ステータス異常【石化】 第6話

 フウリは溌剌な笑顔が印象的な少女だった。八年経った今でも、ぼくはフウリの笑顔をよく覚えている。それからぼくらはゴーグの森の中で待ち合わせ、毎日三人で遊ぶようになった。ぼくたちはすぐに打ち解けた。学校がある日は放課後に、お互いの学校が共に休日の時は、朝から夕方まで遊んだ。

 フウリはぼくらと一緒に遊んでも問題ないと言ったけど、バレたら咎められる可能性が高かったから、他の誰かに知られることは避けるべきだった。だからぼくとギマは、フウリのことを誰にも言わないようにした。フウリも同様に、ぼくらのことは里の人たちに黙っていた。三人で遊んでいることは、ぼくたちだけの秘密だった。誰かに見つかるわけにはいかないぼくらは遊ぶ場を選ぶ必要があった。ゴーグの森の中のラージャ川の手前。ラージャ川。ラージャ川の向こう側のプーカバニー族の領域の中でも、プーカバニー族がほとんど足を運ばない場所をフウリが知っていて、そこもぼくらの遊び場となった。駄目元でキャピトゥーンの里に連れて行ってとフウリに頼んだみたことがあった。けれど、やっぱりそれは無理だと断られた。キャピトゥーンの里の周囲には結界が張ってあり、結界によって里は隠されていて、他種族には里の位置すらわからないようになっているとのことだった。結界を通る方法を知っているのはプーカバニー族だけで、それだけは絶対に教えることはできないと言われた。

 ぼくたちはゴーグの森の中で、毎日様々な遊びをして過ごした。木登り。虫捕り。鬼ごっこ。かくれんぼ。葉っぱで作った舟を川に流し、誰のが一番早いか競争したり。川に平べったい石を投げて水面で跳ねた回数を競ったり。川で泳いだり。火の熾し方や焼き魚の作り方を、フウリが知っていたから、魚釣りをして捕まえた魚を焼いて食べた。自分で釣った魚は格別においしかった。その他にも、森の知識に長けるフウリから、色々教わったりもした。木の実や食用になる野草を教えてもらって採取した。ぼくらの知らない草笛の作り方を教わって作って吹いた。小動物の狩り方も教わった。

 八年経った今思い返してみても、あの頃、ぼくとギマとフウリの三人で、ゴーグの森の中を遊びまわっていた時が、ぼくの人生で一番楽しい時間だった。あの頃のぼくたちは、毎日毎日ばかみたいに三人で笑い合っていた。次の日もそのまた次の日も、こんなに楽しい日々がずっとずっと続けばいいのに、そう思っていた。あの頃に戻れるなら戻りたいと、今でも時々思うことがある。あの頃ぼくは、自分は大人にはならないと、割りと本気で思っていた。自分が大人になるイメージがどうにも湧かなかったのだ。毎日働いて大変そうにしている大人たちを見て、大人になりたくない、ずっと子供のままでいたい、という単純なわがままな思いもあったのだと思う。ずっと子供のままでいられるわけがない、と頭ではわかっていた。けれど自分は大人にはならない、ともなぜか真面目に思っていたのだ。自分で言っていて、矛盾しているし意味不明だと思うけれど、とにかくあの頃のぼくは、ずっと子供のままでいたいと、そんな風に思っていたのだ。

 プーカバニー族はぼくたちヒュマ族とは文化が異なっていて、フウリはぼくたちの知らない、プーカバニー族の風習についても、色々教えてくれた。その中の一つに、成人の儀というのがあった。

 ギマが母親の愚痴を言った時に教えてくれたんだ。ぼくたちはゴーグの森の中、割と開けた場所を歩いていた。

「昨日、ふざけて食器で遊んでたら割っちまって、母ちゃんにめちゃくちゃ怒られたんだけどさ。『あんまり悪さしてたら、夜中にお化けがやってきて、頭をがりがり齧られちまうよ!』って言うんだよ。おれももうさすがに悪いことしても、お化けなんて来ないってわかってるっつーの。母ちゃんの奴、未だにあんな子供騙しがおれに効くと思ってやがるんだ。ありえねーと思うだろ?」

「あははは! もうぼくたち十歳だもんね」

「ヒュマ族のお母さんも、わたしたちの親と似たようなこと言ってるんだね。あっちの森、霧が立ち込めてるのわかる?」

 フウリが指差す先、ゴーグの森の奥、かなり遠くに薄く靄がかかったようになっている一角がかろうじて視認できた。

「あっちの奥の森は、幻妖の森って言うんだけど、幻妖の森にエテムっていうモンスターが出るの。顔が大きな骸骨で、腕が大きな鎌になってるモンスターでね。わたしたちは【森の死神】って呼んでるわ。プーカバニー族の大人は子供が悪いことした時や、言うことを聞かない時に『悪いことする子はエテムのいる幻妖の森に連れていくぞ!』って脅すんだよ」

「エテムってそんなに恐ろしいの?」

「わたしはまだ見たことないんだ。でもわたしも十歳になったから、そろそろ成人の儀をやらなくちゃいけなくて、近いうちに幻妖の森に行くことになるから、その時初めてエテムを見ることになるね」

「成人の儀?」

「一人前の狩人として認めてもらうために乗り越えなくちゃいけない儀式のことよ。幻妖の森に一人で行って、エテムを倒して、エテムの骸骨の顔の目のところに嵌っている黄昏の魔法石を持ち帰ってくるっていうのが達成条件になってるの。挑戦する年齢が絶対に十歳だって決まってるわけじゃないんだけど、ほとんどの人が十歳前後で達成するから、わたしもそろそろなんだ。十歳にもなったら、さっきギマが言ってたみたいに、大人がエテムをだしに使って子供を怖がらせてただけで、エテムが夜中に里の中に入ってきて、子供を食べることなんてないし、大人が本気で子供を幻妖の森に連れて行く気がないってこともわかってるし、エテムがわたしたち子供でも倒せるくらいに弱いことも知ってるんだけど。それでも幼い頃からことあるごとにエテムの名前を出されて脅されてきたから、わたしの中のエテムの想像図はとっても恐いことになっちゃっててさ。成人の儀に臨むことが億劫なんだ。この恐怖を乗り越えるところに、成人の儀を行う意義があるんだけどね」

「エテムがどんなに怖い顔をしてるのか知らないけど、霧が立ち込めてる森の中に一人で行かなきゃならないっていうだけでも怖いよね」

「そうなの。エテムを抜きにしても、幻妖の森自体が不気味なんだよね。でも幻妖の森は怖いことばっかりじゃないんだよ。エルファリアっていう名前の、幻妖の森にしか咲いていない綺麗な花があるのよ。その花はなぜか摘んでもずっと枯れない不思議な花でね、枯れないのは幻妖の森にずっと立ち込めている霧が関係しているんじゃないかって言われてるんだけど、詳しくはわかってないの。枯れない性質にあやかって、わたしたちプーカバニー族は、想い人にエルファリアの花を贈ることで、永遠の愛を誓うの。素敵でしょ?」

「ロマンチックな風習だね」

「でしょ?」

「けっ、女ってなんで花なんか貰って喜ぶんだよ。花なんか貰っても飾るだけじゃねえか」

「贈ってくれる気持ちが嬉しいんじゃない」

「ふうん。そういうもんかね」

 ギマは興味なさそうに言った。

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