ステータス異常【石化】 第12話


 それから何日もかけて、ぼくたちはテレジアの町に帰ってきた。その足でギマの家に向かう。ギマが「ただいま!」と元気よく玄関の扉を開けると「ギマ……!」「どうしてお前そんな姿で……!」休日で家にいたギマの両親は口をあんぐりと開けて驚いた。ギマが帰ってきたことは、すぐに町中に知れ渡り、大騒ぎになった。ぼくたちの同級生たちも集まってきた。

「みんなデカくなったなあ! 本当に八年経っちまったんだなあ」

 同級生たちはみな驚き、喜んだ。そしてそのままギマの帰りを祝う大宴会となった。場所は町の広場を使わせてもらえることになり、たくさんの人たちが参加した。その中にデラもいた。デラが家業の薬屋で働いていることを、ぼくは旅に出る前から知っていた。

 プーカバニー族のほとんどが、プーカバニー族の領域内に侵入してきた他種族と遭遇した時、積極的に関わろうとしない。ぼくたちが昔のようにプーカバニー族の領域に侵入し、プーカバニー族と運良く遭遇できたとして、フウリに会わせて欲しいと頼んでも、頼みを聞き入れてくれる可能性は非常に低い。話しかけても無視されるのが関の山だ。運良くフウリを見つけられればいいけれど、今フウリがどういう生活を送っているのか全く知らないぼくらには、それも難しいと思われた。定期的にプーカバニー族から良質な薬を受け取る仕事を担っている薬屋で働いているデラに、薬の受け取りに同行させて欲しいと頼もうと思ったぼくとギマは、大勢の人が騒いでいる広場の中、デラを探していた。すると背後から話しかけられる。声をかけてきたのはデラだった。

「ギマ、ちょっといいか?」

 デラは相変わらず太っていて、大きな体をしていた。

「明日、プーカバニー族から薬を受け取りに、ゴーグの森に行くんだけど、お前も来れないか?」

 ぼくはギマと顔を見合わせる。

「おれたちちょうど今、それを頼もうと思ってお前を探してたんだよ」

「どうしてデラから誘ってくれたのさ」

「今はおれがゴーグの森に行って、プーカバニー族から薬を受け取ってるんだけどよ。まだ親父が薬を受け取りに行ってた時からなんだが、お前がいなくなっちまってから、肌の白いプーカバニー族の少女が、受け渡し場所にいつも来るようになって『ギマは見つかりましたか?』って聞いてきて『まだ見つかってない』って答えると落ち込むんだ。それが八年前からずっと続いてる」

「あいつ、おれが帰ってくるのを、ずっと待っててくれてるのか」

 ぼくのせいで、ギマの両親やフウリ、友人たち、大勢の人たちにずっと心配をかけさせてしまっていた。ぼくはそれを痛感して、ギマに対して申し訳なく思う気持ちが膨れ上がる。

「ごめん。ぼくのせいで、みんなに心配かけさせて」

「お前のことは許すって言っただろ? おれにはもう謝らなくていい。謝るんだったらフウリにしろ」

「うん、わかった」

 ぼくらのやり取りを見ていたデラが笑みを浮かべる。

「ははっ、もう許してたのか。本当に昔のまんまだな」

 翌日の早朝。ぼくはギマとデラの三人で、薬の受け渡し場所を目指し、ゴーグの森の中を進んでいた。テレジアの町に戻ってきた時も感じたけれど、森に入ると懐かしさが込み上げてきた。ぼくは木々に囲まれた森の中を見回す。ぼくが大きくなったからだろう、なんだか木々たちが、あの頃より小さくなったように感じた。モンスターが出現するゴーグの森の中、普段ならデラを含めた薬屋の従業員数人で、薬の受け取りに向かうそうだ。でも今日は冒険者であるぼくがいるからということで、ぼくたちは三人だけだった。

 デラは大きな荷車を引いていた。ゴーグの森の中の、受け渡し場所までの道は舗装されており、石や雑草たちに邪魔されて立ち往生することもなかった。荷車が振動する度、荷台に乗せた様々な物品同士が当たり、ガチャガチャという音を立てた。ただ薬を受け取るだけではなく、こちらもプーカバニー族に色々な物を譲渡する。受け取りというより物々交換だ。

 プーカバニー族と落ち合う場所は、ラージャ川の手前の、少し開けたところだった。ぼくたちが到着した時、そこにはぼくたちよりも先に来ていたプーカバニー族たちの姿があった。その中にフウリの姿もあった。手足がすらりと伸び、成長したフウリの姿は、あの頃も綺麗だと思っていたけれど、更に美しくなっていた。そんなフウリは昔とは違い、他のプーカバニー族と同じ、肌をほとんど隠さない民族衣装に身を包み、その雪のような白い肌を堂々と晒していた。ぼくがいることに気づいたフウリが目を瞠る。

「アセビ!?」

「久しぶり」

「元気にしてた?」

「うん、フウリも元気そうだね」

「うん」

 そこで会話が途切れる。あんな別れ方をして、八年も会ってなかったものだから、気まずい空気が流れる。

「今日はどうしたの?」

「久しぶりにテレジアの町に帰ってきたから、フウリに会いに来てみたんだ」

「そう。……それで、ギマは見つかった?」

 あんまり期待してなさそうな訊き方だった。八年もの間、ずっと求めてる返答を得られていないから、諦めの気持ちが強く出てしまってるのだろう。

「おれならここにいるぜ!」

 プーカバニー族たちの背後から、ギマの元気な声が飛んできた。

 受け渡し場所に到着する少し手前のカーブから、先にプーカバニー族が到着しているのが見えていた。「折角の八年ぶりの再会だから、フウリのやつをびっくりさせてやろうぜ」悪戯っぽい笑みを浮かべたギマは、舗装された道から外れ、雑草の生い茂る森の中を通って迂回して、気づかれないようにプーカバニー族たちの背後に回り込んでいたのだ。プーカバニー族たちが一斉に振り返る。

「ギマ!」

 フウリが口を手で覆い、信じられないといった表情になる。悪戯を成功させたギマが、してやったりと鼻を指で擦る。

「へへっ! 久しぶっ!」

 ギマがセリフを最後まで言う前に、フウリがギマに駆け寄り抱きすくめる。

「ギマ! ギマ! 無事でよかった! ずっと心配してたんだよ!」

「うおっぷ! お前おっぱいおっきくなったなあ! っておい、あんまり押し付けるなよ! 苦しいって!」

 フウリはギマを抱きすくめたまた、暫くの間涙を流し続けた。それからようやくギマが解放される。

「ったく死ぬかと思ったぜ」

「ごめんね。嬉しくてつい」

「ついで殺されたらたまんねえよ」

 ぼくとギマは、ギマを発見した経緯をフウリに説明した。

「おれのこと、ずっと心配してくれてたんだってな。ありがとな」

「うん。見つかってよかった。子供のまま戻ってくるなんて思ってなかったけど、本当によかった……!」

 再びフウリが涙を零し始める。

「子供じゃねえよ!」

 ギマがバックパックの中から、黄昏の魔法石を取り出して見せてくる。

「おれ幻妖の森に行って、一人でエテムを倒して、黄昏の魔法石取ってきたんだから、おれはもう大人だ!」

「エテム倒してたんだ」

「おうよ! 一匹倒して油断してたら、いつの間にか後ろにもう一匹いやがって、そいつに魔法かけられたと思ったら、いきなり周りが真っ暗闇になったんだ。そんで暗闇の中でなにかの声がしたから振り向いたら、赤い光が見えて、次の瞬間おれの近くに大きくなったアセビたちがいたんだ。とにかくおれは成人の儀を乗り越えたんだから、大人になったんだ!」

 黄昏の魔法石を誇らしげに掲げるギマ。

「そうだね。大人だね。偉い偉い」

 懸命に背伸びする微笑ましいギマの頭を、フウリが撫でる。

「……なんか馬鹿にされてる気がするんだけど。それからこれも採ってきたんだ」

 ギマがバックパックの中からエルファリアの花を取り出した。それをフウリに差し出す。一人で幻妖の森に行き、エルファリアの花を摘んでくる勇気がない男とは、恋人になるつもりはないとフウリが言っていたというのが、ぼくの嘘だとギマはもう知っている。ギマが今フウリにエルファリアの花を差し出したのは、枯れないエルファリアの花を贈ることにより、永遠の愛を誓うという、プーカバニー族の風習をやろうとしているんだろう。

「好きだ! おれの恋人になってくれ!」

「ごめんね。わたし恋人がいるんだ」

「恋人できたのか!? どんなやつだ?」

「この人だよ」

 フウリがすぐ傍に立っている、ぼくらと同い年くらいに見えるプーカバニー族の少年を手で示して紹介する。少年がぼくたちに会釈してきたので、ぼくとギマも会釈を返す。

「彼は別の里からキャピトゥーンの里に移住してきた人で、肌が白いわたしのことを受け入れてくれたの」

「そっか。よかったな!」

 フラれた直後だというのに、ギマは屈託なく笑った。

「うん! 自分を理解してくれる人に出会って、昔はこの白い肌を服で隠していたけど、今では隠さずに堂々としていられるようになったんだ」

 幸せそうな笑みを湛えるフウリに、ぼくは訊いた。

「フウリ、八年前は好きな人っていた?」

「いたよ」

「誰が好きだったの?」

「わたしはあの頃、アセビのことが好きだった」

「そっか」

 あの頃ぼくは、ただただ自分に自信がなかった。そのせいでくだらない嘘を吐いてしまったんだ。ぼくの胸に切ない痛みが広がる。

「ほらみろ! おれの言った通りだったじゃねえか。あ、そうだフウリ、プーカの舞ってやつ、見せてくれよ。おれまだ見たことねえしさ。祝い事とかの時に踊るんだろ? おれが帰って来たことを祝ってくれよ」

「いいよ」

 その場の全員が見守る中、フウリが前に進み出て、少年少女冒険団のテーマソングを歌いながら踊りだす。ぼくが昔一度だけ見た時よりも、フウリの歌と舞は洗練されていた。つと空中から五人のドレミの妖精たちが現れる。楽しげに空中を舞いながら、フウリの歌声に自分たちの歌声を重ねていく。ぼくとギマも一緒になって歌いだす。妖精たちが楽器を取り出し、調べを紡ぐ。幻想的な光景に、みんな見惚れていた。歌と舞が終わると、森の中に拍手が鳴り響いた。ぼくとギマとデラ、プーカバニー族たち、ドレミの妖精たち、みんな笑顔でフウリを讃える。屈託のない笑みを浮かべたフウリは堂々と拍手を受け止め、ぼくらに向かって一礼する。昔ぼくに歌と舞を見られて赤面し、恥ずかしがっていたフウリは、もうどこにもいなかった。

「踊ってくれてありがとな。綺麗だった」

「ありがとう」

 いつの間にかぼくの中から抜け落ちてしまった、子供特有の無邪気な笑顔を浮かべてギマが言った。

「なあ、今から三人で一緒に遊ばないか? 虫捕りしようぜ!」

 ぼくはフウリと顔を見合わせた。そんなぼくらを見上げていたギマが勘違いする。

「あ、フウリはまだ仕事があるのか? アセビは? もうソプラナと町を出なくちゃいけないのか?」

「そうじゃない。そうじゃないんだ……」

 八年前、ぼくはギマとフウリの三人で、毎日ゴーグの森の中で遊んでいた。あの頃が、ぼくの人生の中で一番楽しい時間だった。ぼくはあの頃、このままずっと毎日三人で遊んでいたかった。自分は大人になんかならず、ずっと子供のままで、ずっとこんな楽しい時間が毎日続いていくものだと、そんな妄想を割と本気で信じていた。それは有りえない願望で。時間は止まってはくれなくて。ぼくはまだ大人にはなっていないけれど、確実に八年前よりは成長していて、もうすぐ少年から青年になり変わろうとしていた。少しずつ、ぼくの中から子供らしさが抜け落ちていって、そしてぼくの感性は八年前のそれとは変わってしまっていた。

「ギマ、ぼくはもう虫捕りに興味がなくなったんだ」

 虫捕りだけじゃない。三人で毎日ゴーグの森の中で、あんなに楽しく笑い合いながら遊んでいたというのに。あの頃大好きだった遊びの全てに、ぼくは興味を抱けなくなっていた。あの頃はあんなに夢中で虫を捕まえていたはずなのに、人生で一番楽しかったはずなのに、今のぼくがあの頃と同じように遊んでも、もう楽しく感じない。

 フウリはなにも言わなかった。けれど、その表情には寂寥が滲んでいて、フウリもぼくと同じ気持ちであると如実に語っていた。ギマは帰ってきたけれど、ぼくたちはもう、昔と同じようには遊べなくなっていた。ぼくたち三人はこれからも友達だけれど、昔と全く同じ友人関係ではいられなくなってしまったんだ。成長してしまったぼくらの感性はもう元には戻らない。だから、あの頃の宝石のような輝かしい時間はもう思い出の中にしか存在しなくて、あの頃のぼくたちだったからこそ得られた時間で、二度と手に入れることが叶わない時間だった。ぼくはそれが堪らなく寂しかった。

「だから、ごめん」

「そっか。そりゃそうだよな。大きくなったら普通、虫捕りなんかやらなくなるもんな」

 ギマは笑顔を浮かべていたけれど、その瞳はどこか寂しげだった。

 ぼくたち三人は最後に握手をした。それからキャピトゥーンの里に帰るフウリたちプーカバニー族と別れて、ぼくたちはテレジアの町に戻った。

 そしてぼくとソプラナは準備を整え、テレジアの町を出立しようとしていた。ぼくの家族、ギマ、ギマの家族、デラ、その他の友人たちが、町の入り口のところまで見送りに来てくれた。みんなと別れのあいさつを交わす。みんながぼくたちに向かって手を振ってくれている中、ぼくたちもみんなに向かって手を振り返しながら歩き出す。一番元気よく手を振るギマが、叫ぶように言う。

「元気でな! 絶対また戻って来いよ! おれ早く大人になれるように頑張るから! そしたらまた一緒に遊ぼうぜ!」

「うん! 絶対また一緒に遊ぼう! 約束だ!」

 ぼくはギマに向かって大きく手を振り返す。何度振り返って見てみても、道が曲がってぼくたちの姿が見えなくなるまでずっと、ぼくの一生涯の親友が、手を振り続けてくれている姿が消えることはなかった。

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