セーブクリスタル 第4話

 そうしてわたしは学校に行かなくなった。わたしは毎日ほとんどの時間を自分の部屋に閉じこもって過ごした。そんなある日、いつものように自分の部屋で過ごしていたわたしのところに、両親がやってきた。

「ソプラナがカンニングなんてしない子だってこと、父さんと母さんはわかってる。人生においてこういう理不尽なことは、誰にだって起こるものなんだ。辛いのはわかるけど、まだ学校には行けそうにないかい?」

「……行きたくない。みんなわたしがカンニングしたと思ってる」

「クラスメイト全員が、ソプラナがカンニングしたと思ってるとは、父さんは思わない。言い出せないだけで、ソプラナが無実だって思ってる子もきっといるはずだよ」

「そんなわけないじゃん! みんなわたしがやったって思ってるよ! だからみんなわたしに酷いことするんじゃない!」

「クラスの雰囲気に逆らえずに、雰囲気に同調して罪悪感を感じながらやってる子もいるはずだよ。そういう子を味方につければ、クラスの雰囲気も変わるはずさ」

「雰囲気に逆らえない人を、この状況でどうやって味方につけろって言うの!? そんなの無理だよ!」

「無理かどうかはやってみないとわからないよ。やる前から諦めてたらいけないよ」

「どうやればいいって言うのよ!?」

「それは自分で考えなさい。そうして思いついた方法を一つずつ試していけばいい」

「なによそれ! そんな適当なアドバイスだけしておいて、こんな状況で学校に行けっていうの!?」

「無理にとは言わないけど、行った方がいいって言ってるんだ」

「絶対嫌よ! なんでこんな状況で行った方がいいの!? 意味わかんない!」

「ソプラナは吟遊詩人になって旅をするのが夢なんじゃなかったの?」

「それがなに?」

「今のソプラナにとって、酷なことを言っているように聞こえるのだろうけど、これくらいのことで学校に行けなくなるようでは、吟遊詩人になんてなれないからだよ」

「これくらいのことってなによ!? これのどこがこれくらいのことだって言うの!?」

「学生のソプラナは今、家と学校を往復するだけの毎日を送ってる。今まで遠出もほとんどしたことないでしょ。だからソプラナの世界はものすごく狭いんだ。もっと外の世界を知ったら。今悩んでることが、そこまで大きな悩みだとは思わなくなるはずだよ」

「そんなこと言われたって、わたしにはわかんないよ! それに、わたしの世界が狭いとも思わない! 充分な広さよ! こんな大きな町にずっと住んでるんだから! 旅に出たって、わたしが今悩んでることが小さい悩みだと思うようにはきっとならないよ!」

「今のソプラナにはわからないかもしれないけど、大人になったら父さんの言ってることがわかるようになるよ」

「そんなこと今のわたしに言われたって、わかるわけないじゃない!」

「学校にはずっと行かないの?」

「行きたくないって言ってるでしょ!」

「学校に行かずに、これからどうする気?」

「旅に出て吟遊詩人になる!」

「な、なにを言い出すんだよ! そんなの子供のソプラナには無理に決まってるじゃないか!」

「わたしは外の世界を知らなさ過ぎるから、わたしの世界は狭いって言ったのはお父さんでしょ? だったら今すぐ旅に出て世界を見てくるよ」

「ダメだ! 旅には危険がつきものなんだ。昔、冒険者だった父さんも、何度も危険な目に遭った。ソプラナには絶対無理だ!」

「それこそ、やってみないとわからないじゃない」

「な、こればっかりはダメだ!」

「誰か護衛の人を雇って、その人と旅するから平気だよ」

「そんなのダメに決まってるだろ! どうせ騙されて、酷いことされるのがオチだ! 父さんが体壊してなかったら、一緒に行ってあげられたけど、それは無理だから、ソプラナを旅には行かせられないからね!」

「だったらわたし夢叶えられないじゃない!」

「まだ早いって言ってるんだ! 後五十年経ったら、父さんなしでの旅に出ることを許可するから、それまで待つんだ!」

「わたしおばあちゃんになっちゃうじゃない! だったらお母さんと行くよ!」

「お店どうする気なのよ」

 確かに、お父さんだけじゃ店を切り盛りすることは無理だ。お母さんあっての『リーシャの道具屋』なのだった。

「とにかく、ダメなものはダメだ!」

 お父さんが一方的に話を切り、両親が部屋から出て行った後、わたしは自室で、大きな背負い袋に荷物を詰め込んでいた。そこにお母さんがやってきた。

「なにしてるの?」

「旅の支度だよ。お父さんに黙って出発するの。わたしのことはもうほっといて」

 お母さんが溜息を吐く。

「ちょっと待ってなさい」

 部屋の入り口に立っていたお母さんが、立ち去り、すぐに戻ってくる。

「これを持って行きなさい」

 お母さんが片手に一つずつ持ち、わたしに差し出したのは、手の平サイズのクリスタルだ。宝石店に並んでいるものとは違い、綺麗にカットされているわけではなく、原石のままの形をしている。青色の淡い光を放っており、いくつもの面で構成されているクリスタルが、窓から差し込む光を反射させている様は美しかった。

「それは?」

「セーブクリスタルよ。セーブクリスタル一つにつき一度だけ、時間を記憶することができるの。そして時間の記憶、つまりセーブデータを作成したセーブクリスタルから、セーブデータをロードすると、セーブした過去の時間軸に一度だけ戻ることができるっていう消費アイテムなの。旅してた頃に手に入れて、一つはわたし、もう一つはお父さんが昔セーブしたものよ」

 手渡されたセーブクリスタルを眺めてみる。すると比較的広い面に、なにやら文字が刻まれている。過去の日付、時間、地名らしき文字、片方のにはお母さん、片方のにはお父さんの名前が刻まれている。

「これをロードして、昔のわたしたちに会ってきなさい。あの人さっき、自分が一緒に行けたら、あなたが旅に出ることを許すって言ってたから、過去の元気だった頃の自分が一緒なら、あなたが旅に出ることに反対することはないでしょうからね。それに、わたしもお父さんと一緒で、あなたの見てる世界は狭いと思うし、これくらいのことで挫けていては、夢なんて叶えられないと思うわ。だからこれを使って、世界を見てらっしゃい」

 こんな物で本当に過去に行けるのだろうか。わたしは半信半疑だった。でも面白そうだから、本当に行けるというのなら行ってみたい。

 お母さんからセーブクリスタルの使い方を教わる。

「どうしてわたしがあの人と結婚したのか、あなた知りたがってたでしょ。だからまずはわたしがセーブしたセーブクリスタルを使いなさい」

「わかった。じゃあ、わたし行って来る」

 お父さんが昔セーブしたセーブクリスタルは腰のポーチの中に仕舞う。たくさんの荷物を詰め込んだ背負い袋を背負ったわたしは、お母さんが昔セーブしたセーブクリスタルを手に持ち「ロード」と口にした。

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