風のタビビト - 3

 小型船は言うまでもなく魔法で操られてるんだけど、流石は二千年の歴史をもつ魔法大国。

 揺れという揺れを全く感じない、小時間とはいえ快適な空の旅を提供してくれる。


「馬車のとき、違う」

「ホントだね。飛行機でももう少し揺れるよ」

「飛行機っつーのはお前が居た世界のものか」

「なんだよ、イドニスの癖に察しが良いじゃないか」


 何故飛行機と魔導船とでは快適さに差が出るのか。

 簡単に説明すると、飛行機は左右に付けている翼で、空気の流れを調整し飛んでいる。

 その前に4つの力が云々とかあるけど、僕自身が良く分かっていないので割愛するとして。


 この魔導船も、飛行機と似た構造はしている。

 違いは空気の流れを調整しているのは翼ではなく、魔法という点だ。

 船の周りを空気の膜で覆い、航路に適応した風の速さ・向きを調整する。

 調整された風を翼で受け、魔導船は決められた航路を正しく飛ぶことが出来るそうだ。


 昔は『操舵師そうだし』と呼ばれる魔法使いたちが、魔導船の操縦を担当していたらしいか、今では『記憶の魔導石』と呼ばれる、魔力が切れるまで魔法を決められた手順通りに行使し続ける石が発明され、操舵師を見る機会は少なくなってしまった。


 窓から見える景色は、壮観なものだった。

 およそ二千年もの間、この国を守り続けてきた要塞は、東風に晒され風化し削られた自然の剣山で、更にその守りを強固なものにしている。


 考古学を嗜む僕にとっては、興味が尽きずたまらないものだったけど、今はさっきの不思議な少年の事が頭から離れず、無言になってしまう。


「さっきのガキの事か」

「ん……イドニスも見てたのか」

「まあな。俺が気になるのは、ガキとあの女騎士じゃなくて、後から出てきた紫のよくわからん喋り方する野郎だが」

「なんで? 仲裁に入ったいい人じゃないか」

「どうだかな。あの三人の出来レースの可能性も否定出来ん。まあどちらにしろ俺には関係ないことだがな」


 三人がグルだった可能性か……確かに否定は出来ないけど、失礼だけどあの女性の騎士は嘘をつけるようなタイプに見えたんだよな。


 などと考えていると、腕に痛みが走る。


「いっ!?」

「女の子、見てた」

「いやそういうんじゃないって、ミュウ……ていうか、イドニスだって見てたのに何で僕だけ抓られるのさ!」

「やかましい。『船の中ではお静かに』って船員のお姉さんが言ってただろうが」

「ほら~~~っ!!」


 この後僕だけ船員さんにめちゃくちゃ怒られた。



 * * * * * * * * * * * * * * * * * *



「す、凄い……ここまで大きな図書館は初めてだ!」


 アルマドン魔法学院立図書館。

 あらゆる叡智、あらゆる物語が此処に集結していると云われている、アルマドン魔法学院が所有する最古の図書館だ。


 噂には聞いていたけど、東京ドームn個分なんてレベルじゃない……!

 そして、図書館の中庭の真ん中には、巨大な像が建っている。

 ローブを纏い、床に着きそうなくらい長く伸ばした髪の青年。そしてシンボルである槌の杖。

 間違いない、"雷神ラムゥ"の像だ。


「見てよミュウ! これ"雷神ラムゥ"の銅像だ!」

「"雷神ラムゥ"……この国、神さま?」

「そう! そもそもこの国が他の国よりも一早く安定した『灯り』を供給出来るようになったのは、"雷神ラムゥ"がこの国の魔法使いたちに『電気』の星霊魔法せいれいまほうを伝えたからだと云われていて――」


 雷神ラムゥ。雷を司ると云われる神であり、魔法大国アルマドンの礎となったと言われている。

 ラムゥはこの国の魔法使いたちに『電気』エネルギーを作り出す魔法を与えたとされる。

 与えられた『電気』エネルギーを基に、魔法使いたちは様々なものを作り出した。


「その中でも一番代表的な例って言えば、照明とか魔導器なんかのエネルギー、口では説明出来ないくらい様々な使い方が出来る『電気石』の発明だ」

「役員さん持ってた、あれも電気石で動いてる?」

「合っているけど、間違ってもいると言えるね。電気石というのは――」


 世界には、マナを溜め込み特別な力を保有する道具――『魔導具アーティファクト』というものが存在する。

 魔導具は、空気中に漂うマナを長い年月を掛けて吸い込み続け、やっと完成した自然の結晶体と言える。

 しかし電気石は星霊魔法を用いて、人の体内に循環するマナを注ぎ込む事で、本来長い年月をかけて生まれる筈の魔導具を短期間で作り上げ、更に大量生産する事が出来るようになった、世界で初めての人工魔導具ヒュームファクトを作り出す事に成功した物だ。

 この電気石を前身として、後に改良が行われた結果、現在の『魔導石』が誕生した。

 今の主力は魔導石であり、残念ながら電気石は陽の目を浴びることはなくなってしまったが。

 魔導石は今でこそ世界各地で使われるようになっているものの、イースタウッド大陸とブレインウッド大陸以外では主要国家である、ウェイストウッド大陸の『クラムトーレ王国』、サウセウッド大陸の『パフラバ諸国』、ノーサセス大陸の『クリスタリウスパレス』以外の街や村には未だ殆ど普及していない。

 主な原因は、勿論原価が高めであるということもあるのだけど、『大陸が司る属性の相性』も関係してきている。


「五つの大陸にはそれぞれ世界樹の根が張り巡らされて、そこから世界にマナが供給されていることはもう説明したと思うけど、大陸毎に『根』から放出されるマナの属性は違うんだ。だから主要としているエネルギーの種類も、大陸毎に違ってくる」


 イースタウッド大陸は『風属性』、ウェイストウッド大陸は『土属性』、ノーサセス大陸は『水属性』、サウセウッド大陸は『火属性』と、大陸ごとに世界樹の根から放出されているマナの属性は違う。

 世界樹の根から放出されたマナの属性に馴染んでしまった大陸の自然は、自身が内包する属性以外の属性のエネルギーを抑制してしまう『相対属性』の概念を生み出した。

 魔導石は環境に恵まれたイースタウッド大陸の石からでしか生み出すことは出来ない。

 つまり、風属性のマナが染み込んだ石から作り出された魔導石は、必ず風属性を内包していることになる。

 だから、ウェイストウッド大陸、サウセウッド大陸、ノーサセス大陸では魔導石の制御が難しくなってしまうという事だ。

 魔導石は一歩間違えれば危険物にもなり得る代物でもある。

 なので、魔導石の使用は『星ファリス従樹じゅうじゅ教会』が定めた規定をクリアした国でしか扱うことは出来ない。


「ブレインウッド大陸は? 大陸には属性、あるって言った」

「良い質問だね。ブレインウッド大陸にも勿論司る属性がある。それが『元素属性』だ」


 万物の象徴たる『トイノチニマンナ』――世界樹を支えるブレインウッド大陸は、マナを精製する起点であるためか、四属性の構成要素をすべて含んだ『元素属性』と呼ばれる属性を司っている。

 つまり、ブレインウッド大陸だけはどの属性とも相性が良く、相対属性の理からも除外される。

 だから、さっきの魔導石の相性説明のときに、ブレインウッド大陸は外されていたというわけだ。

 ある学者は、「あくまで世界樹は元素属性を、『根』を使って世界に送り続けているが、その過程で何らかの力による干渉が起こり、それぞれの大陸に適応できる属性以外は消滅してしまった結果、大陸ごとの属性の偏りが出来てしまっているのではないか」という説を提唱しているが、詳しいことは未だ解明されていない。


 今までの解説をいそいそとノートに文字を書き込んでいるミュウ。

 こうやってちゃんと聞いてくれるから、説明した甲斐があったものだと嬉しくなる。


「ちなみに属性にはもう一つ、『無属性』っていうのがあるんだけど」

「おい、何勝手に盛り上がってる。先に宿をとるっつっただろう勉強バカ」


 こんな嬉しい気持ちに浸りながら、気持ちよく説明しているときに、今一番聞きたくない声と言葉が聞こえてくる。


「勉強してるから馬鹿じゃないですー。少なくとも剣しか知らない人よりは頭良いですー」

「その返し方がバカっぽい」

「何を~~~っ!?」


 イドニスの方へ振り返り、殴り掛かろうとしたその時、目の前を本の雪崩が襲いかかる。

 避けきれず、雪崩に巻き込まれた僕はその場で無残にも流されて倒れる。


「修行不足だな。魔法バカ」

「は、はわわ! ご、ごめんなさい! だ、大丈夫ですか〜!」


 女性の声がする。どうやら本の雪崩を放った張本人らしい。

 本を退けて、上半身を起こす。その時、頭の上から落ちてきた本が目に入る。


「――操舵術?」



 * * * * * * * * * * * * * * * * * *



「ほ、本当にすみませんでした!」

「いえ、大丈夫ですから。貴女にお怪我がなくてよかったです」


 お詫びとして奢ってもらったコーヒーで一服する。


「ところで、操舵術の本を持っていらっしゃったということは、操舵師の方ですか?」

「へ!? あ、いや、その、まあ!?」


 見るからに吃っている。

 悪戯心から、ちょっと様子を見ようかと思ったが、既に涙目状態だった為宥めて落ち着かせる。


「も、申し遅れました……わ、私、雷鳴の神槌トールハンマーの魔導戦艦"イシュクール"の操舵師見習いをやらせてもらってます。プエルタと申します」

「ご丁寧にどうも……って、雷鳴の神槌トールハンマー!?」

「あっあっでもでも、まだ全然下っ端ですからそんな偉いというわけではなくて!」


 アルマドンが魔法大国と呼ばれる所以の一つ、洗練された魔法技術を習得した魔法使いの精鋭達で構成されている魔導騎士団『雷鳴の神槌トールハンマー』。

 その兵力は一万を越えるといわれ、数々の伝説を生み出してきた。

 電気石が産み出されたのはおよそ今から千五百年前と云われているが、『雷鳴の神槌トールハンマー』はその頃から存在していた。

 電気石を作り上げた、"雷神ラムゥ"から力を与えられた魔法使い達こそ『雷鳴の神槌トールハンマー』だ。

 彼らが電気石と共にもう一つ、作り上げたものがある。

 全ての魔導船の基となった魔導戦艦"イシュクール"だ。

 『雷鳴の神槌トールハンマー』はこの魔導戦艦を駆使し、外敵からこのアルマドンを守ってきた由緒正しい騎士団だ。


「ず、随分とお詳しいんですね。さ、さっきのそちらの女の子とのお話の時も、か、かなり深いところまでお話されてたみたいですし」

「へ!? あ、あー、あれ聞かれちゃってました!?」

「バカみたいにデカい声だったからな、嫌でも聞こえる」


 ギっとイドニスを睨む。イドニスはそっぽを向いてコーヒーを啜っている。


「あーえと、雷神の神鎚トールハンマーに所属してらっしゃるってことは、一流の魔法使いっていう事じゃないですか! 凄いことですよほんと!」


 プエルタさんは僕の言葉を聞くと、苦笑いして少し俯いてしまった。

 ヤバイ。何か悪いことを言ってしまった感が拭えない。

 褒めたつもりだったんだけど、嫌味に聞こえちゃったとかか!?

 なんとか流れを変えないと……!


「あっと……そうだ。せっかく名乗って下さったし僕らも名乗らないと」

「あ、あの、『風来少年のカザキ』さん、ですよね?」

「へ、あー、この国でも結構噂が広まってるのか……」


 自分の事ながら、かなり恥ずかしい。

 歪曲された変な噂とか流されてないといいけど。


「この子がミュウ。僕の……まあ、妹みたいなものです」

「……よろしく」


 何処と無く素っ気ない感じの対応をするミュウ。

 はわわと挨拶を返すプエルタさん。

 女の子同士の初対面ってこういうものなのかなーと思いつつ、隣のいけ好かない男を指差す。


「で、こっちのがイドニスです。無愛想なのはいつもなので大目に見てあげてください」

「ふん」


 不服そうに鼻を鳴らすイドニス。

 言われるのが嫌ならちゃんと挨拶しろよ。


 一通り紹介をし終えたところで、今度はプエルタさんが話を切り出す。


「あ、あの、それでなんですけど、図々しいと思われても、し、仕方ないんですが、お願いがあるんです!」

「え、お願い?」


 ガタリと椅子を引いて立ち上がったプエルタさんは、真剣な面持ちでこちらを見ている。

 そして――


「私の願いを、あなたの力で叶えてほしいんです!」


 ――やっぱり『噂』は、歪曲された形で流れているらしかった。

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