盾 第3話
路地を出ると日は暮れていた。買い物は明日にすることに決め、ぼくらは宿屋に向かった。部屋はいつも通り二部屋取った。部屋に向かう途中、ソプラナが訊く。
「アシュはどっちと一緒に寝たい?」
「アセビと寝る! だってあたしいつもアセビと一緒の部屋だもん」
ソプラナが言い聞かせるようにゆっくりと言う。
「アシュ、男の子はね、女の子と同じ部屋で寝てると狼さんに変身するんだよ」
「アセビもあたしみたいに変身できるの!? すごーい!」
「できないよ!」
「アシュ、アセビに恋してるからって『あたしの体、アセビに全部あげてもいいよ』とか言ったりしたらダメだよ。アセビが狼さんに変身しちゃうからね」
「だからしないってば!」
アシュがきょとんとする。
「体全部あげるってなに? 恋ってなに?」
「恋がなにかわからないけど、アシュはアセビのことが好きってこと?」
「うん」
「わたしてっきりアシュはアセビに恋してるものだと思ってたんだけど。恋というより、もしかしたら子供が親に懐いてるって感じに近いのかな? 浮気がどうこうとか言ってたのも、妹が生まれてきて、自分に向けられてた親の愛情を妹に取られて嫉妬してるお姉ちゃん、みたいな感覚だってこと?」
アシュが眉根を寄せて首を捻る。
「うん? よくわかんない」
「自分の気持ちが自分でもよくわかってないみたいね。とにかく、アセビに変なことされそうになったら大声出すのよ。わかった?」
「はーい!」
アシュが片手を真っ直ぐ上げた。
「ぼくってそんなに信用ないの!?」
ぼくらはそんな軽口を叩きながら、それぞれの部屋に分かれて入った。
「わーいふかふかのお布団だー!」
アシュがはしゃいでベッドの上にダイブする。そして気持ちよさそうに横にゴロゴロ動き回る。そんなアシュの様子を見て、ぼくはなんだか自分に妹ができたみたいに感じた。アシュと同じ部屋に寝ることに、不思議と何の抵抗も感じなかった。いつも盾のアシュと一緒の部屋で寝泊りしてきたからだろうか。ベッドから立ち上がったアシュが両手を広げて言った。
「アセビ、わたしの体拭いて綺麗にして!」
「拭かないよ! 人間の姿になったんだから、それくらい今日から自分でやりなよ」
アシュが頬を膨らませて抗議する。
「えー! あたしの体の匂い好きなだけ嗅いでいいから、好きなだけチュッチュチュッチュしてもいいから拭いてよ」
「ぼくは銅の匂いが好きだから嗅いでたんだよ。人間になったアシュの体の匂いは嗅がないよ。キスももうしない。ぼくがアシュくらいの歳の女の子にキスするのは変だからね」
「ちぇっ、わかったよ。自分でやる!」
お風呂の入り方がわからないから教えてと言って、ぼくと一緒にお風呂に入りたいと言い出したアシュに、ソプラナと一緒に女風呂に入るように言い聞かせ、ぼくは部屋を出て一人で男風呂へと向かった。
就寝時、ぼくらの部屋にはベッドが二つあるのに、アシュがぼくの布団の中に潜りこんできた。ぼくに抱きつきながら、アシュが上目遣いでぼくの顔を見つめる。
「一緒に寝よう? ダメ?」
そんな風に言われて断れるわけがなかったぼくは了承した。
「やったっ!」
パッと破顔したアシュが、ぼくの体をぎゅーっと抱きしめる。
「えへへ。アセビの匂いだ」
ぼくの匂いを嗅げるのが嬉しいらしく、アシュはぼくの胸に顔を埋めてきた。ぼくが頭を撫でてやると、アシュはすぐに寝息を立て始めた。
翌日。これから一緒に旅をすることになったアシュのために、服などの必要な物を買い揃える必要があった。その前にまず目抜き通りに向かって、お金を稼ぐことにした。
芸を披露するのによさそうな場所を見つけると、ソプラナは無限袋の中から、三十センチ程の大きさしかない小型のハープを取り出した。被っていた黒いポンポン付きの白いベレー帽を脱いだソプラナは、逆さにして自分の足元に置いた。そして段差に座った自分の足の上に乗せたハープの弦を、指で弾きながら歌を歌う。透明感のある美しい歌声が、通りに響き渡る。ソプラナの歌声は、通りを歩いていた人たちの足を止める力を持っていた。歌い終わると聴衆から拍手が沸き起こる。
「すごい! すごい!」
アシュも笑顔を浮かべて大きく手を叩いた。
ベレー帽の中にチップとしてお金が投げ込まれる。
「ありがとうございます!」
ソプラナが満面の笑みを咲かせてお辞儀した。
それからぼくたちは商店の立ち並ぶ通りに向かった。人の姿になり、動けるようになったことが嬉しいのか、アシュははしゃいで走り回った。危ないからあんまり走っちゃダメだよと注意した直後、案の定アシュは盛大に転んだ。停まっていた馬車の馬に、アシュがおそるおそる触ったら、アシュに触られたのが嫌だったのか、馬は激しく嘶いた。驚いて悲鳴を上げるアシュを見て、ぼくとソプラナは笑った。アシュが玩具が欲しいとねだったので、ぼくは風車を買ってあげた。アシュはふうーっと息を吹きかけると回る風車を眺めて、嬉しそうにしていた。
買い物をしている親子とすれ違う。真ん中に男の子がいて、男の子は左右にいる両親とそれぞれ手を繋いでいる。
「お母さん、お腹すいた」
「もう? さっき食べたばかりでしょ?」
「でもすいたんだもん。お父さんお菓子買ってよ」
「ははは。しょうがないやつだな」
仲睦まじそうに歩いている親子を見つめながら、アシュが訊いた。
「お母さんとお父さんってなに?」
「あの子の親のことよ。子供には必ず親がいるの。それがお母さんとお父さん。子供は親に育ててもらうのよ」
「なんか幸せそうだね」
「そうね。子供っていうのはああやって、親の愛情を受けて育つのよ」
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