千羽鶴、承ります
紺藤 香純
第1章 千羽鶴、承ります
ブレザーを着ていた頃の自分達は (a)
10月の放課後を彩るのは、紅色の夕焼けに染まった空と、紫色にたなびく雲と、筝曲部の練習の音色。それと、福山雅治の歌を口ずさむ彼女。
「福山が好きなの?」と訊いたら、「え?」と訊き返された。
彼女は小柄で痩せていて、丸顔で
しかし、顔を上げれば、黒目がちの大きな双眸が見る人をとらえて離さない。
もっと見つめられたいと思ったが、彼女はすぐに俯いてしまう。
――ごめんね。
彼女に謝りたい。それなのに、言葉は喉でつかえてしまう。
放課後の教室に彼女とふたりきり。他には誰もいないから、聞かれて困ることはないのに。
ごめんね。
助けられなくて、ごめん。
かばいきれなくて、ごめん。
味方になれなくて、ごめん。
クラスを替えさせてしまって、ごめん。
鼻歌を止めてしまって、ごめん。
作業の手を止めてしまって、ごめん。
ごめんなさい。
びぃん、と筝の弦が鳴く。
彼女は再び作業を始めた。しばらくすると、鼻歌も再開される。
彼女が手がけているのは、ひとりではなかなか完成させることのできない作品。
千羽鶴である。
一本の糸に40羽の折鶴を通したものを25本、
25本の糸に通された合計1000羽の折鶴は、机の向こうに弧を描いて垂れ下がる。隙間なく詰められて糸に通された折鶴達は、竹細工のようにしなやかで、虹のようなグラデーションは機織りの織物を思わせる。
そのような千羽鶴を器用な手先でまとめ上げる彼女は、七夕の織姫といったところか。
しょき、と糸切りばさみが鳴く。
「できたの?」と訊ねると、彼女は「うん」と頷く。
「できた」
彼女は俯いたまま呟く。
「でも、受け取ってもらえるのかな」
千羽鶴を落とさないように、細い指をリングに引っかける。
「私が関わったと知ったら、
彼女の指は細かく震えている。
関わった、なんてものじゃない。ほとんど彼女ひとりで鶴を折り、糸に通して完成させたのだ。
「私は皆に迷惑をかけることしかできないから、せめてこのくらいは役に立ちたいのに……そう思うことも迷惑なんだろうな」
ほぼ休むことなく働いていた彼女の指先は、濃紺に染まっていた。折り紙のインクの色だ。
指の震えは、ずっと折鶴をつくって指に力を入れていたから。彼女のことだから、平日でも50羽くらいは折っていたのだろう。
「花村さん」
俺は無意識のうちに彼女に近づき、彼女の手を握っていた。
彼女の指は、びくんと震える。
「田沢くん」
彼女の丸い顎に涙が伝い、制服のブレザーに落ちて浸み込んでしまった。
彼女の思い、どうか届いてほしい。
高校3年生の秋の夕暮れに、ひそかに願ってみた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます