セーブクリスタル 第3話


 二学期の中間テストの時のことだった。テスト中、羽ペンにインクをつけながら、ふと隣のパドマ君に視線を向けたわたしは目を疑った。パドマ君が制服の左腕の袖から小さな紙を出し、それを見ながら解答用紙に書き込んでいたのだ。驚いたわたしは暫くパドマ君の様子を観察することにした。パドマ君は、教室内を歩いて巡回している先生が背中を向けた瞬間、袖からカンニングペーパーらしきものを取り出し、それを見ながら解答用紙に書き込み、先生が体の向きを変える直前に、袖の中に紙を隠す、を繰り返していた。ここからでは紙になにが書いてあるのかは判読できない。でも十中八九、あれはカンニングペーパーに間違いないだろう。わたしは頑張ってテスト勉強してきたのに、こんなずるをして良い点を取ろうとしているパドマ君に腹が立った。

 一時間目の終了を告げるチャイムが鳴り、短い休み時間になる。わたしはパドマ君に近づき、周囲の生徒たちに聞こえないように配慮して、パドマ君に話しかける。

「左袖からカンニングペーパーが落ちたよ」

 言いながらわたしは床の適当な場所を指差す。パドマ君が大慌てといった様子で周囲の床を見回すが、なにも落ちてない。

「今のは嘘。探したってことは、やっぱり袖から出してた紙はカンニングペーパーだったんだね」

 パドマ君の目が激しく泳ぐ。

「ちょっと来て」

 わたしはパドマ君を連れて廊下に出る。そのまま廊下を進み、廊下の端を曲がったところ、人気のない階段の前で立ち止まる。

「左手の袖の中にカンニングペーパー入れてるよね。わたしさっきのテストの時に、パドマ君が左腕の袖の中から紙を出して、それ見ながら解答用紙に記入してるの見ちゃったんだ」

「な、なんのことだよ……」

「しらばっくれる気? してないんだったらあんなに必死になって、床を探したりしないよね?」

「そ、それは……」

 パドマ君が狼狽している隙をつき、わたしはすばやくパドマ君の左腕を掴む。わたしの早業にパドマ君はついてこれず、わたしは袖の中からカンニングペーパーを奪い取ることに成功する。わたしは紙に書いてある内容が、さっきのテストで出題されそうな問題の答えであることを確認する。

「やっぱり」

「ちょ、返せよ!」

 パドマ君がわたしに掴みかかってくる。わたしはそれをかわしながら説得する。

「自首しなよ。そうすれば先生は、今回のテストの時にカンニングがあったことは、みんなに言うだろうけど、誰がやったかまでは言わないはずだよ。もし自首しないんだったら、わたしが先生に言うからね」

「ふざけんなよっ!」

「きゃあ!」

 必死の形相を浮かべたパドマ君が、わたしの腕を掴んで引っ張った。男の子の力に抗えず、わたしはすぐにカンニングペーパーを取り返された。パドマ君がそのまま走って逃げ出す。

「あ、待って!」

 わたしはすぐに追いかけた。パドマ君が向かった先は、わたしたちのクラスの教室だった。わたしたち二人はほとんど同時に教室の中に入った。教室に入った瞬間、パドマ君がカンニングペーパーを掲げながら、大声を出す。

「みんな! これを見てくれ! ソプラナがさっきのテスト中に、カンニングしてたんだ!」

 クラスメイトたちが一斉にこちらに顔を向ける。

「隣の席のぼくは見たんだ! 服の袖の中にこれを隠してて、先生が背中を向けた隙にこれを出して、解答用紙に書き写してたんだ!」

 教室が大きくざわつく。

「違う! カンニングしてたのはパドマ君なの! わたし見たもの! それで今、パドマ君に自首するように言ってたら――」

「なに言ってるんだ! ぼくが君に自首するように言ってたんじゃないか! 君、カンニングの罪を人になすりつけるなんて、最低だな!」

 わたしは絶句した。パドマ君がこんな人だとは思わなかったからだ。

「パドマがカンニングなんかするわけないじゃん」

 男子の一人が言った。クラスメイトたちが次々に同意する。わたしは震える唇を懸命に動かす。

「違うの。わたしじゃない。パドマ君が……」

「お前また嘘吐いてるんだろ? お前って嘘吐きだもんな」

 わたしと同じ初等学校出身の男子が言った。わたしとは別の初等学校出身の女子が問う。

「え? それってどういうこと?」

「おれこいつと同じ初等学校だったんだけど、こいつ有り得ないバレバレの嘘吐きまくるんだよ。それでみんなから嫌われてたんだ」

「そうなの?」

 わたしと同じ初等学校出身の生徒たちが次々に同意する。

「ち、違う。わたしじゃない……」

「お前みたいな大ぼら吹きの言うことなんか、誰が信じるんだよ。よりにもよって、パドマのせいにしようとするなんて、お前バカじゃねえの? そんなバレバレの大嘘誰も信じるわけねえじゃん。お前、初等学校の頃から進歩ねえのな」

 わたしに対するみんなの侮蔑の視線が、体中に突き刺さる。

「おい、ソプラナ。お前パドマに謝れよ」

「違う。わたしじゃ――」

「まだ言うかよ。お前しつこいぞ!」

 わたしが弁明する小さな声は、謝らないわたしに対するみんなの叱責の声に掻き消された。

 このことはすぐに担任のワリン先生の耳に入った。そしてわたしとパドマ君は個別に事情聴取された。わたしの字とパドマ君の字は似ていたから、筆跡鑑定ではカンニングペーパーに書かれていた字が、どちらが書いた文字なのか判別できなかった。ワリン先生も以前からパドマ君のことを信用していた。ワリン先生の耳に、初等学生だった頃のわたしの大嘘吐きという悪評が、他の生徒の口からもたらされたことも一因になったのだろう、ワリン先生が出した結論は、わたしがカンニングした、だった。わたしの両親が学校に呼び出され、ワリン先生の口からカンニングのことが両親に伝えられた。その時もわたしはやってないと説明したし、両親はわたしがカンニングするような子じゃないと、ずっと擁護してくれたけど、先生は信じてくれなかった。

 それ以降、クラスメイトたちはみんな、わたしのことをカンニングの罪を他人になすりつけようとした最低な奴だとして、わたしに冷たく当たるようになった。いつもわたしと一緒に行動を共にしていた数人の友人たちも、クラス内での立ち位置が「クラス全員の嫌われ者」にまで、まっさかさまに降格したわたしと二度と関わりたくないらしく、わたしから大きく距離を取り、二度とわたしに近寄ってこなくなった。

 無視は勿論のこと、わざとわたしに肩をぶつけてきたり、後ろから突き飛ばされることもあった。「嘘吐き女」というあだ名をつけられた。下駄箱に行って靴を履き替えようとする時、高確率で上履きと下履きの中に画鋲が入っていた。わたしの机は毎朝、誹謗中傷の落書きで彩られるようになった。落書きを雑巾で拭いて消すことが、毎朝の日課になった。日に日にわたしの持ち物がどこかにいってしまい、無くなっていった。

 初等学校に通い始めて間もない頃、両親から不思議な旅の話を聞かされた時に感じた楽しさや面白さを、学校のみんなと分かち合いたくて、クラスのみんなの前で不思議な話を披露した。そのことが、まさか何年も経った今にも影響を及ぼし、こんなことになるとは思わなかった。

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