ステータス異常【石化】 第10話
ギマがフウリを好きになったことを、ギマから報告された時、ぼくはギマに応援すると言った。だからぼくはフウリを好きになったことを、ギマに言いづらくて、言えないでいた。
ぼくはギマと仲良くなる前から、ギマに憧れていた。でもそれと同時に劣等感も感じていた。ギマと一緒にいると、自分よりもなにもかも優れているギマと自分を比べてしまい、どうしたって劣等感を抱かざるをえなかった。
ギマと友達になり、いつも一緒に行動するようになると、恥かしがり屋の女子生徒から、代わりにギマにラブレターを渡しておいてと頼まれることがあった。ぼくは自分宛てのラブレターなんて一通も貰ったことがないのに、ギマ宛てのラブレターを何度も手渡された。そういう時もぼくは劣等感を感じた。ぼくがフウリを好きになってから、ぼくとギマとフウリの三人で遊んでいると、今までに感じたことのない強烈な劣等感を感じるようになった。どうあがいても、この恋において、ぼくがギマに勝てるわけがなかったからだ。フウリがぼくとギマのどちらも好きにならない可能性も、ぼくら以外の他の誰かを好きになる可能性だって勿論あった。だけどおそらくフウリが今、恋をするとしたら、いつも一緒に遊んでいるぼくらにする可能性が一番高いように思われた。いや「ぼくら」では語弊がある。ギマだ。フウリが今、異性を好きになるとしたら、ギマに違いなかった。なぜぼくでは有りえないのか。そんなの言うまでもなかった。ギマはぼくよりも全てにおいて優れているからだ。勉強も運動も容姿も、なにもかも。
全てにおいて、ギマはぼくの憧れだった。ギマは異性を惹きつける魅力に満ち満ちている。学校の女子たちから好意を寄せられるギマに対し、ぼくは学校ではいつもギマのキューピット役をやらされるだけで、今まで異性に告白された経験なんて一度もなかった。ギマと同じ相手を好きになって、ぼくがギマに勝てるわけがない。ぼくはフウリと恋人にはなれない。フウリはギマと恋人になるからだ。それはわかっていた。わかっていたけど、どうしたって好きな女の子と恋人になりたいという気持ちは消えたりしなかった。手に入らないものなんだと思えば思うほど、それでもやっぱりフウリと恋人になりたいという願望は強くなっていった。その願望が強くなればなるほど、ぼくよりも優れているギマを見た時に、現実を思い知らされ感じる劣等感の度合いも、それに比例してどんどん大きくなっていった。
ぼくたちが知らなくて、フウリが知っていること。森での遊び方、釣りや火の熾し方や、焼き魚の作り方、水切りのやり方や、草笛の作り方、小動物の狩り方などをフウリはぼくたちに教えてくれた。そういう時、ぼくと違ってギマは教えられたことをすぐに吸収し、できるようになった。ぼくがフウリを好きになってから、その上達の速さに感嘆したフウリが目をきらきらさせて「ギマすごーい!」と笑顔で言うのを見る度に、ぼくは今までに感じたことのない激烈な劣等感を感じるようになった。フウリを好きになる前にも、ギマの上達の速度にフウリが感嘆することは何度もあった。好きになる前も劣等感は感じていたけれど、あの頃はギマに対する憧れの方が大きかった。それが今では大きく逆転していた。あんなに楽しかった三人での時間が、急に楽しく感じなくなっていった。全く楽しくなくなったわけじゃない。楽しそうにしている二人を見るのは辛かったけれど、やっぱり好きな女の子と一緒に遊びたかったから、ぼくは今まで通り、毎日三人でゴーグの森の中で遊びまわっていた。二人が恋人同士になるのは時間の問題だろうという予感があった。そうなってから三人で遊んだら、ぼくは自分の好きな女の子が、自分ではない恋人と仲睦まじく遊ぶ様を見せつけられることになるのだ。それを想像しただけで、ぼくの心は絶望に押しつぶされそうになった。そんな光景を毎日見せられながら、今までのように楽しく三人で遊べる自信なんてなかった。そんなの耐えられない。間違いなく、ぼくは二人とは距離を置いて、一緒に遊ばないようになるだろう。二人が恋人同士になった時、それはぼくたち三人の友情の終焉を意味していた。
そしてその時はやって来た。
ある日、いつものようにフウリとの待ち合わせ場所であるラージャ川に向かいながら、ゴーグの森の中をギマと二人で歩いていた時、ギマが言った。
「おれさ、そろそろフウリに告白しようと思ってる。ていうか今日する」
聞いた瞬間、ぼくは胸がぎゅうっと苦しくなった。こんな魅力溢れるギマと毎日過ごしてきたんだ。フウリがギマのことを既に好きになっていてもおかしくはなかった。ぼくたちは違う種族で、プーカバニー族は他の種族と関わろうとしない種族だ。プーカバニー族は他種族と結婚してはいけないとかいう掟があるのかないのか、フウリに聞いたことはないけれど、他種族と関わることを拒んでいるのだから、そういう掟があってもおかしくはない。でもフウリは里の考えに反して、毎日ぼくたちと遊んでいるし、別にギマはプロポーズをするわけではないのだから、こうしてぼくたちと遊んでいられる今のフウリの環境だったら、他種族のギマと恋人同士になるくらいのことは拒まないと思われた。種族のことを抜いてしまえば、フウリがギマを拒む理由が見当たらない。もしまだフウリがギマのことを好きになっていなかったとしても、フウリはギマの告白を拒まないとぼくは思った。
ギマがフウリに告白したら、ぼくたち三人の関係は終わってしまう。そんなのは嫌だった。ずっと三人で毎日楽しく遊んでいたかった。願わくば、フウリがぼくのことを好きになってくれて、ぼくとフウリが恋人同士になって、そしてかなり都合がよすぎる願望だけれど、それでもギマがぼくたちから離れずに一緒にいてくれて、これまで通り三人で遊んでいたかった。でも現実にはぼくの都合の良い妄想通りになんていかないことはわかりきっていた。わかっていたけど、それでもやっぱり嫌なものは嫌だった。三人で遊んでいた時間が楽しかったから。少しでも長くこの時間が続けばいいと願ってしまうほどに楽しすぎたから。だからぼくは嘘を吐いた。
「そっか。……だったらエルファリアの花を摘んでこなくちゃいけないよ」
「え、なんでだ?」
「ギマが用事があって、来るのが少し遅れた日があったでしょ? あの時、ギマが来る前にフウリが言ってたんだ。不気味で入るだけでも怖い幻妖の森に一人で行って、自分のためにエルファリアの花を摘んできてくれる勇気のある男子としか、恋人同士になる気はないって」
嘘だった。フウリはそんなこと、一言も言っていなかった。こんな嘘を吐いたところで、根本的な解決にはならない。ほんの少しだけ、ギマがフウリに告白しに行くまでの時間が延びるだけにすぎない、くだらない嘘だった。それでもぼくは嘘を吐かずにはいられなかった。少しでも長く、三人での楽しい時間を過ごしたかったから。なにもかもぼくよりも優れているギマに、好きな女の子まで取られてしまって、ギマのことを嫌いになりたくなかった。今でさえ、強烈な劣等感で心の中がぐちゃぐちゃにかきまわされる瞬間があるというのに、フウリを取られるだなんて、そんなこと、ぼくには耐えられないことだった。だから、こんなくだらない嘘を吐いてしまったんだ。
「フウリのやつ、そんなこと言ってたのか。今聞くまで知らなかったぜ。告白することをお前に報告してよかったな。危うく手ぶらで行くところだったぜ。教えてくれてありがとな」
「うん。告白頑張ってね。応援してるから」
この時のぼくの口からは、嘘しか出てこなかった。頑張って欲しくなかった。応援なんてしてるわけがなかった。心の中では告白しないでくれ、フラれたらいいのに、と願っていた。
「じゃあ、おれ今から幻妖の森に行って来るわ。エルファリアの花摘んだらすぐに合流するから、それまでは二人で遊んでてくれ。フウリにはおれがエルファリアの花を摘みに行ってることと、告白しようとしてることは黙っといてくれよな」
「わかった」
幻妖の森にはエテムという、恐ろしい見た目をしているモンスターが出現すると、以前フウリは言っていた。ぼくらくらいの年齢になると、プーカバニー族は一人でエテムを倒すことで、一人前の戦士として認められる成人の儀。ぼくらと同級生のプーカバニー族数人を、ギマはたった一人で余裕で打ち負かした。エテムはぼくらと同い年くらいのプーカバニー族の子供が一人で倒せる程度のモンスターらしいから、ギマなら遭遇しても問題はないと思ったんだ。この時はまさかこのままギマが行方不明になってしまうなんて思いもしなかった。だからぼくはなんの心配もなく、ギマを送り出した。
「いってらっしゃい」
「おう! 行って来るぜ!」
これがぼくとギマの最後の会話になった。
ギマと別れたぼくは、いつものようにラージャ川でフウリと合流した。ギマは用事があって遅れてくる、とフウリに言って、二人で遊んだ。しかし日暮れになっても、ギマはぼくたちのところに来なかった。エルファリアの花がなかなか見つからないのか、もしかしたら直前になって告白することが恥ずかしくなったり怖くなったりして、今日告白するのは、やっぱりやめることにして、日も暮れてきたから先に一人で家に帰ったのか、と思った。だからぼくはこの時、ギマのことを心配して探そうとは思わなかった。そうしてぼくはフウリと別れて一人で家に帰った。その日の夜。ギマのお母さんがぼくの家にやって来た。おばちゃんは不安げな表情を浮かべていた。
「ギマ遊びに来てない?」
「今日も一緒にゴーグの森に遊びに行きましたけど、家には来てないですよ」
「あの子まだ帰って来ないのよ」
「え?」
「一緒に遊んでたんだったら、一緒に帰ってきたんじゃないの?」
「今日は森に行って、すぐに別行動になったから、一緒には帰らなかったんです、てっきり一人でもう帰って来てると思ってたんですけど」
それから近所の人たち総出で、手分けしてギマを捜すことになった。もちろんぼくも捜索に参加した。ぼくの証言を元に、大人たちが幻妖の森の中を捜しに行った。本来なら入ってはいけないことになっているプーカバニー族の領域だったけれど、緊急事態だったから、大勢のヒュマ族の大人たちが捜索に向かった。ぼくたち子供は危険だということで、町の中限定で捜すことを命じられた。長いこと捜したけれど、結局その日ギマは帰って来なかった。
プーカバニー族に詳しく話を聞いたところ、幻妖の森に出現するエテムというモンスターは、ビッキーという転移魔法が使えるとのことだった。ビッキーをかけられると、世界のどこかへ転移させられてしまう。ビッキーで転移させられたけれど、無事に帰ってきた人もいるらしいが、それは稀なことで、ほとんどの人がそのまま行方不明になってしまい、二度と帰ってこない。だから不用意に幻妖の森に入ると神隠しに遭う、とプーカバニー族の間では昔から言われていることらしい。プーカバニー族は幻妖の森に入る時は必ず、転移魔法を打ち消す効果のあるニルバのアンクレットを装備して入るようにしているとのことだった。フウリがぼくたちに幻妖の森や成人の儀やエテムの話をした時には、そんなこと言っていなかったから、ぼくとギマは知らなかった。フウリに尋ねたところ、あの時はまさかギマが幻妖の森に入ろうとするとは思わなかったから、そこまで詳しく説明する必要がないと思って言わなかった、と言っていた。それを聞いた時、ぼくは激しく後悔した。ぼくのせいでギマは行方不明になってしまった。だけれど、どんなに悔やんでも後の祭りだった。
次の日も、また次の日も、ギマの捜索は続けられた。ぼくもフウリもゴーグの森の中を駆けずりまわって捜した。三人でよく遊んだ場所や、一度も行ったことのない場所にも、何度も何度も足を運んだけれど、ギマはとうとう見つからなかった。そして捜索は打ち切られた。
ぼくはフウリに、どうしてこんなことになってしまったのか、洗いざらい全てを話した。フラれることがわかっていたから、ぼくはフウリに告白する気なんてなかったのに、こんな形でぼくがフウリのことを好きだったことを、フウリに伝えることになってしまった。こんな状況で言ったものだから、もちろん返事はもらえなかった。
そしてぼくとフウリは気まずくなり、会わなくなった。
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