セーブクリスタル 第2話


 家族三人揃ってご飯を食べるというのが我が家のルールだ。お母さんお手製の夕飯を食べていたわたしを見て、お母さんが言った。

「あら、今日はやけに不機嫌ね」

「聞いてよお母さん!」

 わたしは今日のお父さんに対する愚痴を、お母さんにぶちまける。それを聞いたお母さんがおかしそうに笑う。

「あなたそんなことしたの?」

「そんなことってなんだよ。別におかしなことなんてしてないよ」

「どこがよ。あんな恥知らずなことするの、世界でお父さんだけよ」

「恥知らずなわけがあるか。娘を持つ世のお父さんたちはみんなぼくの気持ちをわかってくれるよ!」

「そりゃあ、他のお父さんたちもあなたと同じ気持ちのはずだと思うけど、実際にあなたみたいな行動をする人はなかなかいないわよ」

「だとしても、間違ったことしたつもりはないから、これからも自分を貫くよ」

「やめてって言ってるでしょ! もう、なんでお母さんはこんな人と結婚したの? 意味わかんないんだけど」

「あら、お父さんは格好良い人よ」

「リーシャ……」

 お父さんの丸みを帯びた頬が綻ぶ。

「どこがよ。ハゲでデブの歩く生き恥じゃないの」

「おいぼくの宝物よ! それはさすがに言いすぎじゃないかな!?」

「まあ確かに、今ではこんなハゲデブキモ親父になっちゃったけどね」

「リーシャってたまに毒吐くよね!?」

「この人が冒険者だった頃は、髪もふさふさで、体型もシュッとしてたんだから」

 わたしが物心ついた時、お父さんはまだハゲてはいなかったけれど、太ってはいたから、そんな姿のお父さんが、わたしにはちっとも想像つかない。

「それにこの人、中身が格好良いのよ」

「中身って、性格?」

「そう。わたしのために、たった一人で大勢のならず者たちと戦ったんだから」

「その話は何度も聞いたよ」

 お母さんのお父さん、つまりわたしのおじいちゃんが、お父さんとお母さんの結婚に大反対だったらしい。二人が結婚のあいさつに行った時、おじいちゃんはかんかんに怒り、大勢のならず者たちを雇ってきて「冒険者ならこれくらいの相手を打ち倒してみい! それができたら娘との結婚を許してやる!」と言ったらしい。そしてお父さんは一人でならず者たちに戦いを挑み、驚くことに一人で全員倒したというのだ。だけどその時に瀕死の重傷を負ってしまい、お父さんは冒険者を続けられない体になってしまったのだ。

「あの時のあなた、世界で一番格好良かったわ」

 お母さんが頬を両手で挟んでうっとりする。

「そうかい? 照れるなあ?」

 お父さんが、まだ髪が残っている後頭部に手を当ててはにかむ。そんな二人を見て、本当にこんなハゲデブのお父さんがそんな格好良いことしたのかなあ、と疑問に思う。この前だって、仕事中に商品の入った木箱を運んでる最中にぎっくり腰になって倒れるという、みっともない姿を晒していたというのに。やっぱりわたしには想像がつかなかった。

 夕食後、わたしは自分の部屋でハープの絃を指で弾きながら、歌を歌っていた。お母さんは昔、吟遊詩人になることを目指して旅していた。でも諦めて行商人に転職した。お母さんはわたしが幼い頃から、歌とハープを教えてくれた。お母さんに教わって、わたしは歌とハープが好きになった。

 わたしは幼い頃、お父さんとお母さんから旅をしていた頃の話を聞くのが大好きだった。お父さんは不思議なことが大好きで、不思議を求めて旅をしていたそうだ。その旅の途中でお母さんと出会い、二人で旅をするようになったそうだ。お父さんとお母さんが遭遇したという不思議な話の数々は、そのどれもがわたしの興味を惹きつけ、わたしは心躍らせた。まだ幼い子供だったわたしは、親を疑うということを知らず、両親のする不思議な話は、全て本当のことなんだと信じていた。学校に通うようになったわたしは、この楽しさと面白さを誰かと共有したくて、クラスメイトたちに両親から聞かされた不思議な冒険の話をした。けれど「そんなことあるわけないだろ」「それって作り話?」と信じてくれない子が多かった。『あれ? お母さんとお父さんが嘘なんか吐くはずないのに』その時のわたしはそんな風に思っていた。

 運動会の時が決定的だった。初等学校の運動会では、生徒の父親だけで行うリレーというプログラムというか余興があった。自由参加のそれにお父さんが参加した。昔大怪我をして、激しい運動が出来なくなったはずのお父さんのまさかの参加表明にわたしはお母さんと二人で驚き、心配した。でもお父さんは「これくらい平気平気」と言って参加したのだ。今思えば娘の前で格好良いところを見せたかったのだと思う。その時は今よりはやせていたけれど、それでも小太りだったお父さんが全力疾走すると、お腹の贅肉が右に左に揺れて、それはもう格好悪かった。そして案の定、走っている途中で盛大にずっこけたのだ。運動場に先生と生徒と親たちの笑い声が爆発した。わたしは恥ずかしくて顔を覆って俯いた。それからというもの「お前の父ちゃん冒険者だって言ってたけど、本当か?」「あんなのが冒険者になれるわけねえじゃん」「冒険の話だけじゃなくて、お父さんが冒険者って話も嘘だったのかよ」とみんなから言われ、運動会でのお父さんの無様な姿は、わたしのする両親から聞いた冒険話を、みんなが信じなくなることに拍車をかけた。

「今の話ってソプラナちゃんも一緒に見たの?」

「ううん。わたしは見てない。お父さんが見たって言ってたよ」

「お前は見てないのに、なんで本当って言えるんだよ。証拠出せよ」

「証拠はない。スコートカメラっていう自分の目で見たものを他人に見せることができるアイテムを使って、記録してたみたいなんだけど、旅の途中でお父さんが壊しちゃったから、証明はできないってお父さんが言ってた」

「スコートカメラってなに? そんなの聞いたことないわ。それも嘘なんじゃないの?」

「嘘じゃないってお父さんが……」

「お前の話やっぱり嘘だったんだな」

「お前の話、嘘ばっかりじゃん」

「この嘘吐き」

 わたしはみんなから嘘吐き呼ばわりされて、みんなわたしと口を利いてくれなくなってしまった。そしてわたしは完全にクラスで浮くようになってしまった。その頃から、わたしも両親のする不思議な冒険話は嘘なんじゃないかと疑念を抱くようになった。みんなが言ってるように、お父さんが冒険者だったというのも怪しく思えてきた。わたしは両親に問いただした。

「嘘じゃないよ。本当だよ」

「途中からわたしも一緒に旅するようになってからの話は、わたしも一緒に見てるから本当よ」

 わたしには二人が嘘を言ってるようには見えなかった。けれど年齢を重ねるにつれて、わたしは二人の話が、いかに有りえなさそうな話なのかがわかるようになっていった。みんなが信じないのも無理はないと思うようになった。そしてわたしは両親から聞いた不思議話を他人に話すことをやめた。しかし、初等学校というのは一度のミスも許されない場所だったらしく、わたしは卒業するまでずっとみんなから口を聞いてもらえなかった。クラス替えはあったけれど、わたしが嘘吐きという話が元クラスメイトたちによって流布され、新しいクラスでもすぐに同じ状況になってしまった。中等学校に進学してからは、そういうことが少し沈静化した。わたしが通っていた初等学校以外の初等学校出身のクラスメイトたちは、わたしと普通に話をしてくれた。でも長年、人とまともに話せてなかったわたしは、友達をうまく作れなくなっていた。それは三年生になった今でも相変わらずで、わたしは毎日、休み時間になると数少ない友人たちと、教室の片隅で細々と過ごしている。

 お父さんとお母さんから聞かされた不思議な冒険話をクラスメイトにしたことにより、みんなから嫌われてしまった時、少し両親のことを恨んだ。両親の話のせいでみんなに嫌われた。二人とも嘘は言ってないって言ってたけれど、両親の旅の不思議話は、もしかしたら嘘なんじゃないかと疑うようにもなった。けれど二人から不思議な話を聞かされた時、わたしは純粋にとっても楽しかった。あの時に感じたわくわくした気持ちは、今も残っている。わたしはやっぱり不思議なことが好きなのだ。だからわたしは吟遊詩人になりたいという夢を抱くようになった。歌を歌って楽器を奏でてお金を稼ぎ、不思議を求めて旅をしてみたかった。


 歌とハープの練習に一区切りつけ、わたしはそろそろお風呂に入ろうと思い、着替えを持ってお風呂場に向かった。脱衣所の扉を開けるとそこでお父さんが、汗でびちょびちょに濡れた服を脱いでいた。上半身裸になり、でっぷりとした格好悪いお腹を晒しているお父さんの姿に、わたしは顔を顰める。

「ちょっと! なにわたしより先にお風呂に入ろうとしてるのよ!」

「え、なんでって仕事終わって汗びちょびちょになったからだよ」

 両親は夕食後も仕事をしていることがよくあった。汗をかいているところを見るに、倉庫の整理でもしていたのだろう。

「汗でびっちょびちょになったハゲデブのお父さんが先に入ったお風呂になんか入りたくないから、わたしより先に入らないでって、いつも言ってるじゃない!」

 悄然と肩を落とすお父さん。 

「毎日一緒にお風呂に入ってたじゃないか。そんな悲しいこと言うなよ」

「いつの話よ!」

「そうだ。折角だから、今日は久しぶりに一緒に入ろうよ」

「なにが折角よ! 意味わかんないし! 絶対嫌に決まってるでしょ!」

「そっか。もう二度と一緒には入ってくれないのか」

 悲しみを瞳に浮かべるお父さん。

「当たり前じゃない!」

「わかったよ。でもソプラナがお風呂から上がってくるまでの間、汗でびちょびちょになった服を着て待ってるの嫌だし、服だけ着替えさせて」

 お父さんが脱いだびちょびちょの服を、わたしの洗濯籠の中に放り込む。

「ちょっと! わたしの洗濯籠にお父さんの洗濯物を入れないでって、それも前から言ってるでしょ!」

「それくらい別にいいじゃないか、家族なんだし」

「嫌よ! わたしの洗濯物がハゲデブお父さんの汗びちょびちょの洗濯物と一緒の籠に入れられるなんて、きったないじゃない! 今すぐ隣の籠に移して!」

 お父さんがわたしの籠に入れた汗でびちょびちょの自分の服を、隣の籠に入れなおしながらぼやく。

「そこまで嫌がらなくてもいいじゃないか。昔はお父さんと結婚するって言ってたのに、どうしてこうなっちゃったんだろう……」

「そ、そんなこと言うわけないじゃない!」

 言ってたことを本当は覚えていたけど、認めたくないから否定する。

「絶対言ってたよ! 毎日言ってた! 毎日父さんにキスしてきて、その後に必ず言ってたよ!」

「いやあ! 気持ち悪い! もうやめてそれ以上言わないでー!」

 わたしは脱衣所からお父さんを追い出した。

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