風のタビビト - 2

「イドニス」

「まあ起きてんなら丁度いい、お客さんだ」


 そう言いながら、イドニスは腰に提げている刀を引き抜く。

 その音を皮切りに、魔物が一斉に飛び出してくる。


 ミュウに飛びかかる魔物を一蹴し、防戦の構えをとる。

 魔物は空中で身を翻し、着地した後に仲間の魔物たちと共に僕たちを取り囲む。

 数は蹴り飛ばした魔物を含めて十匹といったところだろうか。


「だと思ったよ。ライトの光量は最小限にしてたから、気付けるのは魔物くらいだ」


 両手を前に差し出す。――夢幻魔法ドリームワークスの発動条件。

 創りたいものをイメージし、体全体を使ってその形に沿って自分の魔力を放出しながら編み出す。

 例えば、剣を作りたければ両手を徐々に拡げながら、目の前に想像した型に魔力を注ぎ込めばいい。

 魔力は多すぎても少なすぎてもいけない。イメージに綻びが出てしまうから。

 そして、想像創造したものを現界させる為の、合言葉スペルを唱える。


「『規格設定完了ファンタゾス・セット夢幻解放レリーズ』!」


 合言葉スペルを唱えたと同時に、淡く輝くマナが両の手のひらに結集し、二本の剣が映し出される。

 ひとつは青く輝く片刃の剣、"セイオリス"。ひとつは紅く輝く両刃の剣、"アンタレス"。


 剣を両手に取り、魔物たちと対峙する。


「準備がおせーぞ、魔法なんかに頼り切りだからそうなる」

「む」


 イドニスと同時に、その場を跳び魔物たちを屠る。

 元々の僕に戦いの心得はないが、夢幻魔法ドリームワークスがある限り問題はない。

 戦ってくれるのは、この雌雄の剣たちだからだ。


 もう少し正確に言うと、僕が夢幻魔法ドリームワークスで創ったものたちは僕のイメージ通りに動いてくれる。

 それに付随した能力もあって、僕の身体の動きでさえ夢幻魔法ドリームワークスで制御出来るようになっている。

 普通の人間の身体では反応しきれないような攻撃も、避けるイメージさえ出来れば難なく回避できる。


「カザキ、うしろ!」


 ミュウの言葉に反応して、咄嗟にその場から高く跳び上がる。

 後方から魔物が喰らいつこうとしていたようだけど、ミュウが教えてくれたおかげで攻撃を回避できた。

 そのまま空から魔物へ向かって急降下して、セイオリスで身体を両断する。


 その瞬間、魔物は光の泡となってその場から消えて居なくなった。


 そのまま、残っている魔物たちと対峙する。後ろを見ると、イドニスの方はもう粗方片付いていたようだった。

 イドニスは魔法は使えないが、その分剣の腕は一般的な戦士が顔負けするレベルの力がある。

 時々頭に来るヤツだけど……こういう時はすごく頼りになる男だ。


 遂に魔物は最後の一匹。他の魔物とは雰囲気が違う。恐らくこの群れのボス格といったところだろう。


「俺もやるか」

「いや、一人で大丈夫」


 二刀を構える。一瞬の睨み合いの後、魔物は牙を剥き出し、こちらに向かって駆け出してくる。

 僕も駆け出し、二本の剣をひとつに纏め、合言葉スペルを唱える。


「――『第二セット夢幻融合ユニオン・エッジ!』


 二本の剣は溶け合い、新たな剣となる。眩い光を放ち、その剣は姿を現す。

 剣の名は"クラウ・ソラス"。僕の居た世界で、とある神様の所有していた光り輝く大剣だ。

 その逸話は、「その剣を鞘から抜く度に剣の放つ閃光が世界を三度巡り、その剣を振れば、どんなに軽い一撃であれあらゆるモノを斬り伏せる」と云われている。

 ……ものを勝手にイメージして創り出した剣なんだけど。


 剣から溢れ出す光に、魔物は一瞬目を眩ませ怯む。


「――終わりだ!」


 小さな森に、光の風が吹き荒れる。風の力で辺りの木々は薙ぎ倒され、砂煙があがる。

 煙が晴れた先、そこにさっきの魔物の姿は無かった。


「やり過ぎだバカ。小物相手に本気を出してどうする」

「時間をかけるより良いでしょ。ちょっと強そうだったし」


 ミュウが駆け寄ってくる。気付かなかったけど、どうやら魔物を屠る寸前に腕に噛み付いていたらしい。

 その部分をハンカチで隠しながら、ミュウは患部に手をあて集中し始める。薄緑色の暖かな光が生まれ、傷を癒していく。


「大丈夫だったのに」

「……ダメ、カザキ。すぐ無茶する」


 傷を負っていない方の腕で、ミュウの頭を撫でる。そして改めて、ミュウにはいろんなところで助けられてばかりだなあと実感したのだった。


「手当が済んだらすぐ出発するぞ。誰かのせいでまたわらわら寄ってくるだろうからな」

「言い方」


 本当にいちいち言葉にトゲを作るやつだなあ。そして頼りになるから何も言えないのが余計に悔しい。

 ――もっと、強くならないと。誰かに支えてもらわなくなても、一人でも大切なものを守れるように。



 * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 夜の森を抜け朝日が昇る頃、目指していた次の国が見えてきた。


 改めて説明すると、僕たちが今居る大陸は、魔法文明によって繁栄しているイースタウッド大陸。

 そのイースタウッド大陸でも、最も古くから存在する魔法国家"アルマドン"。


 街の殆どが星霊魔法せいれいまほうによって作られていて、その性質上、自然と融合した巨大な城塞都市だ。

 自然の要塞は殆どの魔物を寄せ付けず、魔物が入り込んできたとしても、アルマドン国が保有する魔法使いで構成された精鋭部隊である"雷鳴の神鎚トールハンマー"が街を守る。


 街の中には魔法によって一定の環境が保たれた大農園もあり、郷土料理の種類も豊富だ。

 空飛ぶ船、魔導船まどうせんも往来しており、各地からの観光客が絶えない。


 この世界の中で最も古く、人々が一度は夢見る二千年の歴史を誇る活気あふれる大国だ。


 巨大な山の上に建てられた街へ向かうため、小型魔導運搬船の停泊所へ寄る。

 受付施設に入ると、役員の男が話しかけてきた。


「旅人か。アルマドンへ入国するためには書類を書いた上で身分を証明する物を提示してもらう必要がある」


 僕とミュウは、旅立った村の住人である証明書を見せる。

 役員は証明書に認証用の魔導器をかざし、頷く。ちゃんと認証されたようだ。


「確かに。……君が噂に聞く『風來少年』か。この国には何しに?」

「ああ、人捜しです。いろいろな人が集まるし、情報収集が出来るかと思って」

「そうか、頑張ってくれ」


 そう言って役人はニコリと笑いかけてくれる。こちらも笑みを返す。

 それから役人は、イドニスの方を向く。


「そちらの君、君も身分証の提示を」


 イドニスと目を合わせる。イドニスは懐から、一枚の紙を取り出す。


「俺はこいつらの雇われ用心棒だ。これが身分証になる」


 そう言って、紙を役員に差し出す。役員は認証用の魔導器を取り出して、紙にかざす。

 数泊の後、役員は顔をしかめる。


「確かに身分証のようだが、ギルドへの登録がまだ済んでいないようだぞ?」

「…………」


 緊張が走る。役員の男はイドニスにいぶかしむ視線を向けている。なんとか、誤魔化さないと。

 と、その時、別の役員が目の前に居る役員を呼びつける。どうやら他の場所で問題が発生したらしい。


「ああ……まあいい、街の中にも用心棒ギルドの出張所はある。そこでちゃんと登録するんだぞ」


 そう言って、イドニスに紙を返した後に小走りで他の役員の方へ向かっていった。

 ホッと胸を撫で下ろしたと同時に、小気味の良い音とともに頭に衝撃が走る。


「いっ……!?」

「バレるとこだったじゃねーか」

「しょうがないでしょ……ここまで警備が厳重だなんて聞いてなかったんだよ」


 事前確認や準備はしっかりしろ、とイドニスの煩い説教を聞き流しながら、役員が向かっていった方をちらりと見る。

 白銀の鎧を着けた騎士のような格好をした女性と、やけにみすぼらしい格好をした男の子が役員たちと言い争いになっている。

 正確に言えば男の子のほうは黙りこくっていて、言い争っているのは女性だけなのだけど。


「身分証は提示しただろう! 何故入国」

「ええはい、あなたの身分証は確認させて頂いて確かなものだと認証されたのですが、そちらのお子様の身分証が提出されない限り、お子様を入国させる訳には」

「貴様、不敬であるぞ! この方を誰だと心得――」

「待って」


 少年は女性の騎士を制止する。女性は、ハッとした後に一歩下がる。


「あのね、おじさん。僕、ここにお父さんとお母さんを捜しにきたの。僕がこの人に頼んだの」

「あっ…………そ、そのとおりだ。私はこの子の父親と母親を捜しに来た!」

「だからね、お願い。街の中を探させてくれないかな?」


 役員を見上げる少年。役員は困り果てているようだ。


「ふーむ……しかし、規則は規則だからな。やはり乗せるわけには……」

「あら、良いじゃない。子供が困っているんだから助けてあげるのは大人の義務でしょ?」


 突然、紫色の髪に黒いコートを棚引かせた男が、特徴的な話し方で少年と役員の間に割って入る。


「誰だアンタは。我々は子供に意地悪をしたくてやっているわけではなくて、この国を守るためにだな」

「別に意地悪してるだなんて言ってないじゃない。ただお固い規則を守って、子供を困らせるのもどうなのって話よ」


 そう言いながら男は、役員に何かを見せる。男が影になってよく見えなかったけど、身分証か何かなんだろう。

 それを見て、役員は目を丸くし一歩後ろへ下がった後、敬礼をする。


「た、大変失礼致しました! どうぞお通りください!」

「この子達は、アタシが預かるわ。文句ないわね?」

「はっ!」


 男は、女性と少年を連れて僕達が乗る小型船とは別の船へと向かっていく。

 その時、少年と目が合った。


「えっ……?」


 少年と男と女性は船の中へ入っていき、姿が見えなくなった。


『また会おうね、カザキ』


 ……声は聞こえなかったが、確かにそう言っていた。

 両親を捜しているって言っていたけど、あの子と何処かで会ったことがあったかな……?


 彼らを乗せた小型船を見ながら、記憶の中を探っていると肩をポンと叩かれる。


「おい聞いてんのかカザキ。バレん内に早く行くぞ」

「え、あ、う、うん」


 イドニスに急かされ、停泊している小型船へ向かう。

 僕たちと他の乗客を乗せた小型船は浮かび上がり、中心街の停泊所へと向かった。

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