ステータス異常【石化】 第8話

 それでもぼくらは毎日プーカバニー族の領域の中を、フウリを探して走り回った。この前授業をしていた薬草が群生しているところや、今まで行ったことのない場所にも行ってみた。けれどフウリの姿はなかなか見つからなかった。そうして数日が過ぎた時、ぼくらはフウリを見つけることになる。一度も訪れたことのない場所だ。木々が途切れ、黄緑色の短い下草たちが陽光を享受する、広々とした場所だった。そんな美しい場所で、フウリは半べそをかきながら走っていた。石を手に持った複数の生徒たちが、フウリを追い掛け回していた。ぼくたちは咄嗟に出っ張った大きな岩に身を隠す。フウリがなにかに躓き転ぶ。

「追い詰めたぞモンスターめ! 仕留めてやる! えい!」

 嬉々とした表情を浮かべ、男子の一人がフウリに石を投擲し、それがフウリに命中する。

「痛い! やめてよ! 今はモンスターを狩る授業中でしょ!」

「だから狩ろうとしてんじゃないの。白い化け物のあんたをね! それ!」

 女子が投げた石が、放物線を描いてフウリに命中する。他の子供たちも哄笑しながらフウリに向かって石を投げつける。フウリは両手で頭を庇いながら蹲って泣き出した。

「先生にどうして怪我したのか訊かれたら、モンスターにやられたって言いなさいよね。もしあたしたちにやられたなんて言ったら、どうなるかわかってるでしょうね!」

 威圧的な声音と共に、女子が石をフウリに向かって投げる。他の子供たちも一斉に石を投げた。フウリが一層縮こまる。しかし、石は一つとしてフウリに命中しなかった。さすがに我慢ができず、フウリの前に飛び出したぼくとギマが、体で受け止めた。大きめの石もあり、ぼくの体に鈍痛が走る。こんな痛い思いをフウリにさせるなんて! そう思うとぼくは頭に血が上った。プーカバニー族の子供たちに向き直ったギマが口を開く。

「言ったら、どうなるんだ?」

「た、他種族!?」

 プーカバニー族の子供たちの間に動揺が広がる。

「あたし他種族なんて初めて見るわ!」

「おれもだよ。あれってヒュマ族じゃないか?」

「アセビ、ギマ……」

 フウリが驚愕の表情でぼくらを見上げる。

「大丈夫?」

「うん」

「おい見ろよ。フウリのやつ、ヒュマ族と知り合いみたいだぞ」

「やだ、白いだけで気持ち悪くておえーってなるのに、森の掟を破ってるなんて信じらんない」

「やっぱりあいつはおれたちとは違う生き物なんだ。化け物なんだよ!」

「フウリは化け物なんかじゃない! 普通の女の子だ!」

「そうだ。おれたちの友達だ」

 ぼくたちの言葉にその場が一瞬、静まり返る。しかしすぐに罵声が飛んでくる。

「だ、だったらもうお前ヒュム族の町に行けよ!」

「そうよ! それがいいわ! わたしたちもせいせいするし!」

「出てけ出てけ!」

 フウリが顔をくしゃくしゃにして涙を零す。

「くだらねえな。プーカバニー族ってのは器が小さい奴等ばっかりなんだな。ずっと森に閉じこもって狭い世界にいるから、心が狭くなっちまったんじゃねえのか?」

「なんだと!? おれたちの森を馬鹿にするな!」

「なにが森の掟を破っただよ。フウリが掟を破りたくなったのは、君たちがフウリを追い詰めたからじゃないか!」

「言わせておけば好き勝手言いやがって。ここはおれたちプーカバニー族の領域だぞ。他種族は今すぐ出ていけ!」

「ついでにその白い化け物も連れて、さっさと出てけ!」

 プーカバニー族の子供たちが、再びこちらに向かって石を投げ始める。

「出ていってやるよ。お前らをコテンパンにしてからだけどな!」

 木の棒を携え、ギマが一人で突撃する。ギマは飛んでくる石を全て器用に棒で叩き落す。肉薄されたプーカバニー族の子供たちは、石を投げるのをやめ、素手になってギマを迎え撃つ。しかしギマの強さは今日も健在で、瞬く間に全員叩き伏せた。

「先生になんで怪我したのか訊かれたら、モンスターにやられたって言えよな。もしおれにやられたなんて言ったら、どうなるかわかってんだろうな!」

「くそが!」

 倒れたまま、男子が忌々しげに吐き捨てた。その時、辺りが急に暗くなった。そして強い風が巻き起こる。見上げた先、青い空を塗りつぶすかのように、一匹の巨大な怪鳥が翼を広げていた。

「やばいぞヴァルチャーだ!」

 顔を青ざめさせた男子が叫ぶように言った。ゴーグの森の開けた場所を主な行動範囲としている巨鳥ヴァルチャー。体長は二メートルを超え、両翼を広げた横幅は五メートルはあるだろうか。夜のように黒い顔、首から腹にかけては白くなっている。翼の上方は黒く、そこから下に向かって灰色、水色、紫色と、色が移り変わっていく。尾羽だけが沈む直前の夕日かのような赤だ。ヴァルチャーが翼を羽ばたかせながら、ぼくらの真上から降下してくる。

「おれたち、フウリを追いかけてる内に、ヴァルチャーのテリトリーに入っちゃってたんだ!」

「馬鹿フウリ! よりにもよってなんでこんなとこに逃げ込んだのよ!」

「みんなが石投げながら追いかけてくるから、わたしは必死に走って逃げてただけで……」

 ヴァルチャーが、まるで打ち上げ花火のような体内に響く大音声を迸らせる。

「逃げるぞ!」

 フウリをいじめていたプーカバニー族の子供たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

「おれたちも逃げるぞ!」

 慌ててぼくたちも駆け出す。しかしその時、一際激しく羽ばたき、ヴァルチャーが強風を巻き起こす。草もぼくらの髪も服も、激しくはためいた。

「きゃあ!」

 ぼくとギマが同時に振り返る。強風に押されて体勢を崩したフウリが草の上に倒れていた。ヴァルチャーがフウリに向かって一直線に滑空する。それに気づいたフウリが恐怖に顔を強張らせる。腰が抜けて動けないのか、フウリはただその場で硬直し、目を瞑って叫んだ。

「きゃあああ!」

「フウリ!」

 ぼくはフウリに向かって駆け出す。ヴァルチャーが指を広げた足を下に向け、鋭い爪でフウリに掴みかかる。ぼくたちの体を巨影が呑み込む。すんでのところで倒れているフウリを抱きかかえ、ヴァルチャーの突進方向に対し、横方向に向かって逃げ出す。

「ぐああっ!」

 背中に激痛が走った。避けきれずにヴァルチャーの大爪に、背中を大きく切り裂かれたらしい。あまりの痛みに前のめりに倒れこむ。その勢いで、抱えていたフウリが前に向かって投げ出された。ヴァルチャーが着地した振動が、地面越しにぼくの体に伝わる。

「アセビ!」

 大怪我を負って呻いているぼくの姿に、フウリが血相を変える。フウリが腰のポーチの中から、黒い玉を取り出す。フウリはそれを、こちらに向き直り、ぼくたちを睥睨していたヴァルチャーに向かって投げつける。ヴァルチャーの顔に命中した瞬間、爆発。瞬きする間に噴出した黒煙が辺りに広がる。

黒煙によって視界を奪われたヴァルチャーが、鳴き声を振り撒きながら暴れまわる。ぼくらがいる方向とは見当違いの方に走り出し、木に頭をぶつけてよろめくヴァルチャー。

「今の内!」

 立ち上がれるようになったフウリが、ぼくを背負って走り出す。そうしてぼくたち三人は、なんとか逃げ出すことに成功した。もう大丈夫だろうと思えるところまで走って移動し、立ち止まる。フウリが背中からぼくを下ろし、怪我の具合を確認する。それからフウリはポーチの中からエクスポーションを取り出し、ぼくの背中に直接かけた。すると嘘みたいにたちまち痛みが消え、ぼくは自分で立ち上がった。フウリがぼくの背中を確認する。

「うん。傷は塞がったよ。もう大丈夫」

「すごいや。もうちっとも痛くなくなったよ」

 プーカバニー族の薬学の技術の高さに、ぼくは関心した。

 フウリが神妙な表情になる。

「どうして来たの?」

「そんなのお前に会いたかったからに決まってるだろ。急に来なくなりやがって」

「だって、この前、見てたんでしょ。それにさっきだって……。あんな恥ずかしいところを見られて、どんな顔して会えばいいって言うの?」

「フウリはフウリだよ」

「そうだ! おれたちにとっては、元気で明るくて、一緒にいて楽しい友達だ! あいつらがお前のことをどう思ってようが、そんなの関係ないんだ!」

 ギマがポケットから木製のバッジを取り出す。

「おれが作った少年少女冒険団バッジだ」

 丸く平べったい木の表面に【少年少女冒険団】と文字が刻んである。裏側に金具がついていて、服に取り付けることが可能になっていた。ぼくとフウリはギマからバッジを手渡される。

「おれたちいっつも森の中を冒険してるだろ? だから少年少女冒険団って名前にしたんだ」

 毎日森の中で遊んでるだけだったけど、あの頃のぼくたちにとっては、それだけで充分冒険だったんだ。フウリに顔を向けたぼくは言った。

「このバッジはぼくたちの友情の証だ。これを眺めて、里の学校で仲間に入れてもらえなくても、君にはぼくたちという友達がいるっていうことを思い出して」

 フウリはバッジを胸に抱え、涙を零した。

「うん。ありがとう……!」

 この日から、フウリはぼくたちとまた一緒に遊ぶようになったんだ。

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