盾 第9話

 翌日の朝、ルグリムさんが作ってくれた朝食をいただいていると、世間話でもするような気軽さで、ルグリムさんがさらっと言った。

「アシュナーノ。これからここであたいと暮らさないかい?」

 ぼくはアシュがここでルグリムさんと暮らしたいと言うのなら、ぼくたちとはここで別れて、ルグリムさんと暮らせばいいと思った。でもアシュはそうは思わなかったらしい。アシュは食べるのを一旦やめ、ルグリムさんに顔を向ける。

「あたし、お母さんがあたしを大事に思って作ってくれたことがわかって嬉しかったよ。お母さんのこと好きになったけど、あたし、できれば盾としてもっと長生きして、これからもあたしを大事にしてくれたアセビに使ってもらいたい。これからも二人と旅をして、もっと二人の役に立ちたい」

「そうかい。あんたがそう言うんなら、残念だけど仕方ないね」

 ルグリムさんはもっと食い下がるかと思ってたから、意外だった。本当はもっと一緒にいたいに違いなかった。だというのに娘の意志を尊重してやりたくて、自分の気持ちをぐっと押し殺しているんだろう。

「盾として使ってもらうにしちゃあ、昨日見た盾になったあんたの姿、かなり酷いもんだったね」

「お母さん、あたしを直すことってできないかな?」

「できるよ。溶かして作り直せばいいだけだしね。でもあんたたちの旅ってのは、ブロンズシールドがこんなになっちまう程度には危険だってことだろ? これから先もブロンズシールドを使う気かい?」

 ルグリムさんがぼくに目を向ける。

「アシュを直して、それから強化することはできませんか?」

「素材さえあればできるよ」

 ルグリムさんはブロンズシールドの強化派生を数パターン提示してくれた。ぼくたちは話し合った結果、これからも盾としてアシュを長く使い続けるために、強化するのであれば一番防御力が高くなる派生、オーバルラウンドという名の盾に強化することに決めた。強化素材として、セラドゥークという蜥蜴型の大型モンスターから手に入れることができる、水蜥蜴の硬皮と水蜥蜴の鋭牙と青輝鱗が必要だと教えてもらった。こうしてぼくたちは、アシュを強化するための素材アイテムを手に入れるため、セラドゥークを倒す旅に出ることになった。

 ぼくたちはルグリムさんの工房の前に集まっていた。アシュがルグリムさんを見上げる。

「お母さん、それじゃあ行ってきます」

 ルグリムさんがアシュを抱き竦めて、別れを惜しむ。

「ああ、いってらっしゃい。くれぐれも気をつけるんだよ」

「うん。素材集めたら、すぐにまた来るから」

 ルグリムさんから解放されたアシュを連れ、ぼくたちは工房の前から出発する。歩き出してから、アシュは何度も後ろを振り返った。その度に二人は大きく手を振り合っていた。

 当然のことだけど、武器や防具というのは性能の高い物になればなるほど、作製時に必要となる素材の入手難易度は上がっていく。今の自分たちの強さでは、セラドゥークを倒すことは困難だと判断したぼくたちがまず最初にしたことは、仲間探しだった。ぼくたちは町の酒場に向かった。酒場にもよるが、冒険者の斡旋をしてくれたり、パーティの募集をかけることのできる酒場があるのだ。人を雇う金銭的な余裕がなかったぼくたちは、自分たちと同じくセラドゥークの素材を欲している冒険者がいないか探した。利害が一致している相手ならば、金銭を払う必要はなく、単純にパーティを組むだけですむからだ。見つからなかったら、別の町や村に行って探す必要が出てくるところだったが、幸い一人だけ、若い女性のモンスターテイマーが見つかった。話を聞くと、武器の強化素材としてセラドゥークの素材が欲しいが、一人では倒せないし、人を雇うお金もないから困っていたらしい。彼女の名前はダータと言った。年齢は十六歳で、モンスターテイマーになって旅を始めたばかりらしい。今はテイムしているモンスターはいないとのことだった。

 四人になったぼくたちは、セラドゥークが生息する湖に向かって旅をした。ダータはモンスターテイマーになったばかりということで、頼りになるのかどうか少し心配していたけれど、それは杞憂に終わった。ダータは武器である鞭を巧みにモンスターに叩き込み、自分の攻撃範囲に入ったモンスターを一蹴した。ダータが頼りにならなかったら、更に仲間を増やす必要があったけど、これならばその必要はなかった。アシュが盾と人間に変化できることを、ダータに知られると面倒なことになるかもしれないと思い、ダータと旅をする間は、アシュにはずっと人間の姿でいるように言った。

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