ステータス異常【石化】 第7話


 その日もぼくたちはゴーグの森に足を運んでいた。

「明日も学校あるって、昨日フウリ言ってたよな」

 ぼくたちの通う学校とフウリの学校は、常に休日が一緒なわけではなかった。この日ぼくたちは学校が休みだったけど、フウリは学校があったんだ。

「うん。フウリの学校が放課後になるまで、二人で遊ぶしかないね」

「そうだな」

 ギマがつまらなそうな顔で呟く。ぼくも同じ気持ちだったけど仕方がない。

「今日はなにして遊ぶ?」

「まだ行ったことがない場所に行ってみようぜ。いつもフウリが連れていってくれない辺りにさ」

「ええ!? フウリがぼくたちを連れていってくれない場所って、他のプーカバニー族と出くわす可能性があるところだよ? 行ったらまずいよ」

「なに言ってんだよ。フウリがいたら行かせてくれないんだから、フウリがいない今行くべきなんじゃねえか。同じ場所でばっか遊んでてもつまんねえじゃん」

 そんなことはなかった。ぼくはこの頃毎日、目一杯楽しんでいた。ギマもぼくと同じ気持ちのはずだった。ただこの日はフウリの学校が終わるまでの間、フウリと遊べなかっただけだ。

「見つからなきゃいいんだって。ほら行こうぜ」

 ちょうど到着したラージャ川を、ギマが渡って行く。

「あ、待ってよ!」

 いつものようにギマに押し切られる形で、ぼくは仕方なくギマについていった。渡り終えたところでギマが目的地を決める。

「フウリのやつ、薬草がたくさん採れるとこがあるって言ってただろ? そこに行ってみようぜ」

 緑の匂いが立ち込める森の中、フウリが以前「この先を暫く行ったところ」と言っていた曖昧な場所を目指して、雑草を掻き分け歩を進める。鋭い葉を持つ雑草に切られた傷が痒くなる。木の棒を使って、なるべく手を使わずに雑草をどけていく。そのまま暫く進んでいると、人の声が聞こえてきた。前進するごとに声は大きくなっていく。そして視界前方に、大勢のプーカバニー族の姿が飛び込んできた。慌てて茂みに隠れるぼくたち。茂みの中から見つからないように、そうっと目だけを覗かせて様子を窺う。先生らしき大人の女性のプーカバニー族が一人と、ぼくらと同い年くらいのプーカバニー族の子供たちが大勢いる。先生らしき大人のプーカバニー族が子供たちの前に立っていて、子供のプーカバニー族たちは綺麗に並んで座っている。その中にフウリの姿もあった。

「おい、みんな肌が小麦色だぞ。肌が白いのはフウリだけじゃねえか」

「先生たちが言ってたプーカバニー族の特徴は、間違ってたわけじゃなかったんだね」

「服もだ。先生が言ってた通り、みんな裸みたいな格好してる」

 フウリはいつもと同じ、肌がほとんど見えない服を着ていたけど、それ以外のプーカバニー族たちは、布と皮でできた露出の激しい民族衣装を身に着けていた。女子は胸が隠れているけど、男子は隠していない。たくさんいるプーカバニー族たちの中で、一人だけ容姿が異なるフウリの存在は一際目立っていた。

 どうやら里の外に出て、薬学の授業をしているらしい。先生が薬草の説明をしていて、地面に座っている生徒たちが静かに話を聞いている。暫く聞いていると、先生が生徒たちに指示を出した。

「好きな者同士で班を作って、薬草を採取してきなさい。採取したら薬草を観察して、気づいたことを紙に記述してまとめなさい。後で提出してもらいますからね」

 静かに口を閉ざしていた生徒たちが一斉に立ち上がって話し出し、各々仲の良い者同士で班を作っていく。そんな中、フウリだけが班を作るために動こうとしなかった。所在なさげに顔を俯けてぽつねんと座り込んでいる。他の生徒たちが班を作り終え、薬草を採取するために移動を開始すると、ようやく独りのフウリも動き出した。立ち上がったフウリが歩き出す。フウリと反対側から歩いてきた数人のグループの生徒たちと、フウリがすれ違った時、フウリと男子の肩がぶつかる。

「ってえな! 危ないじゃないか!」

「ご、ごめん」

 肩を縮こまらせたフウリが、小さい声で謝罪の言葉を口にする。いつもの元気なフウリとは別人のような、その悄然とした様子に、ぼくとギマを顔を見合わせ困惑する。

 女子の一人が、肩がぶつかった男子を大げさに心配する。

「大丈夫!? フウリ病がうつっちゃったんじゃない! ぶつかったとこ白くなってない?」

 明らかにおどけていた。周りの生徒たちが一斉に嘲笑する。

「おっとやばい! おれ真っ白になっちゃうよ! それ!」

 フウリと肩をぶつけた男子が、フウリとぶつかった肩を手で触り、その手で近くにいた女子の体に触れる。

「やだ! ちょっとやめてよ! うつったらどうするの!? えい!」

 その女子が、更に別の女子の体に触る。グループの生徒たちは、楽しそうな悲鳴と笑い声を森の中に響かせながら、フウリ病の押し付け合いを続け、そしてそのまま森の奥に去って行った。その様子を立ち尽くしながら、じっと見ていたフウリの顔が歪み、瞳に涙が浮かぶ。フウリが涙を指で拭って顔を上げた時、フウリとぼくたちの視線がぶつかった。たちまちフウリの白い顔が真っ赤に染まる。見ないで、と言うように、フウリが顔を俯ける。長い耳が萎れた花のように垂れ下がった。そしてフウリは顔を伏せたまま駆け出して、そのまま森の奥へと消えて行った。

 フウリがいつも露出の少ない服装をしているのは、他のみんなとは違う白い肌をコンプレックスに思っていて、それを隠そうとしていたからじゃないのか。フウリは以前に、他種族と関ろうとしないプーカバニー族は、プーカバニー族の領域との境になっているラージャ川には滅多に近づかないと言っていた。だったらぼくたちが出会ったあの日、フウリがラージャ川の近辺にいたのはどうしてか。里に居場所がないからではないのか。学校で白い肌を気味悪がられて仲間に入れてもらえず、里に友達と呼べる相手が一人もいないから、自分を蔑み受け入れてくれない同族たちが寄り付かないラージャ川の近辺にまで足を運んでいたんじゃないのだろうか。もしかしたらぼくたちと出会う前からフウリはずっと、学校が終わって放課後になると、毎日一人になれる場所を求めて、プーカバニー族があまり来ない場所に行き、独りで過ごしていたんじゃないのだろうか。だからフウリはプーカバニー族があまり来ない場所をたくさん知っているんじゃないのか。さすがにそれは考えすぎで、他のプーカバニー族も知っていることなのかもしれないけれど。

 里に友達がいないから、他種族と関りを持たないようにしているプーカバニー族でありながら、フウリはあの時、自分を受け入れてくれる友達が欲しくて、ぼくとギマに一緒に遊ぼうと声をかけてきたんじゃないのか。里で除け者にされているフウリがぼくたちに声をかけた時、もし拒絶されたらどうしようと考え、怖かったはずだ。フウリはあの時、どれだけの勇気を振り絞っていたのだろうか。ぼくとギマは、フウリの姿が見えなくなると、プーカバニー族たちに見つからないよう、静かに立ち去った。

 翌日からフウリは待ち合わせ場所に来なくなった。今までフウリと一緒に遊んだことのある場所に、何度足を運んでみても、フウリの姿は見つけられなかった。

「ぼく、このままフウリとさよならなんて嫌だよ」

「おれだって嫌だ」

「フウリに会いに行こう」

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