ステータス異常【石化】 第5話

 他種族との交流を嫌うプーカバニー族との境界線となっているラージャ川には、橋が一つも架かっていない。ぼくたちは比較的水深の浅い箇所を見つけ、そこから川を渡る。ぼくらの膝上くらいまでの水深の川の中、五メートル程歩いて渡りきる。そのまま森の中を少しだけ進む。振り返るとまだラージャ川が見えている。ギマがぼやいた。

「いねえな、プーカバニー族」

 ぼくは首肯する。未知の領域に足を踏み入れ、不安げにぼくが周囲を警戒していると、突然ギマが大きな声を出す。

「おい見てみろよ! でっけえキノコがあるぞ! こんなでかいキノコ見たことねえ!」

 ギマの視線の先に顔を向けると、高さが六十センチもある巨大なキノコが地面に二つ生えていた。笠は赤く、幹は白い。中央の太い幹から、枝分かれた数本の細いキノコが伸びている。ぼくは目を瞠った。

「わあ! おっきいね!」

「食ったらうまいかな?」

「毒キノコかもしれないよ?」

「とりあえず持って帰ろうぜ。母さんに食べられるキノコかどうか聞いて、毒キノコだったら捨てればいいだけだ」

 ギマがキノコに近づき、両手で白い幹を掴んで引っ張った。その瞬間、キノコが奇怪な叫び声を発する。

「どわわあ! なんじゃこりゃあ!」

 驚いてキノコから手を離したギマが尻餅をつく。ギマが引っ張ったキノコと、隣のキノコが同時に地面から飛び出す。幹の付け根が二股に分かれ、それが足になっており、キノコは二本の足で器用に立った。キノコの正体を悟ったぼくは戦慄する。

「マ、マイコニドだ!」

 ゴーグの森の奥、ラージャ川を超えたプーカバニー族の領域には、ラージャ川の手前には棲息していないモンスターたちが棲息していると、学校の先生が言っていたことをぼくは思い出した。その時に、キノコのフリをして人間を襲うマイコニドというキノコ型モンスターがいるという話を、先生から聞いていたのに、ぼくとギマは二人して忘れていたのだ。

 地面に埋まっていた足を露にしたマイコニドの体長は、八十センチの大きさになった。中央の幹から派生して生えている小さいキノコが、手のように動いている。笠と幹の境目に口があり、鋭い牙が並んでいる。笠の部分をよく見ると、白い点が二つ付いている。どうやらそれが目になっているらしい。笠にはそれ以外にも黒い穴がいくつも開いている。

 一体のマイコニドが笠に開いた黒い穴から、紫色の煙を吐き出した。どくどく胞子だと気づいた時には遅かった。一瞬にしてぼくらの体が紫煙に覆われる。急激に吐き気が込み上げ、体の節々が痛み出す。毒の状態異常になってしまったのだ。ぼくはその場に膝をつく。ギマを見やるとギマも辛そうな表情を浮かべている。二体のマイコニドが奇声を発し、鋭い牙を剥き出しにした口腔を、前に突き出しながら飛び掛ってきた。ぼくは毒の痛みで立ち上がることもままならない。

「こんの野郎!」

 ぼくと同じく毒状態になってるはずのギマが立ち上がり、持っていた木の棒を片方のマイコニドに叩き込む。倒れたマイコニドにギマが連続で追撃し、一体を倒した。

「う、うわあ!」

 ギマが一体を倒している間に、もう一体がぼくに肉薄していた。

「アセビ!」

 ギマが振り向き、すぐさまこちらに駆け寄ろうとするが間に合わない。マイコニドがぼくに齧り付く方が早い。ぼくは恐怖に両目をきつく瞑った。どさり、という音が耳朶に滑り込む。……来るだろうと思っていた強烈な痛みがいつまで経っても訪れず、ぼくは目を開いた。赤い笠から矢を生やしたマイコニドが倒れて動かなくなっている。ギマに目を遣ると、ギマは森の斜面の上方を仰いでいた。顔を向けると、斜面から一人の少女が駆け下りて来ているところだった。少女の頭から、ウサギのような長い耳が二つ生えていた。駆け下りてきた少女が、腰のポーチの中にボウガンを持っていない方の手を突っ込み、なにかを取り出す。

「飲んで。毒消しよ」

 ぼくらは差し出された丸薬を口に含み、飲み込んだ。するとみるみる体が楽になっていく。安堵の溜息を吐いていると、少女が口を開く。

「楽になった?」

「うん。ありがとう」

 少女がギマに顔を向ける。

「マイコニドを棒で叩いて倒すなんて凄いね」

「まあな。おれにかかればあれくらい、ちょろいもんよ」

 ギマが鼻を擦りながら嘯く。そんなギマを見ていた少女の顔に笑みが浮かぶ。

「それにしては、マイコニドが襲い掛かってきた時の君の驚きっぷりは情けなかったよね。大声上げて尻餅ついちゃってさ。あはははははは!」

 少女は先程のギマの様子を思い出したのか、お腹を抱えて笑い出す。ギマが赤面する。

「う、うるせえ! そんなに前から見てたんなら、もっと早く助けろよな!」

 ぼくは恐る恐る尋ねる。

「プーカバニー族、だよね」

「そう、だよ」

 ぼくとギマは、初めて見るプーカバニー族である少女のことをじーっと見つめる。少女が居心地悪そうに身じろぎする。

「……なに?」

「肌、白いんだね。浅黒いって聞いてたんだけど」

 少女の風貌は、大人たちから聞いていたプーカバニー族の容姿とは異なっていた。プーカバニー族は、ウサギのような長い耳と丸い尻尾を持ち、小麦色の肌をしていて、肌の露出が激しいプーカバニー族特有の民族衣装を着ていると聞いていた。しかし少女は体のほとんどを覆い隠す、露出の少ない服を身に纏っていた。動物かモンスターの牙で作ったらしいネックレスを首から提げている。そしてかろうじて露出している顔や手の肌は、雪のように白い。

 一瞬、少女が身を強張らせる。

「変、かな?」

「ん? 別に変じゃねえよ。なあ?」

「うん。百聞は一見にしかずってやつだね。実際に見てみないとわからないこともあるって本当なんだね。あ、ごめん。ぼくたちラージャ川を渡ってきちゃって。もう帰るから。行こうギマ」

「おう」

 ぼくたちは踵を返し、ラージャ川に向かって歩き出す。ぼくらの背中に少女の大きな声が飛んでくる。

「待って!」

 足を止めて振り返る。

「あの、さ。もしよかったら、一緒に遊ばない? 嫌だったらいいけど」

 ぼくとギマは顔を見合わせた。ギマが問う。

「プーカバニー族って他種族が嫌いなんじゃないのか?」

「嫌いなわけじゃないよ。ただ、あんまり関らないようにしてるだけで」

「ぼくたちと関っても君は平気なの?」

「うん。わたしはそういうの気にしないから」

「そっか。だったら遊ぼうぜ!」

「うん。ぼくもいいよ。ぼくはアセビ。君は?」

「わたしはフウリ」

「おれはギマだ。よろしくな!」

「うん!」

 フウリは快活に頷いた。

 フウリもぼくらと同じ十歳だった。プーカバニー族たちの里、キャピトゥーンという名の里に住んでいて、今は里にある学校に通っている学生とのことだった。ぼくたちはその日、暗くなるまで一緒に遊んだ。

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