ステータス異常【石化】 第4話


 デラたち三人は、ギマとハスナに対して行った悪行がクラスメイト全員に露見し、クラスで浮くようになっていた。今まではデラが学年でけんかが一番強い奴だとみんな思ってたから、そんなデラを恐れ、デラに横暴な態度を取られても、特に言い返すこともせずに我慢してきた。でもデラがけんかでギマに無様に負けるところを、大勢のクラスメイトたちが目撃した。みんなはデラと、ついでに腰巾着であるレオンとダリルを蔑んだ目で見るようになっていた。そんなある日の昼休み。

「ギマ、外に遊びに行こう!」

 友達の多いギマは、晴れの日の昼休みは、いつも誰かとグラウンドで遊んでいた。

「おう! アセビも行こうぜ!」

「うん!」

 あれ以来、ぼくはギマと一緒に遊ぶ仲になっていた。昼食を食べ終えたぼくとギマは、クラスメイトの男子たち数人と一緒になって、教室から廊下に出ようと歩き出す。デラたち三人は、デラの席の近くに固まり、三人で談笑している。ギマが三人のところに歩み寄り、言った。

「なあ、お前らも来ないか?」

 その瞬間、ギマがデラに話しかけたことに気づいた周囲のクラスメイトたちが黙り込み、視線をギマとデラたち三人の方に集中させる。ぼくも驚いて立ち止まる。

「な、んで?」

 それはデラたちも同様で、三人とも困惑の表情を浮かべる。

「お前らも一緒にどうかな、と思っただけだよ」

 デラはどう返答すればいいのかわからないらしく、黙り込む。

「お前はおれに謝ったんだ。あの時のことは、それでもういいだろ。別に嫌なら来なくていいけどよ」

「本当にいいのか?」

 デラは、ギマと一緒に遊びに行こうとしていた他の男子たち、特にあの時殴ったぼくに目を向け、窺った。デラもこういう時は遠慮するらしい。正直ぼくは嫌だった。けれど陰険で酷い、一番嫌なことされたギマがいいって言ってるから、渋々了承することにする。

「ギマがいいって言うんなら、ぼくも別にいいけど」

 ぼくが言うと、他の男子たちも同意する。

「じゃあ、おれも行くよ」

 デラが席から立ち上がる。ダリルとレオンもそれに倣う。そしてデラたち三人も一緒になって下駄箱に向かう。歩きながらぼくは声を潜めてギマに話しかける。

「ねえ、本当にいいの?」

「あいつら謝ったんだから、許してやらないといけねえだろ。お前は殴られたこと、まだ許してないのか?」

「ぼくも謝られたから、許してないわけじゃないけどさ、それでもわだかまりとか、ちょっとくらい残ってるでしょ?」

「いや、おれはもうなんとも思ってない」

「え!? なんで!? あんなことされといてさ!」

 驚愕したぼくの口があんぐりと開いた。

「なんでって言われても。終わったことじゃんか」

 ギマを糾弾したウタンについては、デラたちによって勘違いするように仕向けられていたのだから、謝られたら許す気持ちになるのはわかるけど。あんな陰険なことをしてきて、更に殴りかかってきたデラを完全に許すなんて、ぼくはギマの行動が理解できなかった。自分だったら完全には許せなかったと思う。謝られたとしても、ずっと小さなわだかまりが残ったはずだ。殴られたことや脅されたことについて、ぼくはまだ、デラたちのことを完全に許す気持ちになれていなかった。謝られたけど、やっぱり殴られる前よりも、デラたちのことを嫌いになっていた。どうすれば完全に許す気になれるのか、ぼくには到底わからなかった。ギマはやっぱり凄いと思った。ギマには前から憧れていたけれど、ギマの寛容さを知り、ぼくは改めてギマを尊敬した。

 ぼくとギマはどんどん仲良くなっていった。学校ではいつも一緒に行動するようになり、放課後も毎日のように一緒に遊んだ。特にぼくたちが好きだった遊び場は、ぼくたちの住むテレジアの町の近くにあるゴーグの森の中だった。ゴーグの森にはモンスターが棲息している。だからぼくらは森に遊びに行く時は必ず、武器として木の棒を装備していた。

 ギマは適当な思いつきで、後先考えずに行動することがよくあった。『木に上って、枝から隣の木の枝に飛び移れるか試してみようぜ!』等、ギマの思いつきは大抵危険なものばかりで、そういう時、決まってぼくはギマを止めようとしたけれど、ギマはぼくの制止の言葉をいつも無視し、自分の思いつきのままに危険な遊びに挑戦し、おおいにぼくを振り回した。あの日ラージャ川に行ったのも、ギマの思いつきだった。

「なあアセビ、プーカバニー族って見たことあるか?」

「ないけど」

「見てみたくないか?」

「まあ、少しは見てみたいって思ったことはあるよ」

「よし、じゃあ今から見に行こうぜ」

「えー!? ラージャ川の向こう側に行こうっていうの!?」

 ゴーグの森の中に、ラージャ川という川が流れている。ラージャ川の向こう側にプーカバニー族という種族が住んでいた。森の中に里を築き、木の実や野草の採取、動物やモンスターを狩り、農産物を作って生活している彼らは俗に森の民、森の狩人と呼ばれる。そんな彼らは閉鎖的な種族で、他種族との交流を嫌う。自分たちも森の一部だと見なし、俗世との関りは森の意志に反するという考えを持っているからだ。しかしながら彼らが完全に他種族と交流を断っているというわけではない。薬学に長けているプーカバニー族の作る薬は効果が高く、ラージャ川を境界線として、ゴーグの森のプーカバニー族の領域に、他種族が入ってこないようにしてもらう代わりに、彼らは他種族に効果の高い薬を分けてくれていた。プーカバニー族特製の薬を重宝しているぼくら近隣の他種族は、プーカバニー族の怒りを買い、薬を分けて貰えなくなると困るため、滅多なことがない限り、プーカバニー族の領域に足を踏み入れることはしない。プーカバニー族の里は彼らの領土だが、ラージャ川を境界線として、川を越えたゴーグの森の、プーカバニー族の領域は、彼らの領土というわけではない。そのため、多種族に入られると彼らはいい顔はしないが、入ったからといって法で罰せられることはない。多種族と関わりたくないプーカバニー族が、ただここから先には入ってきてほしくない領域であって、近隣に住んでいる他種族がそれを理解しており、滅多なことでは入らないようにしている、という曖昧な口約束なのである。

 侵入した者を罰する法がないことをいいことに、稀に他種族が遊び半分でプーカバニー族の領域に入ることがある。しかしながら度が過ぎる迷惑を被らない限り、他種族を見かけたプーカバニー族は、すぐに結界を張っている里の中に無言で立ち去るだけで、その場で怒って追い出すことはほとんどしない。少しくらい入ったところで、彼らは目くじらを立てることもなく、大目に見てくれていた。

「やめたほうがいいよ」

 ぼくはいつものように苦言を呈する。

「ったくお前はなんでいつもそう臆病なんだよ」

「プーカバニー族に迷惑がかかっちゃうよ」

「見つからないように遠くから見るだけなら、別に迷惑かけることもねえだろ」

「そうだけど……」

「大丈夫だって。行こうぜ」

 ぼくはこれまたいつものように、ギマに押し切られる形で不承不承ギマの背中を追いかけた。森を進み、ラージャ川に着いた。

「ねえ、やっぱりやめようよ」

「往生際の悪い奴だなあ。来ないんだったおれ一人で行って来るから、お前はそこで待ってればいいだろ」

 モンスターが棲息する森の中に一人で取り残されることは、不安で怖かった。

「ちょっと待ってよ! ぼくも行くよ! 置いてかないでよ!」

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