第二話 堅牢堅固

(……よし!)

 梅平は、スマートホンからカバーを外すと、それを閉じた状態で、助手席に落とした。携帯電話のタイマーをいくつかセットし、音量を最大にして、ドアの右端に立てかける。目覚めた時と同じように寝転がり、イヤホンと靴を手に持った。

 しばらくして、運転手が帰ってきた。扉が開かれ、閉じられる音、シートに座る音、シートベルトが引かれる音が聞こえる。その時、タイミングよく、タイマーが鳴った。

「えっ?! ……マジかよ……まだ持ってやがったのか……」

 運転手の声が聞こえる。その後、ため息を吐く音、シートベルトがしまわれる音、ドアが開かれる音がした。最後に、扉が閉じられる音と、振動が響く。

(今だ!)

 梅平は跳び起きた。腕を壁の穴に突っ込み、靴を助手席に向かって垂らす。

 がちゃ、と客席のスライドドアが開かれる音がした。思わず、全身が硬直する。

 しかし、運転手は入ってくるどころか、扉を全開にすることもなく、そのまま閉めてしまった。

(立てかけておいたスマホが、外に落ちたおかげだろう……さらにあのケータイは、秒刻みで次のものが鳴るように、ずらしてタイマーを設定している。きっとドライバーは、鬱陶しく思って、本体の電源そのものを切ろうとするに違いねえ……そうやって時間を稼いでいる間に、「アレ」を手に入れなきゃ……!)

 靴が、何かの上に載る。梅平はその後、くっついたものを落とさないよう、けれど運転手が帰ってくるまでに間に合うよう、慎重かつ俊敏にイヤホンのコードを回収した。

 思惑どおり、スタンガンが貼りついていた。

 左手にそれを握り、穴の右側で待機する。〇・五秒後、運転席のドアが開かれる音がした。その後、ドライバーが座る音、扉が閉められる音、シートベルトが締められる音が聞こえた。

(今だ!)

 梅平は、スタンガンを作動させると、それを思い切り、運転手の首に押しつけた。

「ぐあああああああっ!」

 ばちばちばちばち、という、オーソドックス過ぎて偽物っぽさすら感じるような電撃音が鳴り響いた。ドライバーは、がたがたがた、と痙攣した。衝撃で、運転席にあるドアのパワーウインドウのボタンが押され、二ミリほど開く。

 梅平は、スタンガンを離した。運転手はその後、両腕と首を、だらん、と垂らして、前傾した。シートベルトのおかげで、倒れ込まずに済む。

 彼の首を触り、脈を確かめる。なんの振動も感じられなかった。

(死んだか……ってか、どんだけ威力強いんだよ、このスタンガン……改造してやがるのか……あの女子高生も、これで死んだんじゃねえのか?)

 とにかく、これで運転手の存在を心配する必要はなくなった。後は、このリムジンから脱出するだけだ。

 梅平は、台座からオレンジジュースの瓶を取り出すと、それで窓を殴ってみた。

 割れるどころか、ひびの一つも入らなかった。

 彼は、今度は振りかぶり、思い切り瓶を窓に叩きつけてみた。

 粉々に砕け散ったのは、瓶のほうだった。中身が辺りにぶちまけられ、甘い匂いが充満する。ガラスは相変わらず、割れるどころか、ひびの一つも入らなかった。

(随分頑丈にできてやがる……これも、誘拐したやつが途中で逃げ出すのを防ぐためか?)

 梅平はその後、運転席と助手席をデジタルカメラで撮影した。彼のスマートホンは、ドライバーのポケットの中にあるのがわかった。これでは、釣りの要領で取り出すことは不可能だろう。

 また、客席のドアのロックを解除できるようなボタンの類いも、見つからなかった。巧妙に隠されているか、あるいは、携帯型で、運転手が持っているのかもしれない。

(こうなったら、女子高生のケータイを借りるか)

 梅平は、そう心の中で呟くと、彼女のフィーチャーホンを釣り上げた。ぱか、と開き、スリープ状態を解除する。

 待ち受け画面には、死んだ女子高生と運転手が写った画像が使われていた。二人とも、笑顔だった。彼らの後ろには、リムジンが駐車されている。梅平が今乗っているものに違いなかった。

(なるほど……彼女とドライバーは、知り合いか)

 おそらくは、女子高生の家のお抱え運転手、という関係なのだろう。そして今回、ドライバーが裏切り、誘拐を企てた。

(攫うなら、リムジンに乗っている時──セーラー服姿だし、おそらく通学時──がベストタイミングだ。あらかじめ車を改造して、内側からドアを開けられなくするような仕組みをつけて……)

 そのままアジトへ連れていけば、途中で、誘拐に気づかれてしまうかもしれない。そのため、いったん彼女をスタンガンで気絶させることにしたのだろう。

(そうか……ひょっとしたら、運転手は、俺が攫われるまでいた裏山で、女子高生を気絶──実際は殺害だが──させたのかもしれねえな。あそこはかなり人気がねえし……)

 そして、ことを終えて客室を下りると、梅平がいた。デジタルカメラを持った彼が。

(「何か、まずいものを撮られたのではないか」。そう思ったのかもしれねえな。で、俺も誘拐することにした……こんなところかね……って、いやいや!)

 自分が攫われた理由など、推理している場合ではない。早く助けを呼ばないと。

 梅平はセンターキーを押した。「8桁の暗証番号を入力してください」というメッセージが出た。

(ちくしょうめ! ロックかけてやがる……何か、ナンバーを推測する手掛かりはないか? 女子高生の大切なものとか、好きなものとか……)

 好きなもの。

(そう言えば、水戸雲雀のグッズを持った状態で、プリクラに写っていたな……)

 女子高生は、彼のファンなのだろうか?

(ファンは、水戸雲雀のことを「雲雀様」と呼ぶ、とテレビで見たことがある……じゃあ、暗証番号は「雲雀様」……落ち着け、俺、数字じゃねえじゃねえか……)

 いや。

(「雲雀様」……この文字を、数字に変換する方法がある……ガラケーだ。ガラケーのキーは、数字と平仮名が対応している……)

 仮に、「ひばりさま」という文字列を、フィーチャーホンで入力したとき、押されるボタンの順は、「666*9937」だ。

(ちょうど、八桁だ)

 梅平は、先程思いついた文字列をフィーチャーホンに入力した。センターキーを押す。

 ピロリン、と音がした。「ロックを解除しました」というメッセージが画面に出る。

「おっしゃあっ!」梅平はガッツポーズをした。(後は、110番するだけだ! それじゃあさっそく……待てよ……電池はいくら残っている?)

 彼は画面の右上を見た。バッテリー残量を表すマークは空っぽになっており、その右横に「1%」という文字が表示されていた。

(まずい──残り一パーセント?! これじゃあ、110番している間に、電池が切れてしまうかも……)

 そう長々と、携帯電話を使うことはできない。現在地がわからないけれど、警察に自分のスマートホンのGPSを調べてもらえればいい、と思っていが、どうやら甘かったようだ。

(こうなったら、自力で現在地を突き止めて、言わないと……)

 しかし、今自分のいる場所など、どうやって調べればいいのか。近くに「一号公園」があるが、そんな公園、全国にいくらでもある。

 梅平は、注意深く車の周囲の景色を観察した。

(何か、現在地の手がかりになるようなものは……おっ?!)

 梅平は、東の空に、あるものを見つけた。

 ヘリコプターだ。側面に、文字が書いてある。よくは見えないが、「TV」と描かれているのだけは認識できた。ドアが開いていて、そこから男性が、地上に向けてカメラを構えている。レポーターらしき、マイクを構えたスーツ姿の女性も横にいた。

(テレビ局のヘリ! 今、空から中継映像を流している番組は?!)

 梅平は、慌ててリムジン中を探し、モニターやオーディオの操作盤を見つけた。テレビを点け、チャンネルを次々と切り替える。

(4チャンネルでは千葉県羅嘉瀬(らかせ)市、13チャンネルでは東京都大錫(おおすず)市、666チャンネルでは埼玉県鶯松(うぐいすまつ)市が空から中継されている……)

 市町村まで特定できれば、十分だろう。「〇〇市の一号公園にいる」とでも言えば、かなり絞り込んでくれるはずだ。問題は、三つの市のうち、どこに自分がいるか、だ。

(ローカルのテレビ局の番組でも受信していれば、突き止められるんだが、すべて全国放送のものばかりだし……待てよ、ラジオは? ラジオはどうなんだ?!)

 梅平はラジオを点けると、周波数を次々と切り替えた。そのうち、タイトルからして、千葉県のローカル番組であろう放送を受信することができた。

(決まりだ……ここは、千葉県羅嘉瀬市!)

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