未来へのツバサ - 1

人が持つほんの少しの悪意は、いとも簡単に誰かの大切なモノを壊せてしまう。




時代の悪意に大切な人を奪われた少女の悪夢は終わりを告げる。


彼の者が遺した、大いなる風の音色と共に。




時を越えた想いは、少女を夢幻の旅へと誘う。




ーー未来あすへの翼を胸に抱きながら。


 * * * * * * * * * * * * * * * * * *


プエルタは一週間後に迫る『操舵師選定試験』へ向けて、一時の間、僕たちとは別行動をする事になった。

彼女の星霊魔法せいれいまほうを見るのはイドニスではなく、彼女の祖父であるガレウスさんだ。


ガレウスさんはあの後、今までの様子とは打って変わり、怒鳴ることも怒ることもなくなったらしい。

それが心境の変化なのか、元々怒らない性格だったのかは分からないが、どちらにしてもプエルタとガレウスさんとの間は、とりあえず丸く収まったということで安心している。


『サンドリウセ台地』へと向かう準備をするなか、プエルタは他にもこの3日間であった事を話してくれた。

その中で、少しだけ気になっていた事をプエルタに聞いてみる。


「ーーそういえば結局、僕の『噂』って何処で聞いたの?」

「え? えっと……『噂』自体は、ちょっと前から街で噂になってたのを偶然聞いただけなの。けど……」


急に口籠もるプエルタ。何か言いづらいことなのだろうか?

両手の指先を合わせながら、恥ずかしがるような素振りを見せる。


「……き、聞いても笑わないでね」

「笑うって、なんで?」

「じ、実はあの日ね、カザキくんに会う前に図書館で不思議な男の子に会ったの」


不思議な男の子と言われて、3日前の停泊所で見たあの男の子を思い出す。


「わ、私を捜してた? らしくって、『あっちに行けば、君が望んでいるものが手に入るかもしれないよ』って言われたの」

「それは……不思議な話だね」


とりあえず反応は返すものの、内心気味が悪くて仕方がなかった。

あの男の子は、間違いなく僕の事を知っていた。

だから僕がどんな人間なのかも、どんな力を使うのかもきっと知っていたのだろう。

そして、その男の子の口振りからするに、まるでプエルタの『願い』の事まで知っていたかのようだ。

一体、あの子は何者なんだ……?


「だ、大丈夫? カザキくん、難しい顔してるよ?」

「え、ああ、ごめんごめん。何でもないんだ」


今、この事について彼女に伝えてもどうしようもないだろう。

むしろ、その男の子が僕と彼女が出会うように仕向けてくれなかったら、今もプエルタは踏み出す勇気を出せずに居たかもしれない。

せっかくここまでうまくやってきたんだ。

今は少しでも彼女を不安にさせるような言動は慎むべきだ。


「プエルタ。試験、頑張って」

「……ん、うん。頑張る」


両手の拳を握りガッツポーズをとるプエルタ。

真剣な気持ちはとても伝わってくるのだが、その仕草が緊張でコリコリに固まっているのを見て、つい吹き出してしまう。


「な、なんで笑うのぉ!?」

「ごめん、つい! ーー大丈夫だ、君ならきっとやり遂げることが出来る筈だよ」


少しでも彼女の緊張を解きたくて、精一杯の言葉をかける。

プエルタは少しの間、気を紛らわすように自分の髪を弄っていたが、深呼吸をすると改めて僕に目を合わせ、力強く頷いた。


その時、医務室の扉が開け放たれ、僕とプエルタは慌ててそちらを向く。

そこには、紙の袋を両手に担いだイドニスと、昨晩から訝しげな表情の変わらないミュウの姿があった。


「朝からお熱いところ失礼するが、そろそろ出発するぞ。時間がないっつってたの忘れたのか」

「熱い……?」


イドニスの言葉を聞いた途端、プエルタは腕を後ろに組んでサッと僕のもとから離れていく。

それで、今の言葉の意味がやっと理解出来た。

つまりイドニスから見れば、僕たちはそういう関係に見えるらしい。


「あのなぁ……昨日からずっとそれ言ってるけど、普通にプエルタに迷惑だからやめろよな。まだ会って1日だぞ? ありえない……だろ」


と言ったところで、部屋の空気がひんやりとしていることに気付く。

特にミュウからの視線が胸を貫かれるように痛い。

風神の化身ウィンディの風の刃なんか目じゃないくらいに。

プエルタに助けを求めようと振り向くが、彼女は何故か顔を背けていて、表情はよく見えない。

イドニスは大きな溜息をつき、ポーチの中に魔法薬ーーポーションを詰め込んでいく。

そして、顔は向けずにプエルタに声をかける。


「おい、嬢さんはこんな所で油を売ってていいのか。選定試験落っことしちまったら元も子もねえぞ」

「は、はい! し、失礼しました!」


そう言ってプエルタは急ぎ足で部屋を出て行く。

脱兎のような速度で扉の奥へ消えて行く彼女の後ろ姿を見て、申し訳ない気持ちになる。

彼女と入れ替わるように、今度はミュウがこちらに近付いてくる。

ミュウは、手に持っていた袋をテーブルの上に乗せると、僕の体を押して椅子に座らせる。

そして、グッと顔を寄せてきた。


「……ご、ご用件は何でしょう、ミュウさん……」

「ーーケガ」

「あー……ええっと、多分10回目くらいになると思うけど、大丈夫だから。心配要らないよ」


そう言い聞かせるも、ミュウはやはり側を離れようとしない。

3日も眠っていたらしいし、ケガをしてしまった僕が悪いのは分かっているのだが、相変わらず心配性が過ぎると思う。


イドニスは、ポーションをポーチに詰め終えると、僕に向かってポーチを投げる。

いつもの事なので、右手でポーチを難なく受け止める事は出来るが、危ない事には変わりない。


「どうもありがとうございますー。後はもうちょっと丁寧に渡して頂けたら完璧なのですがー」

「嫌なら足を使え、足を」

「というか、これくらい自分でやるっての! 子供じゃないんだから!」


イドニスは「そうか」と一言呟くと、自分とミュウのポーチの用意も終える。

ミュウは僕の元を離れると、イドニスに近付いていき、ポーチを受け取る。


「次、カザキの分、私に、ちょうだい? 私、渡すから」

「……義妹いもうとのほうが人間出来てんじゃねえのか」

「自慢の義妹だからなーーってどういう意味だよ、それ!」


僕の言葉を無視して、イドニスは何も言わず部屋から出て行く。

ミュウはこちらに向き直ると、先程テーブルの上に置いた袋を開け、中身を取り出す。

新品の青を基調とした麻布の衣服と、深紅のマントだ。


思えば長く旅をしてきたもので、僕たちの衣服は洗っても落としきれない程、泥や汚れを吸い込んでいたのだった。

そろそろ新調すべきだと思っていた所だったがーー。


「この服は、ミュウが選んでくれたの?」


ミュウはコクリと頷く。

そして、深紅のマントを手に取って話し始める。


「これ、魔導具アーティファクト。こっちは買ったものじゃない。私とイドニス、作ったの」

「ミュウとイドニスが? いつの間に……じゃあ人工魔導具ヒュームファクトか。一体どんな効果があるの?」

「マントの留め具。ルビー、使ってる」

「ルビー……といえば、土属性の魔導石か。じゃあ中には、星霊が?」

「うん。――柘榴石の陽カーバンクル、中に居る」


柘榴石の陽カーバンクルは、土属性の希少な初級星霊だ。

リスのような姿をしており、額には陽の光を溜め込んだ宝珠を携えているという。

その宝珠に溜め込まれた光は、癒しと豊穣の力を持つと言われている。


ミュウが作ってくれたマントのような、星霊の力を引き出す人工魔導具はこの世界には少なくなく、世界樹由来の神聖な素材と、星霊と契約を交わした魔導石とを組み合わせる事で、すべてとはいかないものの、魔導石に宿った星霊の力を召喚せずとも引き出す事が出来るそうだ。

そういった人工魔導具は、熟練の冒険者ならひとつは身につけておくべき嗜みのひとつとなっている。


カーバンクルなら、魔力の馴染みやすい生地を使ったマントに、留め具に使った魔導石がもつマナを浸透させる。

そうしてカーバンクルの癒しの力を引き出したマントで、覆った身体を少しづつ癒す事が出来るという事らしい。


ミュウはカーバンクルのマントを手に取り、僕の首に腕を回してマントを着けてくれる。

そして、着けたマントに彼女がそっと手を触れると、そこからほんのりと生地が暖かくなっていき、マント全体に広がっていく。


「私がマナを与えれば、カザキを、癒してくれる」

「ミュウ……」


ミュウの頭に手を乗せて、優しく撫でる。

こっちに来てから、本当にこの子には助けられてばかりだ。

見たくもない傷を見せる事で、辛い思いも沢山させてきただろう。

それでも、ミュウは今日まで、星療魔法の力で僕の傷を診つづけてきてくれた。

その苦労を思うと、彼女には頭が上がらない。


「ありがとう、大切にするよ。それから、これからは怪我にもちゃんと気をつける」

「うん、よかった。イドニスにも、お礼、ね」

「あー、うん。そうだね、とても気は進まないけど」


新たな装備に袖を通し、冒険の準備を整える。

新しいものを身につけたりすると、なんだか生まれ変わったような気持ちになる、と言うと大袈裟かもしれないけど。

ガレウスさんやクエル先生、なによりーープエルタの為にも、必ずソラウスさんの死の真相を確かめなければならない。

そう決意し、気を引き締める。


「さあ行こうか、ミュウ」


ミュウは頷くと、僕の左手をとる。

そのまま手を繋いで、僕たちは部屋を後にした。


 * * * * * * * * * * * * * * * * * *


中心街を抜け、魔導船の停泊場に向かうと、先に出て行っていたイドニスと、僕たちの事を待っていたのか、クエル先生の姿があった。


「おはようございます、カザキさん。ミュウさん」


「おはようございます」と、丁寧にお辞儀をするミュウに続いて、僕も深々とお辞儀をする。


「おはようございます、クエル先生。長い間ありがとうございました、すっかり入り浸ってしまって……」

「構いません。診療所は雷鳴の神槌トールハンマーだけのものではありませんから。むしろ出て行こうとしたらプエルタさんやお仲間が止めたでしょうし、私も君をベッドに縛り付けていたでしょう」


と、和かな表情で答えるクエル先生。

「はは……」と思わず苦笑いが漏れてしまう。

プエルタから揶揄い癖があるとは聞いていたけど……なんだか冗談に聞こえないような気もする。


「さて、出発される前に『サンドリウセ台地』についてご説明致します」


そう言って、クエル先生は周辺の地図を取り出す。


「ここの小型船から下層の停泊場に降りていただき、街道を進んで頂くと分かれ道に辿り着きます。一方が『港町アドランタ』へ続く整備された街道。そしてもう一方が、件の『作戦』の影響を多大に受け、今は棄てられた旧街道です。その旧街道を行けば『門』の残骸と、残された『イシュクール』の機体があります」

「機体は回収されてないんですね」

「回収作業は行われたのですが、『イシュクール』は魔導戦艦の中でも随一のサイズ、かつ『作戦』によって全壊状態でしたので、作業は早々に打ち切られ、回収されたのは機体後部の乗組員たちの遺体と、辛うじて無事な魔導石だけでした。その一つが、プエルタさんの持つエメラルドの魔導石です」

「なるほど……」


回収作業が早々に打ち切られたのであれば、作業員が見逃した何かがまだ現場に残されているかもしれない。

機体前部を重点的に調べてみるべきだろうと思ったが、300m超の巨大戦艦を全壊させるほどの強大なエネルギーだったのであれば、中も無事とは限らない。

これは大分、骨が折れる作業になりそうだ……。


「サンドリウセ台地に続く旧街道には、山賊が住み着いているとも聞いています。くれぐれもお気をつけて。ーーもう、グレゴール氏も動き出しているかもしれません」

「はい、ありがとうございます」


話の間、真剣な表情をしていたクエル先生だったが、僕の返事を聞くと、また先程のようにニコリと微笑む。

イドニスが懐から懐中時計を取り出し、時刻を確認する。


「時間だ。行くぞ、日が暮れる」

「わかったよーークエル先生。僕があなたに頼むのもおかしな話なんですが……プエルタの事を、お願いします」

「ええ、もちろんです」


クエル先生は、魔導船に乗り込む僕たちを見送ってくれた。

きっとこの後、プエルタとガレウスさんの元へ向かうのだろう。


下層へと向かう船内の窓から、徐々に遠ざかっていくアルマドンの山をぼうっと見上げていると、イドニスが肩を小突いてくる。


「今は自分の心配をしろ。普通に考えて、全壊した機体に残ってるものがあるなぞ思えん。どうするつもりだ」

「ん……確かに、物理的には残ってないかもしれないね。だけど、想いは残っているかもしれないよ」


僕の言葉を聞いたイドニスは、只でさえ仏頂面な顔を更にしかめる。


「わからん」

「ま、剣を振る事しか頭にない脳筋には難しかったかな、この領域レベルの話はーー」


イドニスは僕から視線を外すと、ミュウに視線を向ける。


「お前、わかるか」


ミュウはイドニスの問いに顔を上げ、2,3秒ほど間を置いた後、問いに答える。


「わからん」

「あーだめだめ、そんな汚い言葉覚えちゃダメだからねー」

「普段から人に『バカ』だの『脳筋』だの吐く奴に言われたくないんだが」


まったく、こういう時の揚げ足取りだけホントにうまい奴だ。

またいつものようにイドニスと喧嘩になりそうだという時に、ミュウは僕の袖を掴む。


「離してくれミュウ。今日こそは、この顔も頭も岩男に色々分からせなければーー」

「わかってないの、カザキ。お礼、言わないと」


ミュウの言葉に思考が停止する。

そうだ、マントの件をすっかり忘れていた……。

このルビーの留め具を拵えたのが、きっとイドニスなのだろう。

ミュウの言葉に嘘はないはずだ。

この岩男が、わざわざ僕の為に希少なルビーを贈ってくれたのだ。


「……あ、あー。イドニス」

「なんだ」

「…………マント、ミュウと一緒に用意してくれたんだろ」

「ああ。どうしてもって聞かないんで、お前がぐっすり眠ってる間にな」


たった3日で形にするには相当な苦労があっただろう。

流石に今日ばかりは、意地を張るより素直に感謝を伝えたいと思った。


「あ、ありがとう。僕の為に、手間かけてくれてさ」

「…………」


イドニスが言葉を発する事はない。

眉を曲げて訝しむ表情で、僕の顔をまじまじと見ている。


「ーー怪我の後遺症か?」

「たまには素直になろうと思った僕が馬鹿だったよ! お前嫌い!!」


そしていつもの如く、イドニスとの取っ組み合いが始まる。

それから乗務員のお姉さんが来て、お説教タイムに入るのに、そう時間はかからなかった。

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