盾 第8話

 まだ昼間だったけれど、ルグリムさんは今日の仕事はもう終わりと言って切り上げた。ぼくたちは町に出かけて、誕生日会に必要な物を買いに行くことにした。

 大きな町だけあって、この町の商店通りは広かった。たくさんの人が行き交い、店主たちの客を呼び込む声があちこちに飛び交っていて、活気に満ち溢れていた。アシュとルグリムさんは手を繋いで歩いていた。髪飾りばかりを売っている露店を見つけたルグリムさんが、ピンクのリボンを指差しながらアシュに言った。

「あのリボン買ってやるよ」

「え、別にいいよ」

 会ったばかりだからか、アシュはルグリムさんに対して少し緊張しているようだった。

「なに遠慮してんだい。今日はあんたの誕生日なんだから、遠慮なんかしなくていいんだよ。それにあたいが買ってやりたいだけなんだから、あんたは素直に受け取っておけばいいんだよ」

 そう言ってルグリムさんはピンクのリボンを二つ買った。そしてそれをアシュの長い髪に結わえ、アシュをツインテールにする。臀部までの長さがあった髪が、結わえ上げられて腰までの高さになった。アシュをツインテールにしたルグリムさんは、満足そうに頷いた。

「これでよし。アシュナーノはいつもリボンでツインテールにしてたんだよ。うん、やっぱりあんたによく似合ってる」

「ありがとう」

 照れくさそうに笑うアシュを抱き寄せ、ルグリムさんはアシュの頭を優しく撫でた。

 部屋を飾りつける物や、バースデーケーキを買うために、ぼくたちは通りを更に進んでいく。その途中、向かい側から歩いてきた、ぼくと同い年くらいの少年とアシュが、すれ違い様にぶつかった。

「邪魔だ! どけよチビ!」

「きゃあ!」

 少年がアシュを突き飛ばす。アシュが石畳の上に転んだ。

「アシュナーノ! 大丈夫かい!?」

 ルグリムさんがアシュに駆け寄り、抱き起こす。アシュは腕を押さえて顔を顰めた。

「ちょっと擦りむいちゃったけど、大したことないよ」

 ルグリムさんはアシュを立ち上がらせると、そのまま立ち去ろうとしていた少年の背中に詰め寄り、肩を引っ張って自分の方を振り向かせた。次の瞬間、商店通りにルグリムさんの激昂が迸った。

「おいてめえ! あたいの娘になにしてくれてんだコラ! ああん!!」

 活気のいい声が飛び交っていた通りが一瞬で静まり返る。ルグリムさんが少年の胸倉を掴み、自分の胸元に引き寄せる。ここまで怒られるとは思っていなかったのであろう、少年の顔が一気に恐怖に歪む。

「ひ、ひいっ! ごめんなさい!」

「謝って済む問題じゃねえんだよ! このクソガキぶっ殺してやる!!!」

 少年の首筋を噛み千切らんばかりの殺意を見せるルグリムさん。ぼくとソプラナが間に入ってルグリムさんを宥め、白昼堂々の殺人を未然に防ぐことに成功する。ルグリムさんの万力から解放された少年は、ほうほうの体で逃げていった。少年の背中を射殺さんばかりに睨みつけているルグリムさんを見上げ、アシュが訊く。

「どうしてそんなに怒ったの?」

「あのクソガキがあんたになめた態度とりやがったからさ!」

 まだ怒りが収まらないらしく、ルグリムさんは怒鳴り口調で言った。

「あたしのためにあんなに怒ってくれたの?」

「そうさ。あんたはあたいの宝物なんだから、当たり前だろ」

「嬉しい……。ありがとう、お母さん。でも今のはやりすぎだよ」

「あ、ああ。次からは気をつけるよ」

 ルグリムさんはバツが悪そうな顔になった。

 工房の隣の建物が、ルグリムさんの住居になっていた。簡単にだけどリビングに飾り付けをした。買ってきたバースデーケーキにロウソクを立てる。何本立てるかで迷ったけれど、生きてたら二十歳になっていたということなので、二十本立てることにした。ぼくとソプラナとルグリムさんでハッピーバースデーの歌を歌い、最後にアシュが息を吹きかけてロウソクの火を消す。そしてみんなで拍手した。

「誕生日おめでとう! アシュナーノ!」

 ルグリムさんも満面の笑みを浮かべて、アシュの誕生日を祝福する。生まれて初めて誕生日を祝ってもらったアシュが、瞳に涙を浮かべる。

「あたし、生まれてきてよかった!」

 アシュは瞳に涙を浮かべたまま、幸せそうな笑顔を咲かせた。

 ルグリムさんが振舞ってくれた手料理を、みんなで食べた。アシュが「おいしい!」と言うとルグリムさんが「そうかい! いっぱいあるからもっと食べな」と言って嬉しそうに笑みを浮かべた。ルグリムさんから生きてた頃のアシュナーノの話を聞かせてもらった。ぼくたちはここに来るまでの、旅でのアシュのことをルグリムさんに話した。するとお互いのアシュの行動は、びっくりするほど共通していて、見た目だけでなく、性格も同じだということがわかった。

「今日は家に泊まっていきなよ」

 断る理由もないので、ルグリムさんの提案に、ぼくたちは甘えさせてもらうことにした。

「アシュナーノ、あたいと一緒にお風呂に入ろう」

「うん!」

「パジャマはこれを着な。アシュナーノが着てたやつだよ」

 アシュはすっかりルグリムさんに懐いていた。二人がお風呂に入りに行って暫くすると、お風呂場からアシュの歌声がリビングにまで届いてきた。ソプラナから習った歌を、ルグリムさんに聴かせているようだ。暫くすると届いてくる歌声が、誰もが知っている有名な歌を、二人で楽しそうに歌う声に変わった。お風呂から上がった二人は、櫛でお互いの髪を梳かし始めた。その姿はまるで本当の親子のように、ぼくの目には映ったのだけれど、ルグリムさんは寂しそうに微笑むと言った。

「アシュナーノは歌が下手だったんだ。手先が不器用で、計算も苦手で、高いところが苦手で、運動も苦手で、ドジでよく転んで怪我してた。旅なんてとてもじゃないけどできる子じゃなかったんだ。あんたはあたいの知ってるアシュナーノじゃあないんだね」

 さっき聞かせてもらった生前のアシュナーノの話を聞く限り、ぼくたちと一緒に旅をしてきたアシュと性格が一致していて、同一人物のように思えた。けれどぼくらと旅をしてきたアシュは、旅の中で成長し、ルグリムさんの娘のアシュナーノとは、少し違ってしまったのかもしれない。

 ぼくとソプラナは毛布を借してもらって、リビングのソファで寝ることになった。アシュはルグリムさんと一緒に、寝室のベッドに向かった。ソファに寝転がり、毛布を被って寝ていると、寝室から微かにルグリムさんの歌う子守唄が漏れ聞こえてくる。慈愛に満ちた優しい歌声だった。暫くすると子守唄は止んで、静かになった。

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