盾 第5話

 初めての旅ということもあるだろうし、子供だからというのもあるのだろうけれど、アシュは体力がなく、少し歩いただけですぐにバテた。アシュを休ませるための休憩を何度も挟む必要があった。人の体を手に入れて間もないからだろうか、アシュはよく転んだ。躓くものがなにもない平坦な道でも転ぶし、足場の悪いところだと、その何倍もの頻度で転ぶから、ぼくとソプラナが手を貸してあげなければいけなかった。アシュは高所恐怖症だった。アシュの背丈と同じ高さの岩場に登ることも恐がった。そのせいで、迂回して遠回りをしなければいけない場面が何度もあった。それらのせいで、ソプラナと二人での時よりも、時間の掛かる旅となった。当たり前だけど子供のアシュを、モンスターとのバトルに参加させるわけにはいかなかった。アシュは元は盾なのだから、アシュの体は普通の人間のそれとは違い、頑丈なのかもしれないけれど、もしも頑丈じゃなかったら大怪我することになる。ぼくとソプラナが戦う時は、アシュは決まって安全な場所に避難させた。アシュは食べ物の好き嫌いが激しかった。特に干し肉等の携帯食料が嫌いで、それしか食べる物がなくて、体力つけなきゃいけないから食べなきゃいけないよと言っても、嫌がって口にしようとしなかった。アシュは物覚えが悪かった。簡単なお使いをアシュに頼んだら、計算ができなくてぼったくられて帰ってきた。計算を教えようとしたけれど、簡単な足し算引き算でさえ、アシュはなかなかできるようにならなかった。衣服が破れた時の縫い物のやり方も教えようとしてみたけれど、アシュは手先が不器用で、糸を針穴に通すことさえままならず、なかなか上達しなかった。アシュに歌を覚えさせて、もしもうまかったらソプラナと一緒に人前で歌って、働いてもらおうと考えた。でもアシュは壊滅的な音痴だった。ハープも教えようとしたけれど、手先が不器用なアシュには向いておらず、やはり上達しなかった。アシュは鈍くさいところがあり、川のほとりで休憩していた時に、水筒に水を汲んでくるように頼んだら、水筒を川に流してしまったこともあった。アシュはミスをしてしまったり、うまくできない度に「あうぅ……。ごめんさない」と申し訳なさそうに謝った。

 一晩寝ただけでは疲れが取れないらしく、日に日にアシュが欠伸をする回数は増えていった。風邪を引いたらしく、声がガラガラになっていた。不思議なことに、朝になるとアシュの体に昨日まではなかった生傷が増えるようになった。いつの間にかアシュの指先は紫色になっていた。心配になって訊いてみると、アシュは「なんでもない。平気平気」としか言わなかった。

 ぼくたちはいくつもの村や町を経由しながら旅を続けた。そんなある日、とある村で一泊することにしたぼくたちは、宿屋で部屋を一部屋取った。二部屋取らなかったのは、最近、金銭的に余裕がなくなってきたからだ。部屋に入り、くつろごうとしていたぼくに、ソプラナが言った。

「アセビ、ちょっといい?」

 ソプラナに促されたぼくは、ソプラナに連れられて、宿屋を出た。そしてそのまま宿屋の裏にまわる。ぼくの方に向き直り、ソプラナが話を切り出した。

「アシュのことなんだけど。アシュを作った職人さんにアシュを会わせたら、アシュを孤児院に引き取ってもらおうと思うの」

「ちょっと待ってよ。いきなりなにを言い出すのさ」

「アシュは旅には向いてないわ」

 確かに、それはぼくも感じていたことだった。でも納得できなくて食い下がる。

「こんなに早く決めることないじゃないか。アシュと一緒にここまで旅をしてきて、ソプラナはアシュに少しも情が移らないの?」

「わたしだってとっくに情が移っちゃってるよ。でもこれから先もアシュを旅に連れて行くのは正直言って厳しい。あの子なんにもできないんだもの。こういうことを決めるのは早い方がいいと思うの。これ以上情が移っちゃったら、踏み切れなくなるもの。そうなる前に、アシュを孤児院に預けるって、今の内に決めておくべきだよ」

「アシュはまだ子供だから、できないことが多くて当然じゃないか! もう少し長い目で見てあげてもいいだろ!」

「あの子、物覚えも悪すぎるじゃない。長い目で見るって、できるようになるまで待つって言うの? それっていつなの? あの不器用さで、できるようになるまで、いつまで待たなきゃいけないのよ。それまであの子のせいで旅がずっと遅れるんだよ? 旅の日数が増えれば増えるほど、必要になる食料も増えるってことだよ? あの子が増えた分、ただでさえ服とか食費とかで出費がかさんでるっていうのに。いつでもたくさんお金が貰えるわけじゃないんだよ? 二人の時でもお金がぎりぎりだったことが何度もあったでしょ? このままじゃ旅が続けられないって言ってるの!」

「だったらぼくの給料をアシュに使えばいい!」

「それでも足りない状況になることが目に見えてるって言ってるんじゃない!」

「三人で節約すれば少しはもつでしょ! ソプラナは結論を出すのが早すぎるよ!」

「今だってかなり節約してるじゃない! これ以上節約したって、ほとんど変わらないよ!」

 それから暫く口論が続いたけれど、結局お互い折れなくて、話は平行線のまま、アシュの処遇をどうするのか、結局決まらなかった。

 翌日。ぼくとソプラナは朝から険悪な雰囲気だった。朝食を食べる時も一切の会話はなかった。そんなぼくたちの雰囲気を察したのか、アシュも黙って静かに朝食を食べていた。村を出立してからも会話はなく、気まずい雰囲気は続いた。

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