4:禍土編――本当に悪しきは誰なのか――
4-1
ぱお~、べんべんべべん、と。
どこからともなく尺八と三味線の音が聴こえて来る。
大陸の西側の人間達には『東の国』としてだけ認識されている、
そして、街並み。白壁や煉瓦で組まれる事の多い西方の建築法とは明らかに違い、木造で編まれ、瓦という、叩けば割れる硬く重い板で屋根を葺いていた。
あまりの文化の違い。西方にいる内は凪音が異質に見えていたが、ここに立っている今は、ライルとリルの方が見事に異邦人である。ふたりともポカンと口を開けたまま、行き交う人々を眺め、奏でられる音楽を右耳から左耳へと流している。
「ようこそ、ライル殿、リル殿」
久方ぶりの帰郷に少しばかり昂揚しているのか、凪音が満面の笑顔で振り返り、両腕を広げてくるりと回った。
「我が祖国、天津地へ」
凪音に対して、リルの素性とライルとの関係性については、ここまでの道すがら語った。凪音は理解力があり、かつ、非常に素直な少女だった。普通、聞いたらそう簡単に信じないだろう『
『ライル殿の凡人離れした能力は、しかとこの目で見た。私自身が竜の力でそなたらに迷惑をかけたのだ。信じない訳にはゆくまい』
それに、と淡く笑んで彼女は続けた。
『それだけ危険な力を持つ竜の退治を頼むのだから、まず、私がそなたらを信じなくてはいけないからな』
そう言ってみせた凪音だが、天津地へ着くまでに、どんな竜を倒せば良いのかは教えてくれなかった。『国に着いたら全てお話しする』の一点張りで、ライル達の秘密は知ったのに、彼女の事情を話す事はしなかった。
幸いライルはそういう事件に対しての嗅覚が鋭く、面倒事になりそうな依頼は避けて、自分の名声を確実に上げる仕事を選んでこなして来たのだが、今回に関しては訳が違った。
ライルは今、リルの
だが、ライルが戦って『真白』の力を取り戻さねば、竜によって人間が駆逐されてしまう、と、『真白』張本人であるリルから脅し、もとい警告を受けた。どんなに理不尽な思いをしても、人類が滅びる光景はさすがに見たくない。
そして、凪音の話も気になっていた。
『天津地』
『真白』の力を持つ竜の一体である『
『脳筋のくせに、妙な勘は働くの』
リルはそう茶化しつつも、ふっと真顔になり、『わらわも同じ考えだが』とぽつり、呟いた。
そして今ふたりは、どこか浮き立った足取りの凪音の後ろについて、天津地首都『
「……おい」
そのあまりの躊躇いの無い歩みに、嫌な予感がしてきて、ライルはリルに耳打ちした。
「このまま行くと、城じゃねえのか」
天部の最奥には、立派な屋敷がそびえ立っている。凪音の向かっている先は、十中八九、いや十中十、そこだ。
そこには当然、天津地国の一番偉い人、すなわち王様が住んでいるだろう。
何故、そんな所へ向かうのか。まさか、西方の優秀な戦士を連れて来ては消して、天津地が西方へ攻め込む布石を打とうとしている訳ではあるまい。いやいや、凪音に限ってそんな事は。
嫌な考えをしてしまって、寒くもないのにぞくりと身を震わせるライルを、リルが呆れ切った半眼で見上げて、「どあほ」と率直な罵倒を浴びせかけて来た。
「ことここに至ってまだわからんのか。貴様の勘を褒めたわらわが愚かだったわ」
リルの嫌味の意味がわからず眉間に皺を寄せながら歩く間に、三人はとうとう屋敷の入口まで辿り着く。近くで見ると更に圧倒される大きさを、大口開けて見上げていると。
「――凪音様!」
入口で槍を携えて直立不動になっていた兵が、こちらを見るなり驚きの声をあげた。
「凪音、様?」
「ああもうこやつほんとぽんこつ。筋肉馬鹿」
この期に至っても首を傾げるライルの隣でリルがぶつぶつ洩らし、名を呼ばれた当の凪音は、それまで顔に浮かべていた薄い笑みをふっと消し、真剣そのものの表情になって口を開いた。
「ただいま帰った」
「本当に、本当に、お待ち申しておりました! お父上の
ふと。
ライルの思考がひとつの言葉に引っかかって止まった。
西方でも、東国の人間の中で、一人だけすさまじく有名な者がいる。
たしかそれは、元首の。
「ゴウヤ・アマノベ?」
思い出し、そして、咀嚼する。
轟也が「お父上」という事は、では、凪音は。
「おおおおおお姫様ーーーーーーっ!?」
青空を突き抜けた太い叫びに、屋根に留まっていた鳩の群れが一斉に慌てて飛び立つ。凪音は振り返って決まり悪そうに微笑み、リルは両耳を手でおさえて「うるさい」と文句を垂れるのだった。
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