最強魔王の夢物語（ユニバース）

第6話 謎の男

　全く知らない男が立っていた。

　全身を黒い鎧が包み込み、攻撃されたときの衝撃波で靡（なび）く銀色の髪。その髪から飛び出ているとんがった耳。後ろから伝わってくる威圧感。その男は、片手で発動した魔術で竜（ドラゴン）の腕を受け止めていた。宙に発動された魔法陣はさっきニックが発動した物とは大違いだった。

「……」

　言葉が出てこない。何が起きてるのかさっぱり分からない。

　すると、男が肩越しに振り返る。そこから、僅（わず）かに見える青い瞳。快晴（かいせい）の空のような、汚（けが）れのない青い瞳。それが、ニックを捉える。だが、すぐに前を向いた。

　男は、フッと鼻で小さく笑うと魔法陣で受け止めていた竜（ドラゴン）の腕が勢い良く吹き飛ばされる。それに、驚いたのか竜（ドラゴン）はグルルと眼を見開きながら後ろに数歩後退する。その度に、物凄い震動が体に伝わってきた。

　ゆっくりと、手を下ろす男。そして、顔を向けずニックに喋りかける。

「俺が、あいつを倒す。だから、お前はここにいろ」

　その瞬間男が身を屈（かが）める。そして、勢い良く跳躍（ちょうやく）する。ニックは、その男を必死に目で追う。

　男は、竜（ドラゴン）の顔の前まで来ると顎に向かって思いっきり足を蹴りあげる。竜（ドラゴン）の顔が強制的に天を向く。そして、また地面に降りて竜（ドラゴン）の胸に回し蹴りを食らわせる。それにより、地面をえぐりながら竜（ドラゴン）は学園から町に吹っ飛ばされる。

　男は、一つ息をついて右手を広げる。

「ふぅ……」

　すると、魔法陣が発動しそこから棒らしきものが出てきた。それを男は掴むと魔法陣がゆっくりと動いて棒らしきものの正体が明らかになる。

　それは、男の身長より長く刀身がただただ黒い大剣（たいけん）。その剣から発（はっ）せられる禍々しいほどの魔力。その魔力にニックの体が強（こわ）ばる。

　そんな剣を軽々持ち上げて肩に担ぐ男。その瞬間、その男はニックの前から消えた。

「えっ……ど、どこに行った！」

　一瞬にして消えた男を周りをキョロキョロして探すニックの後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。

「ニックーーー！！」

　声のした方を振り返るとリナが走ってこっちに向かってきていた。

　ニックのもとまで来たリナは必死に荒れる息を落ち着かせる。そんなリナに、

「リナ！ 先生たちは？」

「そ、それが…。学園内に入れないの」

「え？ どういうこと？」

「わ、私にも何が起きてるのか分からないんだけど……学園の扉という扉が、全部固定されたように動かなくて」

　ゆっくりと息を整えるリナ。そんなリナにニックは質問する。

「中からは？」

　リナは、首を横に振った。

「ダメみたい。たぶん、何かしらの魔力が働いてるんじゃないかって言ってた」

「ん？ 誰が？」

「ロゼリア先生だよ。今、中でその魔術を解こうとしてる」

「そうなんだ。でも、どうやって会話したの？」

「めっちゃ大声で叫んだら聞こえたから、そのまま会話したの。そのせいで、ちょっと喉（のど）が痛い……」

　自分の喉に手を当てるリナは、不安な目をしてニックを見つめる。

「ニック……あの竜（ドラゴン）は……？」

　それを聞いてニックは、あの男と竜（ドラゴン）のことを思い出した。周りを見渡しているといきなり学園を包み込むように何が張られた。

「こ、これは……防御結界（ぼうぎょけっかい）！！」

　リナは、首をかしげてニックに問いかける。

「防御結界？」

「うん、これは下位魔術である防御魔術の上位魔術版だよ。魔術を完全に防ぐ絶対的な魔術。それ故に、魔力の消費が激しすぎておいそれと使えない。けど……これは……」

　こんな大きさで防御結界を発動させるなんて……。なんて、魔力の持ち主だ。一体誰が……。

　ニックが考え込んでいると、リナがニックの制服の裾（すそ）を引っ張る。

「？」

「あ…あれ…」

　リナが、白い指をゆっくりと怯えた表情でその方向に向ける。その方向にニックは、顔を向けるとそこには竜（ドラゴン）とあの男が町の中心部にいた。

「な…」

　その竜（ドラゴン）は、こちらに口を大きく開けていた。そして、その口から物凄い炎が放たれる。

　普通ならば、打たれた時点でニックたちの運命は閉じる。だが、その炎を完全に防いだのは誰かが張った巨大な防御結界。それにより、ニックたちは助かった。

　安堵（あんど）の息を漏らすニック。

　そして、意を決したようにそっちの方に歩き出すニックの腕をリナは強く掴む。

「ニック！ どこに行くの！」

　掴まれたニックは、振り返る。少し俯（うつむ）いたリナは、小さく言う。

「どこに……行くの……」

「……あの竜（ドラゴン）の所にだよ」

「──っ！」

　その言葉に俯いていた顔を勢い良くあげるリナの赤い瞳は少し潤（うる）んでいる。そして、叫び声のような声がニックの耳に届く。

「なんで……わざわざ危険な場所に行こうとするの！ ここに入れば安全なんだよね！？ それなら──」

　ニックは、ゆっくりと首を振った。

「行かなきゃいけないんだ。自分でも何言ってるか分かんないよ……でも、行かなきゃって思うんだよ」

「意味分かんないよ……」

「だよね……けど、僕は行く……誰になんと言われようとも行かなきゃ」

「……」

　黙ったまま数秒間。未だ掴まれたままだが時（とき）が立つにつれて握られる強さが大きくなっていく。

「なら──」

「ん？」

「なら！ 私も行く！」

「なっ！ リナはここにいて！」

「もう……行くって決めたから……」

　こうなると、リナはもう言うことを聞かない。一年の付き合いでそれは、察することが出来た。

　掴まれている腕は震えているが、リナの赤い瞳は何かを決したような目をしていた。それに、負けたニックは「分かった」そう言うと、リナはニックの腕を離す。

「良いんだね？ 防御結界の外に出たらこの魔術を解かない限り中には戻れない。外には、あいつがいる。だから……最悪の場合……」

　死ぬ。

　けど、何故だろう……。ニックにはそんなことは起きないという自信があった。だから、そっちに行くというわけではない。ただあの男。そっちの方がニックには気になっていた。

「じゃあ……行こう」

　前を向いて、走り出す。その後ろをリナは黙ってついきた。