第2話 アタシは本当の自分ってやつを知らない

 突然だけど、『本当の自分』って言葉あるじゃん。

 あれって本当にあるのかな。あるとしたら、どうやって見つければいいのかな?

 家が火事にあったら? 大切な人が死んだら? お酒を呑んだら?

 そんなことないよね。もしそうだったら、大半の人間は本当の自分を知らずに死んでいっちゃう。

 これだけたくさんの人にこの言葉が語り継がれていることを考えると、ほとんどの人は本当の自分ってやつを見つけてるはずなんだ。

 目下、アタシが生きてる理由はこれ。アタシは本当の自分ってやつを見つけたい。――そのためならなんだってやる、って意気込んでとりあえず始めたのが『飲酒』かな。

 アタシは小学校の頃にはもう、家の冷蔵庫に冷えてるビールを親が居ない隙に呑むようになった。結果は可もなく不可もなくって感じ。なんだか頭がふわふわして、ガンガンして、音が遠くなって、あーなんでアタシはここに居るんだろう、なんでアタシはアタシなんだろうって気持ちになった。あの浮遊感を開放感って思えば思えなくもないけれど、あんな風に酔ってしまうと外に出て遊ぶこともできないアタシからしてみたら、閉塞感以上のものではなかった。飲酒はその後も何回か繰り返したけれど、中学校に入ってしばらくしたら、自然と断ちきっていた。やっぱり子供にとっては外>酒らしいね。

 次にしたのが『筋トレ』。ほら、人間だって動物だし狩猟本能があるわけじゃん。なんだって一位になれればうれしいし、負けてしまったら悔しいじゃん。だから、誰にでも勝てるようにって頑張ったんだ。食事制限とか有酸素運動とか、シンプルにダンベルとかスクワットとかも。だけど、向いてなかったんだろうね。お腹の肉が減ってきたかなーって思ったあたりでどうでも良くなった。何してるんだろう自分ってなった。この先になりたい自分は居ないって思った。だからアタシは筋トレをやめた。

 その後も勉強とか、恋愛とかいろいろ広く浅くやってみたけど、結果はどれも芳しくなかった。中にはアタシに向いてるな、って思ったこともあったけど、例え向いてたってやりたくないこととか、向いてないけどやりたいこととかが多すぎて、結局どれも実を結ばなかった。

 そもそも本当の自分って何なんだろうね。身体が得意なことが本当の自分なの。それとも自分が好きでたまらないことが本当の自分なの。どっちも本当で、どっちも違う気がするよね。

 結局、よくわからないまま日々を過ごしたある日、友達の一人から『援助交際』ってやつを誘われた。まあ、日々色んな隠語が生み出されてるからアタシにとって分かりやすい言葉で理解しているけど、要は若い身体をおじさんに売って、お金を得るっていうやつ。その子は高校生なのに、芸能人が持ってるようなブランド品を何個も持ってた。正直ブランド品には興味が無いからそれは羨ましく無かったけど、単純にお金が手に入るのはいいかも、って思った。

 所詮高校生だったアタシは金銭面で諦めていたことが多かったから、これで少しは世界が広がると良いなって思ったんだ。

 最初の一回目はその友達がサービスですごく良い人を紹介してくれた。お金払いが良くて、セックスも丁寧で激しくないスローセックス派のおじさん。名前は忘れちゃったけど、処女を卒業するには悪くない人だったと思う。丁寧な愛撫で少しずつ緊張がほぐれて、初めての感覚が身体の奥からにじんで溢れてくる感覚がした。これが俗に言う快感なのかな、って思った瞬間から脳みそがその感覚しか受け付けなくなって驚いた。そんな中での初体験だったからか、聞いていたよりも破瓜の痛みも酷くなく、あっという間にアタシの初体験は過ぎていった。

『良かったよ。また頼むよ』

 と渋い声をかけ、アタシに5万円を手渡して去っていったおじさん。最初は別に声も好きじゃなかったけど、行為の最中に絶えずアタシに優しく話しかけてくれていたからから、終わった後はその声が心地よくて仕方なかった。

 何はともあれ、もらった5万円という大金を手にアタシは夜の街を少しだけ歩いた。5万円はとても財布に入れる気持ちにならなかった。誰かに気付かれてゆすられたら嫌だから、カバンの中に突っ込んだ手で握りしめていると、目の前にたい焼きの屋台があるのに気付いた。

 夜の風が冷たく、すっかり身体も冷えていたアタシはそのお金を一枚店員に渡して、売られていた全種類のたい焼きを買った。たい焼きは一つ目は甘くて暖かくておいしかったけど、最後の一個はすっかり冷えてておいしくなかった。お腹もいっぱいでもはやどうでもよくなっていた。

 ――これが、アタシの初体験の記憶だ。今でも忘れられない濃密な一日だったと思う。

 冷えたたい焼きの味は、それからも続ける援助交際ごとに思い出す、アタシにとっての思い出の味になった。

 もし、本当の自分ってやつが、他の人の知らない自分のことを指すならば、援助交際をするアタシが本当の自分なのかな、って思うけど、これだけがアタシの本当の姿だって言われるとむかっぱらが立つから、アタシはまだまだ本当の自分ってやつを探し続けることにした。


 それから季節が一つ過ぎ、財布に入れられないお金は、気づけば7桁に到達していた。

 ――アタシ、やりすぎだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神様の本心 汐月夜空 @YozoraShiotsuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ