第11話 一難去ってまた一難

 張りつめた空気の中ニックは、口を開けたまま動けないでいた。


「どっ、どういうことですか!? 死刑って! 僕が、何をしたって言うんですか!」


 一歩前に出て大声で顎髭あごひげの生えた男に意見する。

 そんなニックを白い鎧を身につけた男は、真顔で鋭い目をニックに向けながら野太い声をあげる。


「しらばっくれても無駄だ。貴様が、あのドラゴンを使って町を破壊したんだろ」

「ち、違いますよ!」

「証拠は、すでにある」

「……証拠?」

「貴様が、昨日あの黒いドラゴンのもとへ走っていく姿を町の市民が目撃している。これは、あのドラゴンとの関わりがあるという証拠」

「は……? ちょ、ちょっと待ってください! それが証拠ですか!?」

「そうだが?」

「な……!」


 何をバカなことを!

 そう叫びたかったが自然と口が閉じる。呆れているのだ。こんな理由で折角せっかく助かった命が失われる。こんな事があっていいのかと。


「あんな状況下で、わざわざそちらに行く必要がどこにある。あのドラゴンを倒したのが貴様なら、ドラゴンのもとまで行くのは不思議ではない。だが、倒したのは貴様ではなくそこの男だ」


 横目でシルヴァの方を盗み見る。

 シルヴァは、変わらず目を閉じ腕を組みながら壁に寄りかかっていた。

 男は、シルヴァからまたニックに目線を戻す。


「倒したのは貴様ではない。ならば、疑うは貴様しかおらん。ニック・ハーヴァンス、我らが城までご同行願おうか」


 顎髭の男は、ニックのもとまで歩き始めわずかな距離を段々と詰めていく。ニックは、それに対し後ろに少しずつ後退していった。

 だが、その顎髭の男の動きを止めたのは幼い声だった。


「相変わらず強引な奴じゃの~」


 その声に今まで無表情だったあごひげの男は、足を止めて目を見開きゆっくりと声のした方へ顔を向ける。そして、露骨に嫌そうな顔をしてその声のぬしの名前を口にした。


「ロ、ロゼリア・アクセス……」

「よう、久しいな、ジゼル」


 ジゼルと呼ばれる男とは相対あいたいしてロゼリアは、フランクに接していた。


「何故、貴方あなたがここにいる?」

「何故も何もここの教師じゃぞ? わしは」


 その言葉に驚いた表情をしてジゼルは、自分の顎を触り小さい声で何やら言っている。その声は、ニックたちには全く聞こえなかった。

 ジゼルは、髭の生えた顎から手を離してロゼリアをにらむ。それにひるむことなくロゼリアは片方の口角を上げながらジゼルと視線を合わせる。


「全くお前はみずからの名前も口にせず、ずかずかとわしの部屋に入ってくる来てあまつさえわしの生徒であるニックを昨日の出来事の犯人するとは……聖王騎士団も随分ずいぶんと礼儀知らずになったものじゃ」

「なん、だと……」


 ジゼルの眉間にシワが寄る。


「その発言は、我らが聖王騎士団に対する侮辱と捉えてよろしいか? いくら貴方と言えどその発言は聞き捨てなりませんぞ」


 ゆっくりとジゼルの手は、腰にぶら下げてある白い鞘に収まった剣に近づく。

 一瞬、その場が凍りついたように静かになる。

 たった数秒の静けさだったがニックには、数分のように感じられた。

 ロゼリアは、深くため息をつきジゼルを見上げる。


「ニックは、あのドラゴンとは関係ないぞ」

「その理由は?」


 低く野太い声がロゼリアに向けられる。


「ニックが、何故あのドラゴンのもとへ行ったのかは知らんがニックは、あのドラゴンの攻撃を受けてケガをしていて、あばら骨が数本折れておった」


 それに一番驚いたのはケガをした本人だった。

 あの時、ドラゴンに弾き飛ばされた時か……。全然、体に痛みは無かったんだけどな。全く気が付かなかった。


「まぁ、とうの本人は気が付いてなかったようじゃがな」


 ニックの方を見て小さく笑う。だが、また目線を戻し続ける。


「そもそも、ドラゴンを倒した男……シルヴァは、ニックの使い魔じゃよ」

「何を言っている。人間が人間を使い魔にできる訳がないだろう」

「シルヴァは、人間ではないぞ。あやつは、魔王じゃ」

「何を……バカなことを……」


 そう言いつつもシルヴァの方に答えを求めるように視線を向ける。その視線に気づいたのかシルヴァは、ゆっくりとまぶたを開け青い瞳でジゼルを見ながらその答えを言う。


「確かに、俺は魔王だ。それにニックの使い魔だ」


 それを聞いてジゼルは、眉をひそめた。

 その様子を見てロゼリアは、心なしか嬉しそうだ。


「なぁ、ジゼルよ」

「な、なんだ?」

「ニックを死刑にする……というなら当然、王の命令であろうな?」


 一瞬、ロゼリアの言葉を聞いてジゼルの表情が変わった。だが、また無表情に戻り返答する。


「おかしいの~? 現在、王は聖王騎士団の一部を連れて円卓会議に向かっているのではなかったか? さすがに1日で、王のもとまで行きニックの死刑を命令させたと言うのはどうにも無理があろう?」

「何故、貴方が円卓会議のことを……」

「それはの、秘密じゃ」


 わざとらしく、口に人指しをつける。

 だが、それをすぐに止め畳み掛けるようにジゼルに言葉をぶつける。


「仮に、王の命令なら令状れいじょうを見せてみろ。それが、あるなら仕方がない……ニックをいさぎよく渡そう」


 いや、渡さないでくださいよ。ロゼリア先生……。

 ロゼリアの言葉を聞いて少し落ち込むニック。

 ジゼルは、ロゼリアの言葉を聞いて無表情のまましばらく立ち尽くしていた。

 だが少ししてジゼルは、振り返りロゼリアの部屋の出口に向かって歩き出す。出口には、二十人の白い鎧を着た人が立っていたが帰ろうとするジゼルに戸惑いの声が小さく聞こえる。


「帰るぞ。お前ら」


 鎧が擦れあう金属音を出しながら出口に向かうジゼル。

 部屋を出る直前にジゼルは、足を止め肩越しに後ろを振り返る。


「この借りは必ず返させてもらうぞ……では、失礼する」


 二十人がキレイに並んでいる真ん中を堂々と歩くジゼルを白い鎧を着た騎士たちは、少し慌ててジゼルの背中を追うようにその場から立ち去る。

 徐々に鎧が擦れあう不協和音が遠退いて行くのがよく分かった。






 ニックは、自分が死刑にされなくて済むと安堵の息を吐く。


「良かったね! ニック」


 隣にいたリナは、満面の笑みでニックに笑いかける。


「本当……良かった……。折角、あのドラゴンから生き延びたのに死刑にされたんじゃたまったもんじゃないよ」


 アハハ、と弱々しい笑いをリナに返す。

 だが、ニックは少し歩いてロゼリアの近くまで行くと真剣な眼差しでロゼリアを見つめる。


「ロゼリア先生!」

「ん? なんじゃ?」

「助けていただきありがとうございました! ロゼリア先生がいなかったら今頃、城まで連れていかれて死刑にされていたかも知れません……。本当にありがとうございます!」


 深々とロゼリアにニックは、お辞儀をする。


「はぁー、顔を上げろニック」


 そう言われ、素直に顔を上げるニック。


「わしは、ただ事実を口にしたまでじゃ。ほとんど何もしとらんよ」

「で、でも……」

「礼を言うならわしじゃなく、リナやシルヴァに言ったらどうじゃ? あのドラゴンの騒動の後、倒れたお前を助けたのはその二人じゃぞ」

「あ……」


 それにロゼリアに言われ気が付いたニックは、二人を交互に一回ずつ見てまた頭を下げる。


「二人とも助けてくれてありがとう!」


 頭を下げたニックに、リナは少し慌てた様子でニックに近づく。


「ちょ、ニック頭上げて。お礼なんていいから。当然のことをしただけだし」

「……」


 リナは、そう言ってニックの肩をそっと掴んで上げる。シルヴァは、ただ黙っていた。


「本当にありがとう」


 顔を上げたニックは、もう一度だけみんなに向けてお礼を言った。




「そういえばニック。ジゼルが来る前に何か聞こうとしていたが、どうしたのじゃ?」


 唐突にロゼリアがニックに問いかける。

 ニックは、さっきの出来事に驚きすぎて正直自分でも忘れていた。

 確か、使い魔のことについて少し聞きたいことがあったけど……。


「いえ、大丈夫です。今日は色々とあって疲れたのでまた後日聞きます」

「うむ、そうか。とりあえず、お前はしっかりと休め」

「はい!」


 元気よく返事をしたニックは、ジゼルが開けっ放しで帰った扉に向かって歩き出す。その後ろを追いかけるようにリナとシルヴァもついてくる。


「あれ? シルヴァも一緒なの?」


 リナが自分の少し後ろにいる黒いローブを着たシルヴァに質問する。


「あたりまえだ。俺は、ニックの使い魔だぞ? 一緒にいなくてどうする」


 その言葉にロゼリアの部屋から出ようとしていた足が止まる。そして、ゆっくりと振り返った。


「えーと……一緒にいるってことは、つまり僕の部屋に一緒に住むってことですか?」

「もちろんそのつもりだが?」

「ま、マジですか……」


 学生寮の一つの部屋は意外と狭い。

 ただでさえ、面積がないのにシルヴァのようなニックよりも身長が高い人が部屋に一緒に住んだらニックの部屋のスペースはほぼ無くなってしまう。

 だが、その心配はロゼリアの言葉によって解消された。


「あー、シルヴァの部屋じゃがニックの隣の部屋を使ってもらう。丁度、空き部屋じゃったからな。シルヴァは、今日からそこで暮らしてくれ」


 何やら書類のようなものにペンを走らせているロゼリアは、こちらを見ずに声だけをニックたちに向けた。


「ふぅーー」


 安心して思わず息を吐く。

 ニックは、リナとシルヴァを後ろに連れてロゼリアの部屋から静かに出ていった。






 ロゼリアの部屋から出ていった三人は、学生寮に向かうため本校を出てその道を歩いていた。

 ニックが起きて何時間がたったのかは分からないが、日がすっかり顔を出しその眩しさに思わず目を細める。

 三人は何も話さず学生寮までの道のりをただ黙って歩いていた。

 シルヴァは、ロゼリアの部屋から出てから黒いローブに付いているフードを被って歩いている。その為、たまにすれ違うユートリアス学園の生徒が不審な目で三人を見ていた。



 学生寮に着いた三人だが、寮の入り口の目の前に二階にある女子寮へと続く階段でリナとは別れニックとシルヴァとで自分たちの部屋を目指す。


「……」

「……」


 う~。気まずいな……。なんか。


 そんなことを思っているうちにニックは、自分の部屋の前まで来た。自分の部屋のドアノブに手をかけ開ける。だが、何か言おうとシルヴァの方へ顔を向けたがすでにシルヴァは、部屋の中に入っていった後だった。

 仕方なく、ニックはドアノブを回し自分の部屋の中に入っていった。

 ニックの部屋はシンプルで、狭い部屋の中にベッドと衣類を入れるクローゼット。それに勉強するために置いてある机、勉強のための教科書を入れる本棚のみ。娯楽ごらくのためのものは一切なかった。

 そんな部屋にあるベッドに倒れるように寝転がる。

 一度に色々な事があり今でも頭が混乱中だ。

 その中でも、ニックが気になってることは、


「魔王シルヴァ……か」


 全くの謎の存在。それが、自分の使い魔であるのだが、さらに謎だ。


「あー、もう考えるのやめよ……」


 そうだ。とりあえず、今日はもう疲れた。寝よう。

 ニックは、そのままゆっくりと目を閉じる。ニックが、深い眠りに落ちるまでは数分とかからなかった。



 

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