盾 第7話

 そしてついにぼくたちは、ぼくがアシュを買った町に到着した。地面には石畳が敷き詰められており、青緑色の瓦屋根を被った煉瓦造りの家々が建ち並んでいる、かなり大きな町だった。ぼくたちは早速防具屋へと向かった。店内に入り、ぼくは店の主人のおじさんに尋ねた。

「すいません。以前ここで、表面に花のレリーフが描かれたブロンズシールドを買ったんですけど」

「花?」

「はい。カロライナジャスミンの花のレリーフです」

「もしかして、あれかい?」

 主人が陳列棚の一角を指差す。示された場所に視線を向けると、そこに陳列されていたのは、赤と黄色で彩られた金属兜、フレイムヘルムだ。炎を模ったデザインをしている。炎の揺らぎが、複数の攻撃的な尖った意匠によって表現されていた。しかしその炎に似つかわしくない、美しいカロライナジャスミンの花のレリーフが、額の部分に描かれている。

「これです! これと同じレリーフが、ぼくが買ったブロンズシールドにも描かれてたんです!」

「ああ、それね。ルグリムの防具だね」

「ルグリム? これを作った職人さんの名前ですか?」

 主人が頷く。

 ぼくはてっきりブロンズシールドの裏に彫ってあった『アシュナーノ』が職人さんの名前だとばかり思っていたけれど、違ったらしい。

「その人、どこにいるんですか!?」

 もうすぐ自分の親に会えるという興奮で、アシュが勢い込んで訊く。

「あいつならこの町に住んでるよ」

 なんでもルグリムさんは、個人で防具職人をやっているらしい。ぼくたちは主人にルグリムさんの工房兼自宅の場所を教えてもらった。ぼくたちはその足でルグリムさんの防具工房に向かう。工房は商業区の奥まったところにあった。工房の中からは、なにかを叩いている音が、外まで響いてきている。

「それじゃあ、ノックするよ」

 アシュに確認を取ると、アシュは力強く首肯した。扉をノックするが、返事が返ってこない。さっきから聞こえている音で、中に誰かがいることは間違いない。なにかを叩く音で、ノックの音がかき消されて聞こえないのだろう。そう思ったぼくは、さっきよりも激しくドン! ドン! とノックした。暫くノックを続けていると、中から聞こえていたなにかを叩く音が止んだ。どうやらノックに気づいてくれたらしい。後ろに下がって扉から少し離れ、扉の前で待っていると、扉がバーン! と勢いよく開いた。

「うるっせえな! 誰だあたいの作業の邪魔しやがるのは!」

 出てきたのは三十代後半くらいに見える女性だった。アシュと同じ茶色い髪をしていて、左頬に一直線の一生傷が走っている。タンクトップに作業着のズボンという出で立ちの女性の眉間には皺が寄っており、不機嫌オーラ全開といった様子だった。ぼくたちは一瞬で萎縮した。アシュにいたっては女性が怒鳴った瞬間、ぼくの背中に回り込んで身を隠した程だ。ぼくの服をぎゅっと掴んでくる感触から、アシュがぼくの背中で縮こまっていることが伝わってくる。ルグリムさんがぼくたちを睥睨する。

「ああん、なんだガキじゃねえか。一体あたいになんの用だ?」

 アシュもソプラナもなにも言おうとしないので、代表してぼくが口を開く。

「……あ、あなたがルグリムさんですか?」

「そうだ」

「以前この町の防具屋で、花のレリーフが描かれたブロンズシールドを買ったんです。それを作ったのがルグリムさんだと聞いて来たんです」

「なんだ、あたいの防具を買ってくれた客だったのかい。それであたいの防具のファンになったから、防具を売ってほしくて来たんだな」

 ルグリムさんの眉間から皺が消え、その表情が少し和らいだ。

「いえ、違います」

「違うだと!? まさかてめえ、あたいの防具に文句があるからケチつけに来たってか!? あたいが作った超絶完璧防具に不満を持つとはこのジャリガキ、てめえ一体何様なんだコラ! ああん!」

 一瞬で不機嫌に戻ったルグリムさんが、ぼくに詰め寄った。

「ち、違います! 今日は訊きたいことがあって伺ったんです」

「なんだよ訊きたいことって。あたいはこれでも忙しいんだけどね」

「ぼく、ルグリムさんの作ったブロンズシールドを店で見かけた時、一目惚れしたんです。優美なフォルムをしていて、花のレリーフも描かれていて、その美しい見た目に」

「そうかい。そいつはありがとよ」

「ブロンズシールドって盾の中では防御力が低い方だから、見た目になんの工夫もない、のっぺりとしたデザインのばっかりなのに、ルグリムさんの作ったブロンズシールドは違いました。これを作った人は、一体どういう気持ちでこの盾を作ったんだろうって気になって、今日はそれを訊きにきたんです。お仕事中にいきなり押しかけてすみませんでした。都合が悪いようなので、日を改めて――」

 ぼくの言葉をルグリムさんが遮る。

「いいっていいって気にすんな。そういう風にあたいの防具に、職人としてのあたいに興味を持ってくれた奴を邪険にはしねえよ。ん? おい、そのミスリルシールド、あたいが作った盾じゃねえじゃねえか!」

「す、すいません! あのブロンズシールドはくたびれちゃったんで、新しい盾を買ったんです」

 ルグリムさんの目が眇められる。

「そうかい。あたいの作ったブロンズシールドはもう捨てちまったんだね」

「あ、いえ、えっと、その……。すいません」

 人間になってここにいるだなんて、どう説明すればわかってもらえるのかがわからなくて、説明に窮する。

「謝らなくていい」

 どうやら怒ってるわけじゃないらしい。ぼくはほっとして胸を撫で下ろした。

「防具は使い捨ての消耗品だからな。古くなったら捨てるもんだ」

 ルグリムさんのその言葉に、背中にいるアシュの、ぼくの服を掴む力が強まった。

「そんな当たり前のこと、あたいだってわかってる。でもあたいはそういう考え方が嫌いなんだ。磨耗した防具を無理して使って、命を危険にさらす必要はないと思う。だから古くなったら新しいのに買い換えるべきだ。でも、できるだけ大切に扱ってほしいんだよ。大切に使ってたカップを落として割っちまった時、ショックを受けるみたいに。あたいの防具に愛着を持ってほしいんだ。あたいが作った防具はみんな、あたいの子供だからな」

「防具が子供、ですか?」

「ああ。あたいには娘がいたんだ。その時はまだ故郷の村に住んでたんだけど、ある日、村にモンスターが押し入ってきたんだ。その時モンスターのブレス攻撃を娘と二人で喰らっちまってさ。そのブレス攻撃は人間の体に害を及ぼす効果があって、あたいたちはおかしな病気に罹っちまったんだ。数日生死の境をさまよった後、あたいはなんとか一命を取り留めたんだけど、娘の方はダメでね。死んじまったよ。その時の病気のせいで、あたいは二度と子供を生めない体になっちまったんだ。そんなあたいを見限って、子供好きの旦那は家を出てったよ。それからあたいは自分と同じ思いを味わう人を少しでも減らしたくて、防具職人になることにしたのさ。子供を失って、子供を埋めない体になって、だから作る防具は自分の子供だと思いながら作ってるのさ。愛着を持ってもらうために、見た目にも拘ってね。そのせいで作るのに時間がかかりすぎるもんだから、そんなに手間暇かけて作りたいんなら、独立して一人でやれって言われて、最初働いてた防具職人ギルドからは追い出されちまったんだけどね。それで今はここで一人で作ってるっていうわけさ。手間をかけてる分、同じ性能の汎用品よりも高い値段で売ることになっちまってるけどな。それでもあたいの生活はぎりぎりだから、そこは勘弁してくれよな」

「裏にアシュナーノって彫ってあったから、てっきりこの盾を作った職人さんの名前が彫ってあるんだと思ってたんですけど、あれって」

「ああ、あれはあたいの死んだ娘の名前だよ。あたいが作った防具には、必ずアシュナーノって彫ってるんだ。あたいにとって、あたいが作ってる防具はみんなアシュナーノの分身なんだ」

 ソプラナが疑問を口にする。

「そういえば、さっき防具屋に行ったら、アセビが買った盾に描いてあったのと同じ、カロライナジャスミンの花のレリーフが描いてある兜が置いてあったんですけど、ルグリムさんはカロライナジャスミンの花がお好きなんですか?」

「別に好きじゃないさ。あたいは花に興味ないからね。ただ、あたしが作った子供たちにはできるだけ長く生きて欲しいからさ、できるだけ長く使ってもらえますようにっていう願いを込めて、作った防具全部に『長生き』って花言葉があるカロライナジャスミンのレリーフを描くことにしてるのさ」

 ぼくはさっきからずっと、ぼくの背中に隠れているアシュに振り向き、笑顔で声をかける。

「だってさ。よかったね、アシュ」

 ようやくアシュがぼくの背中から前に出てきた。アシュは涙を流していた。訊くまでもなく、嬉し涙に違いなかった。

「アシュナーノじゃないか! どうして! そんなまさか……!」

 アシュを見た瞬間、ルグリムさんは目を瞠り、手で口を覆って驚いた。ルグリムさんが扉から出てきた瞬間に、アシュはすぐにぼくの背中に隠れてしまったから、この時までルグリムさんは、ちゃんとアシュの顔を見れていなかったのだろう。

「アシュナーノって、ルグリムさんの娘さんの?」

「そうさ。アシュナーノにそっくりなこの子は一体なんなんだい?」

「実は、ぼくが買ったブロンズシールドが、突然人間の姿になったんです。それがこの子なんです」

「あたしの、お母さん……?」

 アシュがルグリムさんに歩み寄る。

 亡くなった娘とそっくりな姿のアシュにお母さんと呼ばれた瞬間、ルグリムさんの両目に涙が浮かぶ。

「アシュナーノ!」

 引かれ合うようにして二人は近づき、そして抱きしめ合った。

「お母さあん!」

「アシュナーノ! 会いたかったよ、あたいのアシュナーノ! また会えるなんて夢みたいだ!」

 二人は抱き合いながら、嗚咽を漏らして涙を零した。すると突然、アシュの体が白く光りだした。そして白い光が収束すると、ルグリムさんの両手の中に、酷く変形したブロンズシールドが現れた。

「驚いた! この子は本当にあたいが作ったブロンズシールドじゃないか!」

 時間をかけて丁寧に作製した作り主には、変形していてもそれが自分が作った物だとわかるらしい。ルグリムさんは柔和な笑みを浮かべて、愛しそうにブロンズシールドを撫でた。すると再びブロンズシールドが白く輝きだした。光は今度は逆に膨張していく。光が消えるとそこには人間の姿のアシュが立っていた。盾に戻る方法がわからないと言っていたのに、戻れるようになったらしい。

「アシュナーノの誕生日に、こんな奇跡みたいなことが起きるなんて、なんだか運命ってものを感じるよ」

「え、今日がアシュの誕生日だったんですか!?」

「ああ。生きてたら、今日で二十歳になってた。そうだ、せっかく会えたんだ。今からアシュナーノの誕生日会をしようじゃないか」

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