終:真白編――そして彼女は新世界の神になる――

「本当に良いのだね、『真白まつくも』」

 背後から投げかけられた青年の声に、少女は深くうないずいた。

「今更考えを改めるまでもないわ」

 実際には数千年を生きた神である青年と、その従属である竜の少女は、ロワの山脈から眼下に広がる大地を見渡す。

 荒れ果てた世界。人間が独占欲にまみれ、もっともっとと欲して、他の国と争い合った結果、どの国も滅びて、飢えと疫病と貧困による終末だけが残った世界。

「僕はもうここを離れて、新たな大地を作る。君も、この大陸に執着する必用は無いんだよ?」

 最終確認の意味を込めて神は少女の背中に問いかける。それで彼女が意見を翻す事も無いとわかっていて。

「しつこいの」

 返ってきたのは、予想通りの答え。

感傷的センチメンタルなのはあまり好かぬがの、わらわを見捨てずにいてくれた人間が生きた地を放り出すほど、わらわも薄情ではなかったという事よ」

 そうなれば、最早問答を交わすのも無駄だ。青年神は赤の瞳を細め、長い銀髪をさらりと揺らして首を横に振った。

「やれやれ、君の人間びいきも大したものだ」

 いや、そういう風に彼女を生み出したのも、自分自身だったか。神は自嘲し、そうして薄桃色の髪の背中に再び声をかける。

「では、これからはこの大地は君のものだ。君の好きなように再生と破壊をもたらし、見守ってゆくといい」

 真白、と呼びかけようとして、自分の手を離れるのだからもうその名はやめた方が良いな、と青年神は小首を傾げた。

「君の神としての名を、決めた方がいいね」

「もう決めておるのさ」

 少女が振り返った。その口元には、ゆるい笑みさえ浮かんでいる。


「アリスタリア」


 かつて――彼女の時間としてはほんの一瞬だが――道を共にした男が口にした、哀れな運命を辿った姉妹の名を合わせた。自己満足かもしれないが、彼女らの分まで生きながらえる事ができれば、という願いを込めている。

「では、アリスタリア」

 青年神の男にしては細い指が、つっと荒れ果てた大地を指し示す。

「この大陸にも、新たな名前を。君の愛する世界になるのだから」

「それも決めておる」

『真白』、いやアリスタリアは、腕を組み、少女の外見に似つかわしくない老獪さを顔に宿して、宣誓した。

「『ライネ』」

 数百年の昔、喧嘩もしつつ、想いを寄せ合い、そして別れた人間達。彼らの名が長く歴史に残る事を願って、その名を口にする。

「アリスタリア。ライネを頼んだよ」

 青年神がさらりと銀髪を揺らして小首を傾げ、ゆるく笑むのに、にやりと笑い返して、アリスタリアは白い翼を広げてゆるやかに飛び立つ。

 終末の世界を再生させ、新たな世界の神となる為に。

「さて、まずは滅びから脱したら、国を作ろうかの」

 誰も聞いていない空を翔け、桃色の髪を風になびかせながら、彼女は笑う。

「フォルティア、ネーデブルグ、ステア、とでも名付けようか」


 それは、新たな物語の始まりでもある。

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狩竜奴ライルのとんだ災難 たつみ暁 @tatsumi

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