第2話

 リンコは半ばがっかりした心持ちになった。いくら長という偉い地位の人であっても、目の前のドゥルラナよりイケメンなのだろうか……。そんなくだらない心配事に頭を悩ませた。どうもドゥルラナがくれた茶が変な気持ちにさせているようだ。重要な事が考えられない感じだった。目の前のすべてがおかしなことなのに、気にならなくなっていた。それ以上に、ドゥルラナに魅せられて、今ではそのたてがみや毛並みにうっとりしているほどだった。黒い巻き毛から生えている、鹿の角も美しく思えた。それ以上に、ドゥルラナから香る、清々しい香りも好きになった。じっとしていられなくなって、思わず、ドゥルラナのたくましい麒麟の体に触れた。


 ズザッ! と、勢い良く、ドゥルラナが後ずさった。その顔が青い。


 リンコは驚いて彼を見つめた。


「すみません、わたしに触れないでくれますか」

「え……、ごめん……」


 ドゥルラナに拒絶されたことが、リンコにはとてつもなく悲しいことに感じられた。まるで、安井と貴子の時のような、突き放された寂しい気持ち。それによく似ている。なぜ、こんなにも寂しく悲しい気持ちになるのか、リンコ自身も良くわからなかった。手近なところから答えを求めようとして、ドゥルラナが意地悪だからだと思い込もうとした。それまで一欠片もなかった警戒心で、心を固くして、リンコは質問した。


「呼び出したって言ったよね? なんでわたしだったわけ? 同じ部族とかなんとかいうなかに女の人はいなかったの!?」


 すると、意外なことにドゥルラナが深いため息を吐いた。

「います。我が部族はユトラウスの中では一番雌が多い部族なのです。ですから、長にも許嫁がいます。しかし、長がその雌を望まれていないのです」


「要するに、その女の人が嫌いなんだ……」


 雌というのが気に食わなかった。もしかすると、女の人も麒麟の姿をしているのかもしれない。それで、動物にような呼び方なのかもしれない。


「なんで、その人が嫌いなの?」


 素朴な疑問だった。長なら社長のようなものだ、とリンコは解釈した。社長が許嫁を嫌うのは政略結婚だからだろうか?


「嫌い……。嫌いかどうかは分かりません。ただ、ディヴァナシー様を疎んでおられるのです。先祖返りだからかもしれないでしょうね」

「……先祖返り?」

「先祖返りは醜いとされており、代々先祖返りの雌が生まれると、必ず次の長の許嫁に決められるのです。それが気に入らないのかもしれません」


 それを聞いて、リンコは憤慨した。

「ブスだから、結婚したくないって……。それじゃ、そのディ、ディ……」


「ディヴァナシー様です」

「ディヴァナシー様って人に失礼よ! それに先祖返りってそんなに醜いの? あなたはすごく綺麗よ?」


 ドゥルラナの頬が赤くなった。

「ありがとうございます。通常、雌はリンコのような姿をしています。しかし、先祖返りをした雌には尾と角があるのです」


 リンコはドゥルラナの立派な二本の角を見つめた。

「そんな角があるの? あなたみたいに綺麗なしっぽも?」


 リンコが褒めるたびに、ドゥルラナは顔を赤くする。


「ねぇ、なんで顔が赤くなるの?」


 すると、ドゥルラナがリンコから目をそらして呟く。

「わたしが特別に美しくはないからです。標準的な雄です。美しさなら、長が一番優れておられます」


「あなたが標準なの!?」

 その言葉にリンコは驚い

「あなたが標準なら、その先祖返りさんもそれほどブスなわけないんじゃないの?」


「もしかして、リンコはかんばせのことを言っているのですか? 醜いというのは、顔のことではないのです。容姿を指すのです」

「容姿……」


 そういえば、リンコの父親が競馬を見ている時にうんちくを垂れたことがある。馬の美しさはその姿形であって、顔のことじゃないんだよ、と。麒麟も似たような見方をするのだろうか。そうなると、今度は自分のことが気になってくる。麒麟の雌は人間と同じ姿をしているというのだから、リンコの知っている価値観と同じかもしれない。姿形の美しさも重要なのだろう。先祖返りが醜いのなら、リンコの考えている美しさが基準かもしれない。だとしたら、リンコはどうなのだろう。ディヴァナシーと言う人と変わらないかもしれない。


「わたしは? わたしは綺麗な方なの?」


 すると、ドゥルラナが顔を赤くしたまま、答えた。

「あなたは可愛らしい。まるでうさぎのようです」


「う、うさぎ……」

 リンコは拍子抜けした。


「わたしたちはあなたよりも体が大きいのです。雌も同様です。ですから、それより一回り以上小さなあなたは可愛らしいというしか……」


 たしかに麒麟の下半身を持つドゥルラナは大きかった。それに合わせて雌も大きいのだろう。


 リンコは茶を飲み終えて、ドゥルラナに一番気になることを尋ねた。

「それで、花嫁になった後は、わたし、家に帰られるんだよね?」


 目の前の綺麗な人が顔を伏して言った。

「わかりません。長次第でしょう」


「ええ!?」


 リンコは器を落とした。そのままドゥルラナに駆け寄って、胸や肩を叩いた。


「そんなの聞いてない! 花嫁って、本当にそういうことなの? ちょっと待ってよ、勝手にこんなとこに呼び出されて、わたしの意志とは関係なく花嫁になれって言われて、嫌だよ! 何言ってんの!?」


「リンコ、リンコ。体に触れないでください。落ち着いて……! 役目を終えられたら、あなたを元の異界に帰します。約束しましょう」


 リンコは顔をひきつらせて呟いた。

「役目って……?」


 リンコにはなんとなく想像ができた。花嫁とは結婚するということだ。結婚して、それから生活したりする。そういうことを指すと思っている。ドゥルラナもそう言うと思っていた。しかし、ドゥルラナの言葉は、リンコの想像を超えた。


「仔をなすまで、ここにいてもらいます」


 花嫁なんて綺麗な言葉は嘘だった。リンコは目の前が真っ白になっていくのを感じた。子供を生む道具として、リンコはこんな場所に呼び出されたのだ。あまりのショックに、リンコはそのまま床にくずおれた。

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