セーブクリスタル 第6話

 お父さんが訝しげな顔になる。

「ええ。服装もさっきまでここにいたわたしとは違うでしょ? 顔だって少し大人っぽくなってるはずよ」

 お父さんと一緒に、茂みの中からわたしもお母さんの顔をよく見てみる。

「言われてみれば、そんな気がしないでもないけど……」

 お母さんが腰に付けたポーチの中に手をいれ、取り出したのはセーブクリスタルだった。赤い光を仄かに放っている。

「これはセーブクリスタルって言うんだけど」

 お母さんがお父さんにセーブクリスタルの説明をした。

「わたしが二年前、つまり今日のことだけど。あなたに告白する前に、断られたらどうしようと思ってセーブクリスタルでセーブしてたの。わたしはその時にセーブしたセーブデータを二年後の未来からロードして、過去のこの時間軸にやってきたの。アセビ君は、三年前にわたしと一緒に旅してた時から、わたしのことが好きだったんでしょ? わたしから告白されてすぐに答えられなかったのは、突然のことで頭が真っ白になってたからなんでしょ?」

「な、なんでそれを……!?」

 お父さんの頬が朱に染まる。

「後であなたから聞かされたから知ってるわ」

「あなたは明日の朝、ここで待ってるわたしに、告白を受け入れると答える気だよね?」

「うん。そのつもりだよ」

「わたしが未来からやって来た理由は、わたしの告白をなかったことにしたかったからなの。ロードする時に、ロードを実行した自分と、ロード後の時間軸にいる自分とを同化するかしないか選べるんだけどね。本当は同化して、告白せずにアセビ君の前から立ち去りたかったんだけど。いつの間にかセーブクリスタルを傷つけちゃってたみたいでひびが入ってて、そのせいで同化できなくて。だから告白する前の過去の自分に会って、告白するのをやめさせたかったんだけど、ロードした時の出現場所が、この泉から離れた場所にずれちゃったから、間に合わなかったの。だから、アセビ君に忠告するわ。悪いことは言わないから、わたしの告白を断りなさい」

「え、どうして……」

「恋人同士になったわたしたちは、この町から再び二人で旅をするようになるわ。そして二年後、あなたはわたしにプロポーズする。そして二人でわたしの実家に行って、わたしの両親に挨拶するんだけど、わたしのお父さんが、わたしがアセビ君と結婚することに大反対するのよ。わたしが旅に出る前お父さんは、お父さんが勝手に決めた相手とわたしを結婚させたがってた。だからお父さんはわたしが旅をすることにも大反対したわ。わたしは吟遊詩人になりたいっていう夢を叶えるために旅に出たんだけど、お父さんが勝手に決めてきた人と結婚することが嫌だったっていう理由もあって、半ば家を飛び出すようにして旅に出たの。そんなわたしがようやく旅から帰ってきたと思ったら、お父さんが決めた許婚じゃない、アセビ君と結婚するってわたしが言い出したものだから、お父さんはもうカンカンで。それでお父さんったら、ならず者たちを数十人雇ってきて「冒険者ならこれくらいの相手を打ち倒してみい! それができたら娘との結婚を許してやる!」って言ってきたの。絶対にわたしとアセビ君を結婚させたくなかったから、無理難題をふっかけてきたのよ。アセビ君はわたしと結婚するために、了承して闘ってくれたわ。でもやっぱり勝てなくて、大怪我を負って意識不明になってしまったの。アセビ君はそのまま半年経った今でも目を覚まさないわ。わたしのせいでこんなことになって、本当に申し訳なく思ってる。今のあなたに謝っても意味ないかもしれないけれど、謝らせて。本当にごめんなさい! わたしのせいで台無しになってしまったアセビ君の人生を変えたくて、ロードしてこの時間軸にやってきたの。だからお願いアセビ君、わたしの告白を断って、わたしのことなんか忘れて、他の人と幸せになって!」

 お父さんが数十人のならず者たちと闘ったことは、両親から聞かされてわたしも知っている。でも今の話はわたしが聞いた話とは違っていた。お父さんは辛くもならず者たちに勝利し、おじいちゃんに結婚する許しを得て、二人は結婚した。でもその時の闘いで、お父さんは大怪我を負ってしまい、その怪我のせいで冒険者を続けられなくなったのだと聞いていた。ということはつまり、今目の前にいるお父さんは、未来からきたお母さんから告白を断ってほしいと言われたけど、断らずにお母さんと恋人同士になり、二年後お母さんにプロポーズし、ならず者たち数十人と戦って勝利してお母さんと結婚する許しをおじいちゃんから得るけど、大怪我を負い、冒険者を続けられなくなるということなのだろう。未来から来たお母さんから、二年後に大きな闘いが待ってると聞かされ知っていたから、お父さんは今から二年後の闘いに備えて自分を鍛え、そしてたった一人で数十人相手に勝利するんだろう。でもこんな話を聞かされて、よく逃げずに闘おうとするなあ、とわたしは感心する。

 未来からきたお母さんの前で、お父さんは困惑していた。

「そんなこと急に言われても、受け入れられないっていうか、信じられないっていうか……。それに、仮にその話が本当だとしても、不義理になってしまうけど、ならず者たちと闘わずに逃げるとか、ご両親にあいさつしに行かずに黙ったまま結婚するっていう選択肢もあると思うんだけど」

「あいさつしに行って、ならず者たちと闘わないって言ったら、間違いなくお父さんはわたしたちを別れさせるはずだわ。闘わずに別れもせずに逃げようとしても、絶対に逃がしてくれないと思う。ならず者たちにわたしたちを追いかけさせるかなにかして、無理矢理にでもわたしを家に連れ戻すと思うわ。黙って見つからないようにどこかで暮らしても、いつ居場所が見つかるとも限らない。見つかったら最後、同じ状況になってしまう可能性がある。わたしはアセビ君が大怪我して意識不明になる可能性が少しでもあるだけで嫌なの。可能性をゼロにしたいから、未来からこうしてやってきたの。わたしとはもう関わらない方がいい。突然こんなこと言って、納得してくれるなんて思ってないわ。今からわたしが来た未来に行って、自分の目で見たら納得すると思うから、わたしと一緒に未来に来て欲しいの。あなたの人生が大きく狂うか狂わないかの、大事な分岐点が今なの。お願いよ」

「わかった。行くよ」

 お母さんはポーチの中から、青く光るセーブクリスタルを取り出した。お母さんがお父さんと手を繋ぐ。そして「ロード」と言った。その瞬間、二人が青い光に包まれる。一体お父さんはどうして立ちはだかる困難から逃げずに立ち向かおうと決意するのか。わたしはそれが知りたかった。だからわたしは隠れていた茂みから飛び出した。二人を包む光の中に手を突き込む。そしてどちらかの腕を掴むことに成功した。

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