盾 第4話
アシュに必要な物をあらかた買い揃えたぼくたちは、昨日の防具屋に向かった。アシュ用の皮の防具一式と、ぼくの新しい盾としてミスリルシールドを買いたい旨を店主のおじさんに伝える。ぼくがカウンターで会計をしていると、怒ったアシュがミスリルシールドを抱えて店から飛び出した。慌てて追いかけると、アシュは「うおりゃー!」と叫びながら道に向かってミスリルシールドを投げ捨てた。
「こら! 誰かに当たって怪我したらどうするのさ!」
「うるさいこの浮気者! お前みたいな泥棒猫はこうしてやるー!」
アシュはミスリルシールドをがしがしと踏みまくった。しかしソプラナに一喝されるとアシュは「あうぅ」と一声唸ってすぐに大人しくなった。
アシュを引き連れて店内に戻る。冒険者らしき青年が、店主のおじさんに古くなった盾を引き取ってもらおうとしていた。
「これ引き取ってください」
アシュが青年の傍に駆け寄る。
「やめてあげて、この子が可哀想だよ」
「こらアシュ、邪魔しちゃダメよ。すいません」
ソプラナが謝りながらアシュを引っ張って青年から遠ざける。
「アシュ。古くなった盾は、ああして引き取ってもらって再利用するか、自分で捨てるかして、新しい盾に買い替えるものなのよ」
「そんな……」
納得がいかないのか、アシュは暫くの間、引き取られていく盾を見つめていた。
防具屋を後にしたぼくたちが通りを歩いていると、視界前方の通りの脇に、薄汚れた格好の子供たちが数人たむろしているのが見えた。子供たちは一様にボロボロの服を着ている。穴の開いた靴を履いている子もいれば、裸足の子もいる。
子供たちの横を、仕立てのいい服を着たおじさんが通りかかる。すると子供たちがおじさんに群がり、お椀の形にした両手を突き出す。
「お金を恵んでください!」「一リアンでもいいんです!」「どうかお恵みを!」
眉間に皺を寄せたおじさんが怒声を放つ。
「ああん! 寄るんじゃねえよ! 汚ねえガキどもが! 失せろ!」
おじさんは汚らわしそうに、ゴミ箱を蹴り倒すようにして足の裏で子供たちを蹴り倒す。そしておじさんは肩を怒らせながら歩き去って行った。
アシュが子供たちを見つめながら問う。
「あの子たちはどうしたの?」
「親が亡くなったり、親に捨てられたり、色んな事情で親に育ててもらえなくなる子供たちもいるんだよ」
「あの子たちもそうなの?」
「多分ね」
「どうしてあの子たちの親は子供を捨てようと思ったの?」
「子供を育てるお金がなかったり、子供に愛情が持てない親っていうのが、たまにいるんだよ。悲しいことだけどね」
「あたしもあの子たちと一緒なのかな? あたしのことを作ってくれた人があたしの親ってことでしょ? あたしの親は、消耗品の盾としてあたしを作ったわけじゃん? あたしの親は消耗品のあたしをお店に渡した時点で、あたしを捨てたってことなんじゃないかな? あたしもあの子たちと同じで、親に捨てられた子供なのかな?」
アシュは悄然と肩を落とす。
「そんなことない。そんなわけないよ。だってアシュには綺麗なカロライナジャスミンの花のレリーフがわざわざ描かれてたんだし、縁の形だって凝った作りになってる。普通のブロンズシールドはアシュみたいな優美なデザインをしてないんだ。もっと簡素な作りをしてる。だからアシュを作った職人さんは、アシュをただの消耗品として作ったとはぼくには思えない」
「そうかな? どんなに凝って作ったとしても、使い続けてたら盾ってその内ボロボロになっていって、いつか買い換えられちゃう物なんじゃないの? 盾として生まれた時点で、あたしはただの使い捨てられる消耗品なんじゃないかな? アセビだって買い換えたじゃんか」
「それは……」
「やっぱりあたしは、親に愛されて育てられてる子供たちとは違うんだよ」
「じゃあ確かめに行こう」
「え?」
「自分の親がどんな人なのか、子供なら知りたいはずだろうし。アシュを作った職人さんのところに行って、訊いてみればいいんだよ。訊いてみて『消耗品として作った』って言われるかもしれないけど、だとしてもそれはアシュにとって乗り越えなければいけない試練を神様がアシュに与えたんだと思って、受け止めるしかないと思う。それが嫌なら訊きに行かなければいい。どうするかはアシュが決めるんだ。……ってぼく勝手に話進めちゃってるけど、いいかな?」
ぼくはソプラナに顔を向けた。
「アシュが行きたいって言うなら、わたしもいいわよ」
「あたし、会いに行きたい」
「よし、行こう!」
こうしてぼくたちは、ぼくがアシュを買った防具屋のある町まで戻ることにした。アシュを買った防具屋の主人に、アシュの仕入れ先を聞けば、アシュを作った職人さんの居場所がわかるはすだ。アシュを買った町は、ここからかなり遠い場所にある。何日にもわたる三人での旅が始まった。
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