第2話

ジリリリリと、体の大きさに不釣り合いな爆音を目覚まし時計が鳴らす。この爆音のおかげで、起きられないと言う被害がない代わりに激しく不快な朝を迎えると言う対価を払っている。分かってはいるが不快なのには変わりない。心地よい朝を生贄にすると言うのは嫌な生贄だ。

 僕は喧しい時計を叩いて黙らせると、のそのそと布団から這い出る。寒い。体を刺すような寒さが襲ってくる。寒さに震えながらジャンバーを着こみ、ヒーターのスイッチを押し、食パンを棚から取り出してトースターに突っ込んだ。

 外で風がうなり声をあげ、窓枠を激しくカタガタと鳴らしている。風が吹くたびに、ヒーターによって暖められた部屋の温度が酷く下がったように感じる。実際に下がっている確信はあるし、壁や窓枠から風がすり抜けて入ってくる。このアパートではヒーターは意味を果たさないのかもしれない。とは言え、目の前に座れば寒さは凌げるのだから重宝はしている。

 トースターが焼き上がりを知らせる音を鳴らす。ストーブの前で体を丸めるのを中断して焼きあがったトーストを取りに行いった。冷蔵庫からとりだしたバター、と呼んでいる安売りで買い込んだマーガリンを塗りたくって無雑作に口に放り込んだ。口の中が油で気持ち悪くなる前に咀嚼も早々に打ち切って飲み込む。美味しいモノでもないし、極寒の朝に美味しく食事をとると言う状況でもない。

 朝は様式的だと思う。毎日同じようなものを同じように食べ、同じように歯を磨き同じように温めておいた作業服を着る。それを言ったら人生は様式的か。

 防寒対策は万全に自転車にまたがった。会社まで自転車で30分程度漕いで、近くのスーパーマーケットに自転車を停め後は徒歩で数分で到着する。

 通勤手当がガソリン代の高騰に付いてこない。だから、ガソリン代に負けてしまうのだ。持ち出しができるのが嫌で車を使わずに通勤している。通勤手当詐欺かも知れないが、薄給で持ち出しを要求するのは流石に酷じゃないのか。この程度ならいいじゃないか。

 職場に付く前から、工場の機械の轟音が聞こえる。近隣住人はどう思っているんだろうか。まあ、心配してるわけじゃないんだけど。僕は少し早足に門をくぐり、タイムカードを押しロッカーに防止と名札を取って持ち場へと向かった。

 この会社は、50人足らずの小さな会社だ。顔は全員覚えれるくらいの人数なんだけれど、入れ替わりが激しいせいで誰か分からない人が多い。まあ、仲良くなりたいわけじゃないし構いはしない。

 この会社は人数が少ないから何でもやらされる。溶接してから仕上げに全体を磨いて、気密性に問題ないか水槽に沈める検査まで。

 真冬だと言うのに、溶接の熱や機械の放射熱のおかげで汗だくになって昼を迎える。僕だけでなく同僚も汗だくで、作業服を汚しきっていた。顔はすすだらけだ。正に、痰を吐きて見よ真黒なる塊りの出る環境と言う所か。だけれど誰も防塵マスクを配備しようとすることもない。そういった考えもない人の集まりなのか、マスクの存在すら知らない人たちなのか僕自身判断付きかねている。

「あー疲れたな。飯じゃ飯。おい、高田飯行くぞ。」

「はい、分かりました。ちょっとこいつを終わらせたら直ぐ行きます。」

「なんじゃお前、そんなもん放っておけばいいのによ。」

 先輩はそう言って手洗い場に向かっていった。口は悪いが悪意があるわけじゃないのは分かってる。そういう人種と言う奴なのだ。数分でも休憩時間に食い込んでまで仕事をする人は少ない。ひょっとすると僕だけかもしれない。つまり、僕はここでは変人だ。真面目・・・・と言ってほしいけどそんな気の利いた事は言ってもらえないだろう。

 昼休みに5分ほど食い込んで僕は手を止めた。そろそろキリも良いし食堂に行こう。手洗い場に向かい、石鹸を手に取って蛇口をひねった。水の冷たさが気持ちいい。体全体を包む熱気と、近くに置いてある機械の熱気と轟音を一瞬とは言え中和してくれる。

 社員食堂がこの会社にはあって、全員がそこで食べる決まりだ。仕出し弁当が人数分用意され、同じ釜の飯を食うと言う社長の拘りが発揮されている。

 近くの商店街に仕出し弁当屋があり、お世辞にも旨いとは言い難い昼食が運ばれてくる算段だ。ハッキリ言って強制されるのは不愉快だし、疲れて参っている昼に不味い飯を食わされるのは苦痛だ。脂っこくて油をろくに落としていない揚げ物に、下に敷き詰められた揚げ物の油をたっぷりと吸いきったベトベトのキャベツを毎日食わされる身にもなってほしい。

 社長の拘りと言っても、仕出し弁当屋が社長の友人がやってるからと言うのは周知の話だ。何度も労働組合が自由にするように要求したみたいだけど、取り付く島もないどころか怒鳴り散らされたらしい。オーナー会社にありがちな独裁の形だよなあと強く思う。労働組合が無いに等しいのだから、待遇すべては推して知るべし。顔と名前が一致する前に辞められる理由は言うまでないだろう。

 食堂に行くまでに逆方向に向かう人間とすれ違う。10分に満たない時間で食べ終えて休憩に向かうのだ。恐ろしく早い。噛んで食べてるんだろうかと毎回不思議に思うのだけれど、旨くもない飯をゆっくり食べる理由もないかと納得している。とは言え、そんなに早い人はごく一部で大部分は食堂に残っていた。

 適当におかずとご飯の弁当箱を掴んで定位置に座る。粗末な机に粗末なパイプ椅子、この劣悪な昼食にはうってつけの環境だ。蓋を開くと、いつも通りの水で誤魔化せるだけ誤魔化した、口の中でぐちゃぐちゃと不快音をたてる水分過多の白飯と、これまたいつも通りの漬物とお浸しと揚げ物に敷き詰められたキャベツが現れる。まるで囚人と囚人飯。ありがとう社長、あんたのおかげで捕まったとしても臭い飯が苦にならないよ。

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