と父を推し進めたのだそうです。

 父と母は高校の同級生でした。お互いに悪く思っていなかったこともあり、短い間でしたが交際をして、結婚したそうです。

 当時、父は大学生でした。

 祖父母は父に大学退学をすすめなかったそうですが、父は自分の意思で大学をやめ、地元の信用金庫に就職しました。

 その1年後、兄が生まれます。

 祖父母は、次の子の男の子であることを期待しました。

 しかし結果は……今の通りです。

 母のままならない半生。

 母は今、幸せなのでしょうか。

 祖父母とも私とも離れて、楽になったのでしょうか。



「……俺も、昨日初めてお父さんから聞いたんだ。こんな風に、折り紙をしながら」

「兄さんは、お父さんに似たんだね」

「そうか? ごめんな。今になって、こんな話なんかして」

「ううん、平気だよ」



 私は楽になりました。

 祖父母とも母とも離れたからではなく、今になって彼と出会ったから。

 彼を身近に感じられることが、心地良いから。



「みづきは、年末年始どうするんだ?」

「アルバイトでもしようかと思っているよ」

「あるのか、バイト」

「目星はつけているけど、面接とかはこれから」



 ことり、とテーブルに物を置く音が、大きく聞こえました。

「ごめん、驚かせちゃったかー」

 店長が、コーヒーのおかわりをくれました。

 先程とは違う、陶芸のカップで。

「新しいカップですか?」

「みづきちゃん、鋭いね。藤岡で陶芸をやっている人がいてね、試しに買ってみた」

 この人、と店長は名刺をくれました。

 「日下英」と書いて「くさか あきら」と読むそうです。

 頂いた名刺は、手帳に挟んでおきます。



 喫茶店の閉店は、19時。

 千羽鶴は終わりそうになくて、閉店後も場所を借りてしまいました。

 糸に綴り終わったのは、21時。

 後は糸を編むだけです。続きはアパートに帰ってやります。



 私は浅はかです。

 帰宅後、ゆっくりお風呂に入って気が緩んでしまいました。

 千羽鶴の糸を編もうとしたとき、スマートフォンにメッセージが来ました。

 多胡さんからです。



『なんか飾りもつけてほしいな⚽』

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