第8話 邪竜との戦い

 ドラゴン片翼かたよくは切り口から血を吹き出しながら地面に落ちる。地面に落ちた翼からは蒸気のようなものが出ていた。

 男が身に付けている黒い鎧から血がポタポタとしたたっていてこの男の特徴的な銀色の髪にも血がついていた。

 ニックの所からでも血の独特な鉄のような臭いがにおってくる。


 ドラゴンは、苦痛に耐えながらゆらゆら宙に浮かせていた尾を男のいるもとに降り下ろす。物凄い音と砂煙が立ち込めニックたちのいる場所に物凄い震動と衝撃波が襲う。ニックとリナは、腕で顔をかばいながら必死に衝撃波に耐えていた。

 そして、静かに風が吹いて砂煙がゆっくりと消えていく。

 通常ならばあの一撃でペチャンコだが、その場に男は居なかった。その男は、ドラゴンの後ろにある半壊した家の屋根に黒く長い大剣を担いでいた。


「あの人、さっきからなんだあの移動速度は! まさか、あれも魔術なのか!? でも、そんな魔術聞いたことが……」

「ニック、あれってもしかして……転移魔術てんいまじゅつじゃない?」

「転移魔術……って……あの転移魔術!?」

「う、うん。たぶん、そうじゃないかな? じゃなきゃ、あんな早く移動できないよ」

「転移魔術っていったら、確かに一瞬で移動できる魔術だけど…だとしたらあの人、上位魔術をさっきから無詠唱でやってるってことだよ? そんなのもはや魔法の領域だよ」


 上位魔術の無詠唱は、誰もが憧れることだ。けど実際、上位魔術の無詠唱を実現するのはとてつもなく難しい。どんなに優れた魔術師でも3節がやっとなのだ。だから、もし上位魔術を無詠唱でしていたならそれは、魔術ではなく魔法だと前にロゼリア先生は言っていた。


「それにあの人は、防御結界ぼうぎょけっかいも発動してるだよ? そんなこと…ありえないよ」

「じゃあ、あの移動速度はどう説明するの」

「そ、それは……」


 説明できない。

 あんな速度で移動できるのは、本当に転移魔術しかない。


「けど……そんなことって、本当に……」




 ドラゴンは、男を踏み潰した感覚が感じられなかったのか重い頭を動かして男を探す。


「どこ探してんだ。俺は、後ろだ」


 男は、ドラゴンの後ろから挑発的な口調で声をかける。

 その声に反応したドラゴンは、首を後ろに向け鋭い眼光を男に向けた。ドラゴンは、口を勢いよく開けて男に向かって炎を吐いた。その炎は、真っ直ぐに進み全てを燃やし尽くしていく。炎は、地面を溶かして瓦礫など最初からなにも無かったように消え去っていた。地面が、ジリジリと焼けたような音がかすかに聞こえる。


「なっ……」


 あの至近距離で、炎を吐かれたら普通避けられない。だが、避けられる方法があの男には、あった。


「転移魔術なのか……本当に……」


 ドラゴンの後ろにいたはずの男は、ドラゴンの正面に移動し遥か頭上に浮いていた。


「さて、そろそろ終わらせるか……」


 そう言って男は、大剣を持ち上げ剣先けんさきを天に向ける。

 するとその大剣から、禍々しいほどの魔力が放出されその黒い刀身は徐々に長く大きくなっていく。

 ドラゴンもとてつもない魔力に気がつき男の方へ顔を上げる。そして、男に向けて大きく口を開けさっき大地を溶かした程の炎を再度男に吐こうとしていた。


「確かに、お前は強い。さすが伝説の邪竜ってところか…。だが、相手が悪かったな」


 男の持つ黒い大剣は、目の前にいるドラゴンよりも大きくなっていた。その剣はまさに異常だった。その剣から発せられる魔力にニックとリナは息を飲んだ。

 上空に浮いて剣を上げている黒い鎧を身につけた男は、冷たい目でドラゴンを見下ろす。


「───眠れ」


 小さくそう言って黒く長い剣がドラゴンの頭上に降り下ろされる。それと、同時にドラゴンも炎を吐いた。だが、その炎は黒い大剣によって裂かれそのままドラゴンに叩き落とされる。ドラゴンにその剣を避けられずはずもなく剣は、ドラゴンの吐いた炎ごとその体を真っ二つに斬った。

 ドラゴンは、鳴き声を上げることもなく二つに分かれ体が大量の血を吹き出しながらゆっくりと左右に割れる。

 二つに割れたその体からも蒸気のようなものがたっていた。


「あっ……」


 言葉が出てこない。

 さっきまで炎を吐いて町を破壊していたドラゴンは、真っ二つにされ生きてるはずもなく辺り一面を血が大きな水溜まりとなっていく。そんな光景を目の前にしてニックは開いた口が塞がらなかった。


 男は、ゆっくりと上空から降りて来た。さっきまで持っていたドラゴンよりも長い大剣は、初めて見たときと同じような剣に戻っていた。だが、地面に着いた男一つ息はくとその剣は一瞬にして消え去った。


 怖い。

 ニックは、心の底からそう思った。けど、恐怖心より何故か興味の方が気持ちは大きかった。自然と口は動き言葉を発していた。男の背中に向かって今、自分が一番聞きたいことを率直に聞いた。


「あなたは……何者なんですか……」


 その言葉が聞こえたのかゆっくりと男は、振り返る。ドラゴンの血によって少し汚れた銀色の髪が風でなびく。快晴の空のような青い瞳がニックの黒いメガネを通して見つめてくる。

 男は、ニックに向けてハッキリとした口調で喋った。低い声がニックに届く。



「俺の名前は、シルヴァ」


 シルヴァ、と名乗ったその男はさらに続ける。




「魔王シルヴァだ」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る