ステータス異常【石化】 第2話

 四人で洞窟を出る。来た道を戻り、おじさんとおばさんが待つ場所まで来た。デクチンの姿を認めた瞬間、おじさんとおばさんがデクチンに駆け寄った。

「デクチン! 無事だったのね! 怪我はない?」

「うん、平気。……ごめん」

 おじさんがデクチンの頬を引っぱたく。

「バカヤロー! ここには近づくなって言ってるだろ!」

 デクチンが顔をくしゃりと歪めて嗚咽を漏らして泣き出した。おじさんとおばさんがデクチンを抱きしめる。

「どれだけ心配したと思ってるんだ! 無事でよかった。本当によかった……」

 ぼくとソプラナは、おじさんとおばさんとデクチンからお礼を言われまくった。その後、歩きながら村に戻る途中で、ぼくは今、ソプラナと二人で不思議を求めて旅をしていることをギマに話す。ギマが当然の疑問を口にする。

「つーか、ここどこだ?」

「テレジアの町から、かなり遠く離れたところにある山の中だよ」

「なんでおれ、そんな遠くまで来ちまってるんだ? ついさっきまで、幻妖の森の中にいたはずなのに。あ、ついさっきじゃないのか、八年経ってるんだったな」

 こんなことになってしまったのは、全部ぼくのせいだった。ぼくの胸が強烈な罪悪感で締め付けられた。

 村に着くと、村人たちがみんなデクチンの無事を喜び、安堵の笑みを浮かべた。デクチンと口論になったという少年がデクチンに歩み寄り、デクチンに謝ると、デクチンも少年に頭を下げて謝っていた。

 宿屋のおじさんとおばさんが無料でいいと言ってくれたので、ぼくらは宿に無料で泊まらせてもらえることになった。ぼくはソプラナとギマと三人で部屋に向かいながら、ソプラナに言う。

「ソプラナ悪いんだけどさ、ギマをぼくたちの故郷のテレジアの町まで送っていきたいんだけど」

「勿論いいよ。八年間も行方不明になってたんでしょ? 早く帰って家族を安心させてあげなくちゃね」

「ありがとうソプラナ」

 部屋の前に到着する。ぼくとソプラナが村に到着してすぐに宿に行った時、二部屋取っていた。

「ギマ君、部屋どうする? やっぱりわたしよりもアセビと一緒の部屋の方がいいよね」

「え…………」

 ぼくを見上げるギマと目が合う。こんな風に再会して、ぼくはギマに対して気まずさを感じていた。折角再会したのだから、同室になって色々話したいという気持ちもあるんだけど、昔のままのギマにどう接すればいいのかわからない。ギマの顔には、ぼくと同じ気持ちだと書いてあった。ギマがぼくから目を逸らす。

「……別にアセビと一緒じゃなくてもいい。ちょっと一人になりたい」

「そ、じゃあもう一部屋借りれるか聞いてくるね」

 ソプラナが立ち去り、部屋の前の廊下で、ぼくはギマと二人きりになる。お互い無言で、気まずい沈黙が続いた。部屋はもう一部屋借りられることになり、ぼくたちは別々の部屋を使った。

 翌日、ぼくたちは村を出立した。おじさんとおばさんとデクチンから、宿を出る時も、村から出る時は他の村人たちからも、昨日と同じようにたくさんお礼を言われて、食べ物やらアイテムやら、色々な物を貰った。

 昨日苦労して登った山を下りていく。ぼくとソプラナは、今視界に広がっている景色を昨日も眺めたけれど、ギマは違う。初めて訪れた土地、初めて見る景色に、ギマは瞳を輝かせていた。

「うおー! すげー!」

 興奮したギマが山道を一人で走って下っていく。

「あんまり走ると危ないよ!」

「平気平気!」

 ぼくの制止の声を聞き入れず、ギマはどんどん速度を上げて駆け下りていく。ギマの行く先で道が二手に分かれている。

「お? こっちの道の方が面白そうだ!」

 ギマが比較的平坦で安全な道ではなく、急斜面に進路を向ける。

「そっちは危ないって! こっちからも行けるから!」

 ぼくの言葉を無視してギマが急斜面に入っていく。速度も落とす気はないらしい。慌ててぼくはギマを追いかける。途中までは順調に下りていたギマだったが、案の定ギマは途中で足を滑らせた。

「うわっ!」

 転んだギマが斜面を滑り落ちていく。斜面の端を落ちたら、そこは高い崖だ。

「危ない!」

 ぎりぎりのところで追いつき、ぼくはギマの手を掴んだ。手を繋いだまま二人して斜面を少しだけ滑り落ち、摩擦によって止まった。あと少しでも遅かったら、ギマは崖下に落下していただろう。ぼくは大きく息を吐いて胸を撫で下ろす。

「二人とも大丈夫!?」

 ソプラナが傍に駆け寄ってくる。ぼくはギマに手を貸して助け起こす。

「いてててて……!」

 ギマはあちこち擦りむいていて、痛みに顔を顰めている。ぼくは頭に血が上った。

「だから危ないって言ったじゃないか! 君が運動神経が良いことは知ってるし、ゴーグの森の中は君の庭みたいなものだったかも知れないけど、ここは君にとって初めて来た山の中なんだ! 調子に乗るなよ! 今だって死んでたかもしれないんだ! 後先考えずに行動するのは、君の悪い癖だ!」

 ぼくに怒鳴られたギマの体が萎縮する。その姿はまるで大人に怒られた子供のようだった。

「……ごめん」

 昔だったら、ぼくが注意して、ギマがこんな風に萎縮することなんて絶対になかった。ぼくがなにを注意しても無視して突っ走る。それがギマという少年だったのだ。昔のぼくはいつもギマの行動力に振り回されていた。ぼくの前で萎縮しているギマの姿を見て、ぼくの胸が締め付けられる。兄と弟、親と子供、教師と生徒、みたいに立場に差ができたみたいだ。こんなのはもう友達じゃないみたいじゃないか。この出来事があってから、ぼくたちの関係は更にぎくしゃくした。

 ぼくたちはその日の内に下山して、麓の町に到着した。町に着いた頃にはもう夕暮れを迎えていた。宿屋に向かい、部屋を取ろうとしたところ、生憎この日は二部屋しか空いていなかった。

「ギマ君、わたしと一緒に寝る?」

 ぼくが怒ってから、ギマはしゅんと大人しくなり、今ここに到るまでずっと気まずい雰囲気になっていることに、ソプラナが気を使って言った。しかしギマは首を横に振る。

「おれ好きな子がいるから浮気はしない」

 とギマが言うので、ギマとぼくは同室になった。こんな雰囲気の中、一緒の部屋で寝泊りするだなんて、ギマにどう接すればいいのか未だにはかりかねているぼくは大いに困った。問題が解決しないまま、ぼくたちは宿屋の食堂で夕飯を食べることにした。

 ぼくが注文したサラダの中に、キノコが入っていた。キノコが嫌いなぼくが、キノコを全部皿の端によけながらサラダを食べていると、それを見たギマが言った。

「なんだよ。未だにキノコ食べられないのかよ」

「うん。あの時のことがトラウマになったからね」

「おれが食べようとしたキノコが実はモンスターで、おれたちに襲い掛かってきたことだろ?」

「そうだよ。あの時フウリが助けてくれなかったら、ぼくたちの方が逆に食べられちゃうところだったじゃないか」

「あっはっは! あんなのただの笑い話じゃねえかよ! なんで八年も経ってんのに未だにトラウマになってんだよ。そういうところは変わってねえんだな!」

「うるさいな。ぼくにとってあれは、幼い頃の怖い出来事なんだよ。なにが笑い話だよ。死にかけたことがどうして笑い話になるのさ。君の方がおかしいよ」

「お前本当にアセビなんだな。キノコおれが食ってやるよ」

 ギマがぼくの残したキノコを代わりに全部食べてくれる。

「ありがとう。いつもぼくが残したキノコを食べてくれてたよね」

「このキノコうめえぞ。八年もずっと食べてねえなんて、もったいねえことしやがって」

 昔の話が出たことで、ぼくたちの間にあった気まずい空気が少し和らいだ。

 食事の後、ぼくはギマと二人で大浴場に向かった。脱衣所で服を全部脱ぐと、ぼくの裸を見たギマがしみじみと言った。

「お前本当にでかくなったなあ! そんなとこまでそんなに大きくなりやがって」

「あははは! どこ見て言ってるのさ」

 頭と体を洗い終え、二人で湯に浸かる。するとギマが少年少女冒険団のテーマソングを歌いだした。懐かしさがこみ上げてきて、ぼくも一緒になって歌いだす。あの頃とは違って声変わりしたぼくの歌声と、あの頃と全く同じ高いままのギマの歌声が、浴室に反響する。歌い終えるとギマが言った。

「まだ覚えてたんだな。おれたちの歌」

「うん。ギマが用事があるって言って、ぼくが一人先にフウリとの待ち合わせ場所に行ったら、フウリが踊りながらこの歌を歌ってたんだ。フウリが適当に作詞作曲したその歌が、いつの間にかぼくらのテーマソングになったんだよね。懐かしいなあ」

 あの頃の楽しかった思い出が、頭によみがえる。ぼくらは再び少年少女冒険団のテーマソングを歌いだす。お風呂から上がる頃には、ぼくらの間にあった壁はいつの間にか崩れ去っていて、ぼくは昔と同じ感覚で、ギマと話せるようになっていた。脱衣所で寝巻きを着たぼくたちは、どちらからともなく再び少年少女冒険団のテーマソングを歌いだした。二人で歌いながら脱衣所から廊下に出ると、ちょうど隣の女湯の脱衣所から出てきたソプラナとばったり会う。風呂上りで三つ編みをほどいているソプラナは、ぼくらを見て顔に笑みを浮かべる。

「ご機嫌だね。仲の良い兄弟みたい」

「兄弟じゃねえ。親友だ」

「二人はただの友達じゃなくて親友だったんだね」

「おうとも! フウリも入れて、おれたち三人は親友なんだ」

 屈託なく断言し、にかっと笑うギマ。その顔を見ていると、どうしようもなく罪悪感が沸々と湧き上がってきた。ぼくはギマの笑顔を見ていられなくて俯いた。そんなぼくの顔をギマが見上げる。

「そういや訊くの忘れてたけど、フウリは元気か?」

「ギマがいなくなってから、フウリとはもう会わなくなったんだ」

「なんでだよ」

「部屋に戻ってから話すよ」

 部屋に戻ったぼくたちは、とりあえず寝る準備を整えることにした。ぼくは無限袋の中からぬいぐるみを取り出す。そしていつものようにぬいぐるみを枕元にセットした。それを見たギマが大きな声を出す。

「おいそれベリーちゃんじゃねえか! お前そんなに大きくなったのに、まだベリーちゃんと一緒じゃないと眠れないのかよ! あーっはっはっはっは!」

 ギマはベッドの上に倒れこみ、お腹を抱えて大爆笑した。

 ウサギと猫を足して半分で割ったような愛くるしい容貌に、小柄な体躯を持つ、ベリーナ族という獣人がいる。その愛らしい姿に心を癒される人々が絶えず、人々の手によって作製され、販売されているベリーナ族のぬいぐるみは、昔からずっと人気がある。ぼくは子供の頃に親から買ってもらったベリーナ族のぬぐるみにベリーちゃんと名付け、毎晩一緒に寝るようになり、いつしかベリーちゃんと一緒じゃないと寝つきが悪くなるようになったのだ。

 昔ギマがゴーグの森で野宿してみたいと言い出し、ぼくは嫌がったけど断りきれなくて、二人で寝袋などを用意して、野宿したことがあった。でも捜しにきた親たちにあっさり見つかって、めちゃくちゃ怒られた。蚊に刺されまくって体中が痒かったことを、今でもよく覚えている。あの時もぼくはベリーちゃんを持参していき、それでベリーちゃんが傍にないと眠れないことがギマにバレたのだ。あの時もギマに大爆笑された。

「うるさいな。ほっといてくれよ」

「それ薄汚れてるけど、もしかして昔からずっと同じの使ってるのか?」

「そうだよ」

「物を大事にするところも変わってねえんだな。だったらこれもまだ持ってるのか?」

 ギマがバックパックの中から取り出したのは、少年少女冒険団のバッジだった。

「勿論」

 ぼくも無限袋の中から、自分の分のバッジを取り出した。手に取ったバッジを眺めていると、次々とぼくの脳裏に昔の思い出が想起されていく。ぼくはギマと思い出話に花を咲かせた。ギマと思い出話をすることは、とても楽しかった。ぼくはまるで昔に戻ったかのような感覚に陥っていった。けれど――

「それで、フウリと会わなくなったって、どういうことだよ」

 ギマのその言葉で、一瞬にして楽しい感覚が引っ込む。ぼくは笑みを消し、ギマとしっかりと目を合わせる。。

「君に謝らなくちゃいけないことがあるんだ」

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