神様の本心

汐月夜空

第1話 アタシが母親なんて何かの冗談だろ

 ――神様はきっと、アタシのこと、嫌いなんだろうな。

 アタシは物心ついた時からうっすらそんなことを感じていた。その感覚は時を経るごとに強くなり、いつしか確信へと変わった。


 そりゃそうだ、とアタシは思う。神様を産んだ聖女の名前なんて、一人の人間が背負うには重過ぎる。そんな名前を背負わせた両親を恨むほどには、アタシはこの名前が嫌いだ。大嫌いだ。

 それに加えて、まだひらがなだったりカタカナだったりした方がましだっていうのに、言うにことかいて魔璃悪とかくそみたいな漢字を当てやがって。キラキラネームどころかヤミヤミネームじゃねえか。

 絶対使ってやるもんか、と心に誓ってからはアタシのテストの答案の名前欄は『唐杉マリア』と書かれるようになった。先生もアタシの気持ちが分かるんだろう。今のところ特に指摘は受けていない。


 ――と、話が横にそれた。

 いや、アタシ、今現実と向き合いたくなくて、うっかり過去に思いをはせちゃうんだよね。許してほしい。ううん、本当に許してほしいのは話の脱線じゃなくて、目の前の出来事に対してなんだけどね。

 アタシの右手が持つ軽くて白い棒には、ややうすぼんやりとした赤い線が一本浮かんでいる。メーカーによっては青い線の場合もあるらしいけど、アタシが買ったのは赤いタイプだったらしい。もう購入が習慣化してたから特に意識してなかった。まあ、赤はいいよね。なんか生きてるって感じがする。

 生きてる、のかなあ。ほら、まだ1か月とちょっとだし、まだまだ人間とは程遠いでしょ。それなら、ほら、おろしてしまったって――

 いいじゃん?

「うぇ、ええええぇっ!」

 アタシはそこまで考えて気持ち悪くなり、胃の中のものを吐きだした。

 別に妊娠のせいで気持ち悪くなったってわけじゃない。ただ、自分の考えが気持ち悪かっただけだ。

 おろす、って何を。赤ちゃんを? 赤ちゃんを殺すの? アタシが? 何で?

 ――そんなこと、出来るわけないじゃん。


 これはきっと罰なんだ。アタシはよりにもよって跳ねやすい和式便器に涙と胃液を垂れ流しながら、そんなことを思う。

 これは、神様の大切な人の名前を騙った罰なんだ。

 だから、マリア様と同じようにアタシは懐妊してしまったんだ。

 もちろんアタシは処女じゃないから、まったく同じじゃないんだけれど。


 ねえ、神様。

 この子、一体誰の子供なんですか?


 アタシはさ、時系列的に心当たりのある三人の男を思い浮かべながら、その答えを神に頼った。それはまあ、形式ばったものだよ。オーマイゴッドみたいなもの。お約束的な。


 だからさ、アタシのこと、許してほしいんだ。


「呼んだのはお主かな。カラスギマリア」

 まぶしくて目が開けられないほど、どえらい後光を持つ幼女がアタシに声をかけてくるなんて非日常がアタシにやってくるなんて、一体誰が分かるっていうんだ。

 勘の良い人なら分かるよね。イエス。この人が神様。

 現実逃避したくなるアタシの気持ち、わかってくれるよね?

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